ノイズノウティスの鐘の音に

有箱

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10月1日

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 明け方過ぎ、ルアンは微かな音に目を覚ました。常日頃から気を張っている状態にあり、些細な物音にでも敏感に反応してしまう。
 因みに、雨は昨日昼頃には上がり、今はすっかり音も無くなっていた。濁った水溜りが部屋に出来ているくらいだ。
 足音が聞こえる。天井を歩く遠い足音が、幾つも。
 ルアンは緊張感に苛まれながらも、状況を読む為じっと聞いていた。途中、服の裾が引っ張られて、横で眠っていたティニーが目覚めた事を知った。
「……お兄ちゃん……」
 か細く小さな声が、不安を訴えている。
「…………静かにしてれば大丈夫だよ。でも一応下に下りようか」
 ルアンもティニーも、足音の正体については熟知していた。
 足音の主は敵国の捜索隊で、ルアン達のように空き地に隠れている人間を探しに来ているのだ。
 そうして捕らえて奴隷にし、働かせて殺すのだ。大体が夜間から夜明けを狙って遣ってくる。ここで見つかれば一環の終わりだ。
 以前も何度か捜索隊が入り込んだ事があったが、何度経験しても恐怖は増すばかりだ。次は隠し扉が暴かれるかもしれないと、悪い方向にしか思考が働かない。
 その後の展開を考慮し、鞄のポケットに顰めたままのフルーツナイフを手に取った。
 ルアンとティニーは、緊張感で震えながらも無音でベッドを下り、軋む床を丁寧に踏みながら更に下へと下る。

 暗い部屋の中、死角を探し抱き合って体を縮こめた。
 ティニーの細い肩が激しく震えていて、緊張感が伝わってくる。勿論寒さも原因にはなっているだろうが、今は恐怖が主立っている筈だ。
「大丈夫大丈夫、もし来ても逃げるだけだよ」
「…………うん」
 吐息交じりの声は涙を含んでいた。呼吸を殺していて気付かなかったが、ティニーは泣いている。
 ルアンは境遇を酷く呪った。加速する鼓動に飲まれてしまう前に、早く過ぎさって欲しいと強く強く願った。
 音は少しずつ大きくなっていく。所謂、近づいているという事だ。
 ルアン達は、更に息を殺し強く抱き合った。
 追い詰められた時の状況を想像しながら、沸いてくる恐怖に無理矢理蓋をする。
 もしここまで捜索隊が入ってきたら、ティニーだけでも逃がそう。命を捨ててでも刃向かい、抵抗し、隙を作って逃がしてあげよう。 
 ルアンは今まで何度も想像したシチュエーションを描き、無理のある設計だと分かりながらも繰り返した。

 長い長い時が過ぎ、一つの声が聞こえて来た。
 遠く、空間が隔てている所為で聞き取り辛い部分はあるが、訓練されているのか、はきはきとした台詞は確りと内容を理解させた。
≪―――無しです!≫
≪ご苦労! 帰還せよ!≫
 足音は急に音を立て、遠ざかり始めた。
 ルアンとティニーは安堵しつつも、完全に足音が消えるまで音を殺し続けた。

 完全に音が消えて数分後、ティニーの嗚咽が聞こえた。相当の恐怖に耐えていたのだろう。
 ルアンはティニーの髪を、肩を、背中を、上から順に柔らかく撫でた。
「もう大丈夫だよティニー、怖かったね」
「うん、怖かったよ! 怖かったお兄ちゃん……!!」
 ティニーの体は、まだ震えている。
 ルアンは泣きじゃくるティニーの感情を理解した上で、共に泣く行為を抑え慰めに徹した。
 10時の鐘が鳴り響き、こうしてここで二人生きている事に、ルアンは心より感謝した。
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