職業病

有箱

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色彩

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 目覚めると、やっぱり白かった。天井の白さだけは、昔から変わらないけど。

 布団から出るのが億劫で、横向きに体をねじる。その瞬間、目を疑った。

 そこには、赤色のスマホがあったのだ。

 夢を疑い、辺りを見回してみる。すると、物体にちらほらと色が戻っていた。まだ線画が九割を占めるが、それは紛れもなく色だった。
 あの日、失った色だった。

「綺麗……」

 引き出しの中の、色鉛筆を出してみる。線画の鉛筆の中に、数本だけ色つきの物があった。急いで手に取り、昨日描いたイラストに擦り付ける。
 紙の中の、小さな世界が少しだけ色付いた。

 恐らく、絵に対しての嫌悪感が和らいだからだろう。全く変化のなかった症状は、一夜にして緩和の兆候を見せた。

 このままいけば、いつか全快するかもしれない。けれど、がむしゃらに働いたあの日々に戻ろうとは思わなかった。

 スマホの連絡先から、斎藤さんの番号を出す。かけると、直ぐに出てくれた。

「斎藤さん、聞いて下さい! 私、少しだけ色が見えるようになりました!」

 早朝から掛けたのに関わらず、聞こえてきたのは柔らかい笑声だった。

「そうか、それは良かったね。でも、そしたら河上さんは昔の仕事に戻ってしまうのかな?」
「いいえ、戻りません。私は、今の暮らしが好きです。だから、今のままでいます。私、職業病になって良かったです。一時はどうなることかと思いましたけど、違う道を見つけられましたから」
「そっか、それは嬉しいな」
「だから、これからもよろしくお願いします」

 私は、運命が導いてくれたこの場所で、生きていこう。

 少しずつ、本物の世界にも色を付けながら。
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