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9月26日
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今日もまた、メイカとニーオに挟まれて、ルアンはいつもの場所にいた。気付いた時にはこういった立ちくらい置が定着していて、そうなった経緯は覚えていない。
この場所が、三人の隠れ家からの距離が同じくらいだったという理由で、自然とお決まりの場所になった。
「……ニーオ、今日元気ないね?」
ニーオは普段口数が多い分、調子の差がとてもよく分かる。メイカも気になっていたのか、頷きながらもニーオを凝視していた。
「……うん。よく会ってたやつが捕まったらしくてさ」
「……そっか」
こういった報告は日常茶飯事だ。故に、発言を渋る事は殆ど無い。
もう顔も覚えていないが、居たはずの誰かが居なくなっているのが意識せずとも分かる。それくらい、同じ空気を持つ者が、大勢周りから消えていった。
昔の顔馴染みも、優しかった大人たちも、同じ学校に通っていた同級生も、今じゃ生きているか死んでいるかすら分からないのだ。
いや、恐らく半分は既にこの世に居ないだろうけれど。
「…………怖いな」
茶飯事であるとは言え、聞く度に当初と変わらない強い恐怖に襲われる。
これは他人事ではないのだ。明日は我が身に起こるかもしれないのだ。
――――捕まれば、待つのは過重労働の末の残酷な処刑。
それだけは嫌だ。何度考えても身の毛が弥立つ。
前に、ニーオが言っていた事がある。
ニーオの家には本人曰く、映りは悪いがテレビがあって、それで一度処刑場面を見てしまった経験があるらしい。
大勢の人が小さな部屋に詰め込まれて、その中に毒ガスが噴射される。その空気を吸いながら人々はもがき苦しみ、声にならない叫びを上げて悶え死ぬのだそうだ。
現実を知ってからと言うものの、それ以前よりも死が怖くなった。何度もイメージしては嘆いてしまう。
「大丈夫よ! きっと未来はあるわ!」
横から思考に割り込んだ、メイカの声に我に返る。声色と同じ溌剌とした笑顔を見て、ルアンも直ぐに笑って見せた。
「ルアン今さ、処刑の事考えてただろ」
「え」
「考えんな、今は生きる事だけ考えようぜ」
ニーオは不満げな表情をしながらも、目の前を――あるのは壁だが――強く見詰めていた。
メイカやニーオも、怖くない筈ないのだ。実際恐怖していると、本人達の口から聞いた事もある。しかしその時は、自分が慰めたのを思い出す。
苦しい死のイメージは、どうしても付き纏う。けれど逃れて、何年も生きてきたのも事実だ。
明日はどうなるか分からない。それは常に変わらない。
「うん、きっと未来はあるね」
毎日の生活の中に、溶け込んだ概念だ。
しかしそれでも、大丈夫だと自分に言い聞かせて、皆で励ましあって、家族の為に、自由の為に戦ってゆくしかない。
逃げ続けるしか、今は選べない。
「そうよ! 私いつか南国に行きたいわ」
「それ前にも言ってた」
時々語り合う願望の中で、メイカはいつも暖かな国の名を上げる。
「ルアンはオーロラ見たいんだろ?」
「うん、この辺りにはないもんね」
ルアンは文字のみの本で読んだ、まだ見ぬ景色を夢見ていた。
それはティニーも同じだ。一緒に同じ本を読んで、よく二人で空想している。いつか二人で見ようと、指切りをした事もあった。
「俺はあれだな。旅しよう、旅、母さんと」
「ニーオは商人にでもなるの?」
「良いかもな」
ニーオの顔色に、悲壮感はもうなかった。
しかし三人は、それぞれ口にせずとも分かっていた。
もしかしたらいつか解放されて、その時まで自分は生き残れているかもしれない。
――――けれど多分、夢は叶わない、と。
この場所が、三人の隠れ家からの距離が同じくらいだったという理由で、自然とお決まりの場所になった。
「……ニーオ、今日元気ないね?」
ニーオは普段口数が多い分、調子の差がとてもよく分かる。メイカも気になっていたのか、頷きながらもニーオを凝視していた。
「……うん。よく会ってたやつが捕まったらしくてさ」
「……そっか」
こういった報告は日常茶飯事だ。故に、発言を渋る事は殆ど無い。
もう顔も覚えていないが、居たはずの誰かが居なくなっているのが意識せずとも分かる。それくらい、同じ空気を持つ者が、大勢周りから消えていった。
昔の顔馴染みも、優しかった大人たちも、同じ学校に通っていた同級生も、今じゃ生きているか死んでいるかすら分からないのだ。
いや、恐らく半分は既にこの世に居ないだろうけれど。
「…………怖いな」
茶飯事であるとは言え、聞く度に当初と変わらない強い恐怖に襲われる。
これは他人事ではないのだ。明日は我が身に起こるかもしれないのだ。
――――捕まれば、待つのは過重労働の末の残酷な処刑。
それだけは嫌だ。何度考えても身の毛が弥立つ。
前に、ニーオが言っていた事がある。
ニーオの家には本人曰く、映りは悪いがテレビがあって、それで一度処刑場面を見てしまった経験があるらしい。
大勢の人が小さな部屋に詰め込まれて、その中に毒ガスが噴射される。その空気を吸いながら人々はもがき苦しみ、声にならない叫びを上げて悶え死ぬのだそうだ。
現実を知ってからと言うものの、それ以前よりも死が怖くなった。何度もイメージしては嘆いてしまう。
「大丈夫よ! きっと未来はあるわ!」
横から思考に割り込んだ、メイカの声に我に返る。声色と同じ溌剌とした笑顔を見て、ルアンも直ぐに笑って見せた。
「ルアン今さ、処刑の事考えてただろ」
「え」
「考えんな、今は生きる事だけ考えようぜ」
ニーオは不満げな表情をしながらも、目の前を――あるのは壁だが――強く見詰めていた。
メイカやニーオも、怖くない筈ないのだ。実際恐怖していると、本人達の口から聞いた事もある。しかしその時は、自分が慰めたのを思い出す。
苦しい死のイメージは、どうしても付き纏う。けれど逃れて、何年も生きてきたのも事実だ。
明日はどうなるか分からない。それは常に変わらない。
「うん、きっと未来はあるね」
毎日の生活の中に、溶け込んだ概念だ。
しかしそれでも、大丈夫だと自分に言い聞かせて、皆で励ましあって、家族の為に、自由の為に戦ってゆくしかない。
逃げ続けるしか、今は選べない。
「そうよ! 私いつか南国に行きたいわ」
「それ前にも言ってた」
時々語り合う願望の中で、メイカはいつも暖かな国の名を上げる。
「ルアンはオーロラ見たいんだろ?」
「うん、この辺りにはないもんね」
ルアンは文字のみの本で読んだ、まだ見ぬ景色を夢見ていた。
それはティニーも同じだ。一緒に同じ本を読んで、よく二人で空想している。いつか二人で見ようと、指切りをした事もあった。
「俺はあれだな。旅しよう、旅、母さんと」
「ニーオは商人にでもなるの?」
「良いかもな」
ニーオの顔色に、悲壮感はもうなかった。
しかし三人は、それぞれ口にせずとも分かっていた。
もしかしたらいつか解放されて、その時まで自分は生き残れているかもしれない。
――――けれど多分、夢は叶わない、と。
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