不幸に笑う君と

有箱

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最終話

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 あの日から数週間が経った。私たちは相変わらず不幸に見舞われ、痛みや辛さを味わった。
 ただ、登起を側で見るようになり、彼が本当に注意散漫で抜けていることも分かった。慣れたように笑い飛ばす行為も加わり、偶然説も零ではないと認められるようになりつつある。無論、九十九パーセントはまだ体質を疑っているが。

 あの後、再度不幸に対する覚悟を問った。すると、登起は迷いなく、迎え撃つつもりだと頷いた。寧ろ、私のせいではないことを証明させてくれとまで言った。だから、私はしばらく彼に心を預けることにした。
 
「登起さん……あの、これを一緒に見てほしいのだけど……」

 私の手には一通の手紙がある。昨日ポストに入っていたものだ。
 入室して早々のお願いに、登起は不思議そうな顔をした。手紙の裏には父親の名がある。父親とは訃報以来の接触ゆえ、恐ろしく開封できずにいたのだ。

「あまり良くない関係だったので一人で見るのは怖くて……」
「そっか……」

 不安が伝染したのか、登起は一瞬怖じ気づく。だが、いつもの笑顔で吹き飛ばした。鼓舞とも取れる首肯をし、私の横に移動する。
 肩が触れる距離に、登起がいてくれる。それだけで、どんな酷い言葉にも打ち勝てるーーそんな心強さを得た。
 
 中身は便箋一枚のみだった。不器用な字で、懸命に文章が綴られている。震える私の手に、登起の手がそっと触れた。視線を向けると、いつもとは違う微笑みがあった。
 
 静香へ 今まで悪かった 全部を静香に押し付けて本当に悪かった
 最後に母さんに怒られたよ 病気になってしまったのはあの子のせいではないんだと
 本当は母さんは静香を愛していたよ ずっと会いたがってもいた だけど私が静香への恐ろしさで二人に嘘をついて会わせないようにしてしまっていた 今は母さんに対しても静香に対しても本当に申し訳ないと思っている
 私が弱かっただけに全部を静香のせいにしてしまっていた 根拠のない不幸体質を信じ そのせいで病気になったのだと思わなくてはやっていられなかった 心の弱い男だと罵られても仕方ないことをした
 今さら許してくれと言うつもりはない だけど静香が良いと言うなら 帰ってきて母さんの墓参りに行ってやってほしい
 それから家にも顔を出してほしい 本当に 本当にすまなかった
 
 謝罪で終了した手紙を前に、涙だけが滴る。形の定まらない心を置き去りに、勝手に流れ続けた。だが、長年積もり続けた胸の鉛が、少し溶け出たことは確かだった。

「良かった……」

 視界の端、何かが過る。反射的に見上げた先、登起も泣いていた。私と同調しているかのように。

 初めて見る涙が嬉し涙なんて、彼はやっぱり優しすぎるーーそう思うと同時に気付く。多分、私も嬉しかったのだと。登起同様"良かった"と安堵しているのだと。責めたい気持ちも、後悔もないわけではない。だが、それらを丸め込めるほどに喜びを感じているのだと。

「……か、帰る時、ついてきてもらえますか?」

 躊躇い気味に問うと、登起はすぐに肯定の声を張り上げた。
 それから、やっぱり鮮やかに笑った。
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