中二病の秘密

有箱

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突然の転向

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 昨日見た映画は大当たりだった。特にラストシーンの――志真にどうプレゼンするか考えていると、後ろの扉が開く音がした。それからすぐ、生徒の沸き立つ声も。

 反射的に視線を流す。すると、そこには左目に眼帯を宛て、右手首に包帯を巻いた志真がいた。

 ただ事じゃないと素早く起立する。そして、心配を投げる生徒の間に割り込んだ。
 囲まれる志真は、無言で床を見ている。

「その怪我どうしたの!?」

 哀感が漂っている――気がしたのは一瞬で、顔をあげた志真は楽し気に笑っていた。
 ギャップに一瞬黙ってしまう。更には包帯がある方の手でピースまで作られ、困惑してしまった。

「中二病はじめた!」

 宣言後、フッと意味ありげに笑われ弱冠引く。周りも同じらしく、教室後方に動揺の渦が広がった。
 一部、同士が出来て喜ぶ人間もいたが。

「え、いや、本当どうしたの。中二病始めたって何……てか、敢えて始めるやつだっけ、それ」

 中二病の知識を急遽掘り出す。確か、自己申請するものではなかったはずだ。いや、本人に自覚はあるらしいが――よく分からなくなってきた。

「詳しくは後で話そう……。では、暫しの時間、文学と言うメロディに身を委ねようじゃないか……」

 国語の授業を妙な例えで表された挙句、颯爽と席へ移動され立ち尽くす。
 いや本当、昨日の今日で何があったの。そう惑わずにはいられなかった。



 昼休み、共に屋上へ向かう。二人で弁当を食べるのは、園児の時からの日課だ。

 教室中の目が『上手く聞き出せよ……』との訴えを乗せ私を見ていた。皆、普段通り接してはいたが、私には動揺がまざまざと見えていた。

「で、急にどうしたの?」

 正面から問うと、志真は神妙な顔をする。そうして数秒、大きく空を仰いだ。

「本来なら秘密にすることだが、美月にだけは真実を告げておこうと思う」
「……うん」

 口調や仕草の半端さで、中二病の一貫であると察知する。ゆえに、真剣になるべきか迷った。

「私は生まれかわりだった」
「ん?」

 ――ならずとも良かったようだが。

「堕天した天使……いわゆる悪魔と化した存在の、だ」
「えー……」

 遠回し過ぎて混乱しながらも、なんとか重点だけは理解する。いわゆる、自分は悪魔の生まれ変わりだったと言っているのだ。

 冗談だとは分かりつつ、真剣になられては変に否定も出来なかった。それどころか、もし真実だったらどうしようとまで考えてしまっている。
 幽霊や超常現象が信じられている世界だ、ない話ではないだろう。

「しかし、天界から追放された身。人間界に降りていると知られるわけにもいかず、先ほどは言い訳をした。他の者にはただの中二病患者として映っただろう」

 新たな設定もどきに脳内がフリーズした。非現実を前に、思考が追い付かない。
 志真は左手で右腕を掴み、その右手の平で眼帯を覆った。完全に拗らせたポーズが完成している。

「この目と腕には、悪魔の紋章があるのだ。……美月よ、隠す手伝いを要請しても?」

 呆然とする頭で、昨日までの志真を思い出す。遠い目で空を見つめながら、ロボットのごとく口だけで笑った。

「……オッケーです」



 あの日以降、志真は完全な中二病患者と化した。いや、この場合、完全に悪魔に憑依されたと言うべきか。もしかして、看病に疲れて壊れてしまったとか。

 真相は不明だが、何にせよ私の自慢だった志真はいなくなってしまった。

「また紋章が広がってしまった」 

 昼食中、淡々と言い切った彼の右腕、包帯の範囲が広がっていた。最早、格闘家キャラのような見た目だ。

「ねぇ大丈夫?」
「何がだ?」
「何でもないです」

 心配の理由さえ察してもらえず、黙り込む。会話を放棄しようかとも思ったが、それはそれで気まずいと無理矢理ネタを引っ張った。とにかく、話さないことには真相も不明なままだし。

「……もし天界に知られたらどうなるの?」
「捕まるかもな。でも、その前に戦うつもりではいる」
「でも、悪魔さん……は人間じゃん?」
「心配無用だ。私には特殊な力がある」

 まるで本物の悪魔のように、志真は迷いなく答える。会話が成り立つことに驚きと悲しみを覚えつつ、やめはしなかった。半ば情報取得の為の会話にはなっているが。 

「どういう力なの? 見せてよ」 
「そうしたいのは山々だが、命が削られる技なんだ。だから今は使えない」
「……リスク高いね」

 結局、その日も何一つ掴めないまま一日は終わった。
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