花ちゃんと僕のポケット

ふたつめ【２】

　突拍子すぎて戸惑う。だが、花ちゃんが描き始めたものを見て、状況をなんとなく察した。

　折り紙の上部に、ひらがなで“けっこんするひと”の文字が。下に、“ささいせんせい”と“ななかわはな”の名前が。そしてご丁寧に印鑑用の囲いが――それら三つがあれば何の用紙かは一目瞭然だった。
　
　恐らく、花ちゃんが印鑑を見たというテレビは、恋愛ドラマだったのだろう。婚姻届に印を押しているシーンを、僕もどこかで見た気がする。

「これ押したら花と先生は恋人ね、はい押して」
「うん、分かった。結婚します。宜しくね」

　しっかりと写るよう、ぐいと押す。くっきりと残った笹井の文字に、花ちゃんは満足げな顔をした。花ちゃんは、ペンで“はな”と書く。

「ずっと一緒にいようね」

　寂しさをまとう台詞が、小さく胸を刺した。穏やかな横顔からは、言葉以上の意味は感じない。
　あ、そういえば、ドラマでも同じ台詞があったな。思い出してきたぞ。

「もちろんだよ」

　確か男性俳優は、甘いマスクでそんな返事をしていた。

「ねぇ先生、私、天国に行けるかなぁ」
「えっ」

　突然の、思いもよらぬ展開に驚く。確か、そんな暗転はなかったはず――思い出そうとして、タイトルだけが現れた。台詞の発端はドラマで間違いなさそうだ。

　天国の花嫁――確か、ドラマはそんなタイトルだった。
　同じ台詞があったかは定かではない。しかし、表情を見れば、彼女の本音に違いないとは分かった。

　死の存在を身近に見ていると知り、僕まで悲しくなってくる。毎日病室にいて、辛い思いをし続ければ当然ではあるけど。明るすぎて、当たり前に存在する不安を無視していた。

「行けるよ、絶対。先生が保証する」

　言葉と視線を、横顔へまっすぐに送る。気付いてくれたようで、花ちゃんも視線を向けてくれた。

「でも、どうして行けないと思ったの？」
「病気になってパパとママを悲しませちゃったから……だから天国にいけないかもしれない……」

　潤みを帯びた瞳が、光を煌めかせる。涙が滑り落ち、婚姻届に染みた。

「大丈夫だよ、大丈夫。花ちゃんは良い子だよ、大丈夫」

　僕はただ、抱き締めることしか出来なかった。