8 / 30
10月1日
しおりを挟む
明け方過ぎ、ルアンは微かな音に目を覚ました。常日頃から気を張っている状態にあり、些細な物音にでも敏感に反応してしまう。
因みに、雨は昨日昼頃には上がり、今はすっかり音も無くなっていた。濁った水溜りが部屋に出来ているくらいだ。
足音が聞こえる。天井を歩く遠い足音が、幾つも。
ルアンは緊張感に苛まれながらも、状況を読む為じっと聞いていた。途中、服の裾が引っ張られて、横で眠っていたティニーが目覚めた事を知った。
「……お兄ちゃん……」
か細く小さな声が、不安を訴えている。
「…………静かにしてれば大丈夫だよ。でも一応下に下りようか」
ルアンもティニーも、足音の正体については熟知していた。
足音の主は敵国の捜索隊で、ルアン達のように空き地に隠れている人間を探しに来ているのだ。
そうして捕らえて奴隷にし、働かせて殺すのだ。大体が夜間から夜明けを狙って遣ってくる。ここで見つかれば一環の終わりだ。
以前も何度か捜索隊が入り込んだ事があったが、何度経験しても恐怖は増すばかりだ。次は隠し扉が暴かれるかもしれないと、悪い方向にしか思考が働かない。
その後の展開を考慮し、鞄のポケットに顰めたままのフルーツナイフを手に取った。
ルアンとティニーは、緊張感で震えながらも無音でベッドを下り、軋む床を丁寧に踏みながら更に下へと下る。
暗い部屋の中、死角を探し抱き合って体を縮こめた。
ティニーの細い肩が激しく震えていて、緊張感が伝わってくる。勿論寒さも原因にはなっているだろうが、今は恐怖が主立っている筈だ。
「大丈夫大丈夫、もし来ても逃げるだけだよ」
「…………うん」
吐息交じりの声は涙を含んでいた。呼吸を殺していて気付かなかったが、ティニーは泣いている。
ルアンは境遇を酷く呪った。加速する鼓動に飲まれてしまう前に、早く過ぎさって欲しいと強く強く願った。
音は少しずつ大きくなっていく。所謂、近づいているという事だ。
ルアン達は、更に息を殺し強く抱き合った。
追い詰められた時の状況を想像しながら、沸いてくる恐怖に無理矢理蓋をする。
もしここまで捜索隊が入ってきたら、ティニーだけでも逃がそう。命を捨ててでも刃向かい、抵抗し、隙を作って逃がしてあげよう。
ルアンは今まで何度も想像したシチュエーションを描き、無理のある設計だと分かりながらも繰り返した。
長い長い時が過ぎ、一つの声が聞こえて来た。
遠く、空間が隔てている所為で聞き取り辛い部分はあるが、訓練されているのか、はきはきとした台詞は確りと内容を理解させた。
≪―――無しです!≫
≪ご苦労! 帰還せよ!≫
足音は急に音を立て、遠ざかり始めた。
ルアンとティニーは安堵しつつも、完全に足音が消えるまで音を殺し続けた。
完全に音が消えて数分後、ティニーの嗚咽が聞こえた。相当の恐怖に耐えていたのだろう。
ルアンはティニーの髪を、肩を、背中を、上から順に柔らかく撫でた。
「もう大丈夫だよティニー、怖かったね」
「うん、怖かったよ! 怖かったお兄ちゃん……!!」
ティニーの体は、まだ震えている。
ルアンは泣きじゃくるティニーの感情を理解した上で、共に泣く行為を抑え慰めに徹した。
10時の鐘が鳴り響き、こうしてここで二人生きている事に、ルアンは心より感謝した。
因みに、雨は昨日昼頃には上がり、今はすっかり音も無くなっていた。濁った水溜りが部屋に出来ているくらいだ。
足音が聞こえる。天井を歩く遠い足音が、幾つも。
ルアンは緊張感に苛まれながらも、状況を読む為じっと聞いていた。途中、服の裾が引っ張られて、横で眠っていたティニーが目覚めた事を知った。
「……お兄ちゃん……」
か細く小さな声が、不安を訴えている。
「…………静かにしてれば大丈夫だよ。でも一応下に下りようか」
ルアンもティニーも、足音の正体については熟知していた。
足音の主は敵国の捜索隊で、ルアン達のように空き地に隠れている人間を探しに来ているのだ。
そうして捕らえて奴隷にし、働かせて殺すのだ。大体が夜間から夜明けを狙って遣ってくる。ここで見つかれば一環の終わりだ。
以前も何度か捜索隊が入り込んだ事があったが、何度経験しても恐怖は増すばかりだ。次は隠し扉が暴かれるかもしれないと、悪い方向にしか思考が働かない。
その後の展開を考慮し、鞄のポケットに顰めたままのフルーツナイフを手に取った。
ルアンとティニーは、緊張感で震えながらも無音でベッドを下り、軋む床を丁寧に踏みながら更に下へと下る。
暗い部屋の中、死角を探し抱き合って体を縮こめた。
ティニーの細い肩が激しく震えていて、緊張感が伝わってくる。勿論寒さも原因にはなっているだろうが、今は恐怖が主立っている筈だ。
「大丈夫大丈夫、もし来ても逃げるだけだよ」
「…………うん」
吐息交じりの声は涙を含んでいた。呼吸を殺していて気付かなかったが、ティニーは泣いている。
ルアンは境遇を酷く呪った。加速する鼓動に飲まれてしまう前に、早く過ぎさって欲しいと強く強く願った。
音は少しずつ大きくなっていく。所謂、近づいているという事だ。
ルアン達は、更に息を殺し強く抱き合った。
追い詰められた時の状況を想像しながら、沸いてくる恐怖に無理矢理蓋をする。
もしここまで捜索隊が入ってきたら、ティニーだけでも逃がそう。命を捨ててでも刃向かい、抵抗し、隙を作って逃がしてあげよう。
ルアンは今まで何度も想像したシチュエーションを描き、無理のある設計だと分かりながらも繰り返した。
長い長い時が過ぎ、一つの声が聞こえて来た。
遠く、空間が隔てている所為で聞き取り辛い部分はあるが、訓練されているのか、はきはきとした台詞は確りと内容を理解させた。
≪―――無しです!≫
≪ご苦労! 帰還せよ!≫
足音は急に音を立て、遠ざかり始めた。
ルアンとティニーは安堵しつつも、完全に足音が消えるまで音を殺し続けた。
完全に音が消えて数分後、ティニーの嗚咽が聞こえた。相当の恐怖に耐えていたのだろう。
ルアンはティニーの髪を、肩を、背中を、上から順に柔らかく撫でた。
「もう大丈夫だよティニー、怖かったね」
「うん、怖かったよ! 怖かったお兄ちゃん……!!」
ティニーの体は、まだ震えている。
ルアンは泣きじゃくるティニーの感情を理解した上で、共に泣く行為を抑え慰めに徹した。
10時の鐘が鳴り響き、こうしてここで二人生きている事に、ルアンは心より感謝した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
少年少女たちの日々
原口源太郎
恋愛
とある大国が隣国へ武力侵攻した。
世界の人々はその行為を大いに非難したが、争いはその二国間だけで終わると思っていた。
しかし、その数週間後に別の大国が自国の領土を主張する国へと攻め入った。それに対し、列国は武力でその行いを押さえ込もうとした。
世界の二カ所で起こった戦争の火は、やがてあちこちで燻っていた紛争を燃え上がらせ、やがて第三次世界戦争へと突入していった。
戦争は三年目を迎えたが、国連加盟国の半数以上の国で戦闘状態が続いていた。
大海を望み、二つの大国のすぐ近くに位置するとある小国は、激しい戦闘に巻き込まれていた。
その国の六人の少年少女も戦いの中に巻き込まれていく。

遅れてきた先生
kitamitio
現代文学
中学校の卒業が義務教育を終えるということにはどんな意味があるのだろう。
大学を卒業したが教員採用試験に合格できないまま、何年もの間臨時採用教師として中学校に勤務する北田道生。「正規」の先生たち以上にいろんな学校のいろんな先生達や、いろんな生徒達に接することで見えてきた「中学校のあるべき姿」に思いを深めていく主人公の生き方を描いています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる