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迷いと導き
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あの人の言葉を思い出す。笑顔の少女と声のない言葉だけが、私の中で繰り返される。
そうだ。写真を失っても、心には残っているじゃないか。こんな時に限って、その言葉を生かせてはいないけど。
「清隆さん、探し物ってやっぱり大事なものだったんじゃない?」
「えっ」
十一時の方向へ箸を伸ばした時、妻が言った。疑惑的でも詮索するでもない、本当に普通のトーンである。
気持ちが態度に出ていただろうか。苦笑いし、また迷う。
「……いや、言ったら笑われるような物だよ。あと君に悪い」
「それは私が決めます。だから教えて」
口調から、少し困った笑顔が見えた。珍しく強気な口調は、私の迷いを知り、導こうとしているかのようだ。
ああ、やはりこの人には勝てないな。
「……写真」
「何の?」
「初恋の人との……」
「なるほど!」
伝え合うとの約束に反していたにも拘らず、妻から嫌悪感は感じなかった。寧ろ、爽やかな感情を感じる。食卓机の端、置かれたりんごのように。
だからと言い、隠す形になってしまった罪悪感が消えるわけではない。妻だって、滲ませないだけで悲しんでいるかもしれない。
「いや、初恋の人との写真だからじゃなくてね」
思いを想像し、至った経緯を説明してみた。言い訳がましく聞こえるかも知れないが、これこそ約束を守るためだ。貰った言葉に基づいた判断でもある。
まぁ、今からじゃ少し遅いかもしれないけれど。
それでも言葉にしなければ、誤解を与えてしまうかもしれないから。
だが。
「うん、私も見たいから探そう」
「えっ、良いの」
「良いよ。見つけたらその人のこと聞かせてね」
「えっ、話して良いの? 嫌な気持ちにならない?」
妻の中に、私への悪感情は一切無かったらしい。寧ろ、ずいずいと迫られ圧倒されそうだ。
全てを包む大らかさに心が震える。彼女への、愛しい気持ちが更に膨らんだ。
「ならないよ。だって、今は私を大切にしてくれてるの知ってるからね」
「……君は本当に素晴らしい人だね」
「ふふ、そうでしょう」
得意気な彼女が、輝いて思えた。
そうだ。写真を失っても、心には残っているじゃないか。こんな時に限って、その言葉を生かせてはいないけど。
「清隆さん、探し物ってやっぱり大事なものだったんじゃない?」
「えっ」
十一時の方向へ箸を伸ばした時、妻が言った。疑惑的でも詮索するでもない、本当に普通のトーンである。
気持ちが態度に出ていただろうか。苦笑いし、また迷う。
「……いや、言ったら笑われるような物だよ。あと君に悪い」
「それは私が決めます。だから教えて」
口調から、少し困った笑顔が見えた。珍しく強気な口調は、私の迷いを知り、導こうとしているかのようだ。
ああ、やはりこの人には勝てないな。
「……写真」
「何の?」
「初恋の人との……」
「なるほど!」
伝え合うとの約束に反していたにも拘らず、妻から嫌悪感は感じなかった。寧ろ、爽やかな感情を感じる。食卓机の端、置かれたりんごのように。
だからと言い、隠す形になってしまった罪悪感が消えるわけではない。妻だって、滲ませないだけで悲しんでいるかもしれない。
「いや、初恋の人との写真だからじゃなくてね」
思いを想像し、至った経緯を説明してみた。言い訳がましく聞こえるかも知れないが、これこそ約束を守るためだ。貰った言葉に基づいた判断でもある。
まぁ、今からじゃ少し遅いかもしれないけれど。
それでも言葉にしなければ、誤解を与えてしまうかもしれないから。
だが。
「うん、私も見たいから探そう」
「えっ、良いの」
「良いよ。見つけたらその人のこと聞かせてね」
「えっ、話して良いの? 嫌な気持ちにならない?」
妻の中に、私への悪感情は一切無かったらしい。寧ろ、ずいずいと迫られ圧倒されそうだ。
全てを包む大らかさに心が震える。彼女への、愛しい気持ちが更に膨らんだ。
「ならないよ。だって、今は私を大切にしてくれてるの知ってるからね」
「……君は本当に素晴らしい人だね」
「ふふ、そうでしょう」
得意気な彼女が、輝いて思えた。
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