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宝物の写真
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私は、とても恵まれた人間だと思う。
時々は心ない言葉だって聞くが、回りには理解者がいて仕事だってある。単純な言葉で言えば、幸せなのだ。
学生の時分は、幸福など得られると思わなかった。不幸な道を辿るものとばかり考えていた。
幸せな今があるのは、やっぱりあの人の言葉があったからで――。
「あれ?」
いつも通り、本を開いた所までは良かった。手順にも変化はない。
だが、何度手繰ろうともいつもの感触がなかった。
写真が、消えていた。
「嘘だろ……」
リビングからは、食事を拵える音が聞こえている。何も変化はない。
ただただ、写真だけが忽然と消えていた。日課が絶えると、何だか不安になってしまう。
周辺を少し探してみたが、それらしいものはなかった。すぐに大捜索したいのは山々だが、探すのは午後からだ。
大切なものを無くしたと妻に打ち明けようか――一瞬考えたが、保留した。
その後、食事を終え、予定通り私は仕事に出た。写真の件は、やっぱり伝えられなかった。
*
昼前に勤務を終え、帰宅する。気持ちが急いており、早足になりそうになったが堪えた。杖をつき、一歩一歩進む。
幸い職場は近く、直ぐに自宅に着いた。打ち合わせた通りに妻は出ており、まだ帰っていなかった。
用意しておいてくれた弁当を食べ、速攻で部屋に入る。仕事中もずっと、写真の行方が気になって仕方がなかった。
出来れば、妻が帰ってくる前に見つけてしまいたい。未だ打ち明けられないことに後ろめたさもあったが、長引くほどに勇気が要るものだ。秘密にする積もりはなかったとしても。
いや、きっと妻のことだ。許してくれると信じてはいるけれど。
よし。そう一人意気込み、大捜索を開始した。
*
だが、探せど探せど写真は見つからない。幾ら手触りを覚えていても、やはり感覚だけでは限界があるようだ。
加えて、未捜索の箇所が分からなかったり、物に体をぶつけたりとかなり難航した。
ここまで来ると不甲斐なさまで感じてくる。こんなに無力感を覚えたのは久しぶりだ。
感じると同時に、改めて妻の存在の偉大さも知った。彼女のカバーがあるからこそ、無力感を忘れられるのだろうから。
考えていると、捜索の手が止まった。
そもそも、写真を探す必要などあるのだろうか。これを期に、日課からの消去を視野にいれるべきではないだろうか。
でも、あの写真は宝であり、私が私らしくある為の思い出が詰まっている。だから、どうしても離れがたい。
妻と出会い結婚した背景にも、あの写真の存在が――いや、あの中の記憶があるのだから。
*
迷いの末、一息つき再開した。手の平を右へ右へと、目の代わりに移動させて行く。感覚を便りに、一ヶ所ずつ着実に。
「ただいまー」
不意に声が聞こえ、体が止まった。扉の開く音がする。どうするか迷っていると、ほんのり果実の香りがした。
「お、おかえり」
「ねぇこれ、さっきお隣さんからりんご貰ったの……って何か探し物?」
香りの正体が判明すると同時に、行動を言い当てられて戸惑う。だが、嘘の必要性までは感じず、素直に応じた。
「よく分かったね」
「うん、何だか少し散らかってるから。それで、探し物は見つかった?」
協力を申請してくれている――そう悟った。だが、まだ告白への抵抗は抜けず、自然と首を横に振っていた。
「いや。でも大丈夫、君の手を煩わせるほどのものじゃないよ。また、その内出てくるだろう」
「……そう? なら良いんだけど。夜ご飯作るね」
「ありがとう」
罪悪感と妻への感謝で、心が複雑に絡んだ。
時々は心ない言葉だって聞くが、回りには理解者がいて仕事だってある。単純な言葉で言えば、幸せなのだ。
学生の時分は、幸福など得られると思わなかった。不幸な道を辿るものとばかり考えていた。
幸せな今があるのは、やっぱりあの人の言葉があったからで――。
「あれ?」
いつも通り、本を開いた所までは良かった。手順にも変化はない。
だが、何度手繰ろうともいつもの感触がなかった。
写真が、消えていた。
「嘘だろ……」
リビングからは、食事を拵える音が聞こえている。何も変化はない。
ただただ、写真だけが忽然と消えていた。日課が絶えると、何だか不安になってしまう。
周辺を少し探してみたが、それらしいものはなかった。すぐに大捜索したいのは山々だが、探すのは午後からだ。
大切なものを無くしたと妻に打ち明けようか――一瞬考えたが、保留した。
その後、食事を終え、予定通り私は仕事に出た。写真の件は、やっぱり伝えられなかった。
*
昼前に勤務を終え、帰宅する。気持ちが急いており、早足になりそうになったが堪えた。杖をつき、一歩一歩進む。
幸い職場は近く、直ぐに自宅に着いた。打ち合わせた通りに妻は出ており、まだ帰っていなかった。
用意しておいてくれた弁当を食べ、速攻で部屋に入る。仕事中もずっと、写真の行方が気になって仕方がなかった。
出来れば、妻が帰ってくる前に見つけてしまいたい。未だ打ち明けられないことに後ろめたさもあったが、長引くほどに勇気が要るものだ。秘密にする積もりはなかったとしても。
いや、きっと妻のことだ。許してくれると信じてはいるけれど。
よし。そう一人意気込み、大捜索を開始した。
*
だが、探せど探せど写真は見つからない。幾ら手触りを覚えていても、やはり感覚だけでは限界があるようだ。
加えて、未捜索の箇所が分からなかったり、物に体をぶつけたりとかなり難航した。
ここまで来ると不甲斐なさまで感じてくる。こんなに無力感を覚えたのは久しぶりだ。
感じると同時に、改めて妻の存在の偉大さも知った。彼女のカバーがあるからこそ、無力感を忘れられるのだろうから。
考えていると、捜索の手が止まった。
そもそも、写真を探す必要などあるのだろうか。これを期に、日課からの消去を視野にいれるべきではないだろうか。
でも、あの写真は宝であり、私が私らしくある為の思い出が詰まっている。だから、どうしても離れがたい。
妻と出会い結婚した背景にも、あの写真の存在が――いや、あの中の記憶があるのだから。
*
迷いの末、一息つき再開した。手の平を右へ右へと、目の代わりに移動させて行く。感覚を便りに、一ヶ所ずつ着実に。
「ただいまー」
不意に声が聞こえ、体が止まった。扉の開く音がする。どうするか迷っていると、ほんのり果実の香りがした。
「お、おかえり」
「ねぇこれ、さっきお隣さんからりんご貰ったの……って何か探し物?」
香りの正体が判明すると同時に、行動を言い当てられて戸惑う。だが、嘘の必要性までは感じず、素直に応じた。
「よく分かったね」
「うん、何だか少し散らかってるから。それで、探し物は見つかった?」
協力を申請してくれている――そう悟った。だが、まだ告白への抵抗は抜けず、自然と首を横に振っていた。
「いや。でも大丈夫、君の手を煩わせるほどのものじゃないよ。また、その内出てくるだろう」
「……そう? なら良いんだけど。夜ご飯作るね」
「ありがとう」
罪悪感と妻への感謝で、心が複雑に絡んだ。
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