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2日目
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私の前に現れた死神さんは、本で見た死神さんとは違っていた。
突然現れたと思ったら、海に誘ってくれて実際に連れていってくれた。
初めて見た海は広くて、本当に綺麗だった。こんなに綺麗な景色が世界にたくさんあるのだと思うと、死ぬのが勿体なく思えた。
けれど、私は生きてない方が良い人間だから。
「それでね。平和の世界ではね、叩く人も意地悪を言う人もいないの」
「良い所だな」
「うん! そこに住んでる人達はね――」
綺麗に片付いたリビングで、秘密のノートを広げる。中には、私の逃げ場だった"平和の世界"の掟や暮らし方が書いてある。
ノートを誰かに見せるのは初めてで、少し緊張した。けれど、死神さんは頷きながら聞いてくれて安心した。世界の話はとても楽しかった。
今日は土曜で学校もないし、お母さんも一日仕事でいない。だから、何の縛りも目も気にせず、二人きりで遊べる。私を否定しない相手と話をするのは、本当に心地よく幸せだった。
ただ、どれだけはしゃいでみようとも、焼き付いた日々が霞むことはなかったけど。
私の命は、神さまが間違えて作った。それが正しいと思うほどに、私の人生は酷いものだった。
*
腹部を蹴られた衝撃で吐く。朝からお母さんが怒っているのは普通のことだ。
冷たい視線を目に、反射的な謝罪が零れ出した。
「ごめんなさい。生きててごめんなさい。すぐ片付けます……」
「死ね」
痛みを抱えて立ち上がり、離れ行く後ろ姿を見ないよう雑巾とバケツを取りに行く。ぶつかり散乱した日用品も気になったが、まずは吐いた物の片付けが優先だ。
最初に殴られた日を、私はよく覚えていない。ただ、もっと小さな頃、本当に"平和の世界"があったことは知っている。
お母さん曰く、私が家族を――平和を引き裂いたらしい。お前が生まれたからお父さんが出ていったのだと、何度も低い声で言ってきた。その度、私は神さまの間違いを恨んだ。
様々な道具を駆使し、部屋を綺麗にしてシャワーを浴びる。それからアイロンをかけた制服を着て、髪を綺麗に整えた。どこからどうみても普通の子だ。
何度も鏡をチェックし、不審な所がないか確認する。これはお母さんの言いつけだ。誰かに知られたら悪者扱いされるから、と隠すように言われている。
細かいチェックを終え、磨いたランドセルを背負った。
間違いで生まれた私には、もちろんどこにも居場所はない。
母親も先生も気付いていなかったけど、私は苛めも受けていた。
方法はシンプルで、だけどとても痛い方法だった。その痛みは、殴られた時より強いかもしれない。
『ごみ女、早く死んじゃえ。皆もそう思うよなー』
そうやって存在否定されるのは普通で、様々な悪口を言われ続けた。本当は聞きたくなかったけれど、止めてとは言わなかった。
大人たちに知られたくないとの思いを読んで、一緒になって隠した。
価値のない私に出来るのは、思いを組んで行動することだけだ。
それでも、自分から死ぬことだけは怖くて出来なかったけど。
だから、死神さんが来た時は、やっと終わりに出来るんだと思った。
*
「大丈夫か?」
「えっ、うん大丈夫!」
死神さんがノートの細かい字を見ている間に、思いに沈んでしまっていた。反射的に笑顔を溢し、続きを聞いてもらう。
死神さんは意外に真剣なのか、本当にただ優しいのか、興味深そうに話を聞いてくれた。ごめんなさい以外の言葉が、誰かに聞き入れてもらえると思わなかった。
時間が止まれば良いのにと、初めて良い意味で思った。未来が怖いからじゃなく、今が永遠に続いて欲しいから。なんて私が願えるとは思わなかった。
「死神さん……」
ずっと一緒にいてほしい――望まれないだろう本心が喉で消える。変わりに、求められているであろう台詞が零れた。
「明日は私を殺してね……大好きだよ」
後半だけは本当の言葉が言えたから、少しだけ悲しさは減ったけど。それでも。
死後の世界を想像し、胸が痛くなる。けれど、私が消えた方が皆にとって都合が良いから。
私はどこに行くのかな。地獄かな。天国かな。それとも、もっと別の所かな。わがままが許されるなら、平和の世界に行きたいな。
――なんて、思っていたのに。
「あと二日あるんだ」
「えっ?」
「期限まであと二日。それまでに回収できれば問題はない」
「回収……殺すとは違うの?」
「死ぬことに変わりはないが、そう物騒なものじゃない。とにかくまだ時間はあるんだ……だから」
死神さんは、私の"台詞"を否定した。それだけではない。
「明日は公園に行こう。もう少しだけ"家族"をしよう」
死神さんは、私の本心を掬い上げた。
突然現れたと思ったら、海に誘ってくれて実際に連れていってくれた。
初めて見た海は広くて、本当に綺麗だった。こんなに綺麗な景色が世界にたくさんあるのだと思うと、死ぬのが勿体なく思えた。
けれど、私は生きてない方が良い人間だから。
「それでね。平和の世界ではね、叩く人も意地悪を言う人もいないの」
「良い所だな」
「うん! そこに住んでる人達はね――」
綺麗に片付いたリビングで、秘密のノートを広げる。中には、私の逃げ場だった"平和の世界"の掟や暮らし方が書いてある。
ノートを誰かに見せるのは初めてで、少し緊張した。けれど、死神さんは頷きながら聞いてくれて安心した。世界の話はとても楽しかった。
今日は土曜で学校もないし、お母さんも一日仕事でいない。だから、何の縛りも目も気にせず、二人きりで遊べる。私を否定しない相手と話をするのは、本当に心地よく幸せだった。
ただ、どれだけはしゃいでみようとも、焼き付いた日々が霞むことはなかったけど。
私の命は、神さまが間違えて作った。それが正しいと思うほどに、私の人生は酷いものだった。
*
腹部を蹴られた衝撃で吐く。朝からお母さんが怒っているのは普通のことだ。
冷たい視線を目に、反射的な謝罪が零れ出した。
「ごめんなさい。生きててごめんなさい。すぐ片付けます……」
「死ね」
痛みを抱えて立ち上がり、離れ行く後ろ姿を見ないよう雑巾とバケツを取りに行く。ぶつかり散乱した日用品も気になったが、まずは吐いた物の片付けが優先だ。
最初に殴られた日を、私はよく覚えていない。ただ、もっと小さな頃、本当に"平和の世界"があったことは知っている。
お母さん曰く、私が家族を――平和を引き裂いたらしい。お前が生まれたからお父さんが出ていったのだと、何度も低い声で言ってきた。その度、私は神さまの間違いを恨んだ。
様々な道具を駆使し、部屋を綺麗にしてシャワーを浴びる。それからアイロンをかけた制服を着て、髪を綺麗に整えた。どこからどうみても普通の子だ。
何度も鏡をチェックし、不審な所がないか確認する。これはお母さんの言いつけだ。誰かに知られたら悪者扱いされるから、と隠すように言われている。
細かいチェックを終え、磨いたランドセルを背負った。
間違いで生まれた私には、もちろんどこにも居場所はない。
母親も先生も気付いていなかったけど、私は苛めも受けていた。
方法はシンプルで、だけどとても痛い方法だった。その痛みは、殴られた時より強いかもしれない。
『ごみ女、早く死んじゃえ。皆もそう思うよなー』
そうやって存在否定されるのは普通で、様々な悪口を言われ続けた。本当は聞きたくなかったけれど、止めてとは言わなかった。
大人たちに知られたくないとの思いを読んで、一緒になって隠した。
価値のない私に出来るのは、思いを組んで行動することだけだ。
それでも、自分から死ぬことだけは怖くて出来なかったけど。
だから、死神さんが来た時は、やっと終わりに出来るんだと思った。
*
「大丈夫か?」
「えっ、うん大丈夫!」
死神さんがノートの細かい字を見ている間に、思いに沈んでしまっていた。反射的に笑顔を溢し、続きを聞いてもらう。
死神さんは意外に真剣なのか、本当にただ優しいのか、興味深そうに話を聞いてくれた。ごめんなさい以外の言葉が、誰かに聞き入れてもらえると思わなかった。
時間が止まれば良いのにと、初めて良い意味で思った。未来が怖いからじゃなく、今が永遠に続いて欲しいから。なんて私が願えるとは思わなかった。
「死神さん……」
ずっと一緒にいてほしい――望まれないだろう本心が喉で消える。変わりに、求められているであろう台詞が零れた。
「明日は私を殺してね……大好きだよ」
後半だけは本当の言葉が言えたから、少しだけ悲しさは減ったけど。それでも。
死後の世界を想像し、胸が痛くなる。けれど、私が消えた方が皆にとって都合が良いから。
私はどこに行くのかな。地獄かな。天国かな。それとも、もっと別の所かな。わがままが許されるなら、平和の世界に行きたいな。
――なんて、思っていたのに。
「あと二日あるんだ」
「えっ?」
「期限まであと二日。それまでに回収できれば問題はない」
「回収……殺すとは違うの?」
「死ぬことに変わりはないが、そう物騒なものじゃない。とにかくまだ時間はあるんだ……だから」
死神さんは、私の"台詞"を否定した。それだけではない。
「明日は公園に行こう。もう少しだけ"家族"をしよう」
死神さんは、私の本心を掬い上げた。
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