×××回の人生に餞を

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最終話:変化する人生(2/2)

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 静かすぎる世界で目が覚めた。神さまでも現れそうな、真っ白な空間が視野の全てを埋めている。体を手放してしまったのか、回りを見渡したくとも首を動かせなかった。

 もしかすると、ここは天国なのかもしれない。僕をループへと閉じこめた誰かがいて、エピローグでも語ってくれるのかもしれない。
 そこで理由も教えてくれるとスッキリするんだけどなぁ――なんて呆然と考えていると、白の世界に素早く影が飛び込んできた。距離としては近く感じたが、ぼんやりした影としか認識できない。いや、認識の問題ではなく、元々の形が曖昧なのかもしれない。

 不意に、僕の名が叫ばれた。鮮明な声に驚くものの、即座に状況は読み取れない。

「私のことが分かる!?」

 それからも、幾つかの台詞と名前が連ねられた。それは重ねられるほどにくぐもってゆく。その内、なぜだか降雨の感覚まで頬に浴びた。
 想定斜め上――どころじゃない。真反対の、しかも全く知らない展開に唖然とする。だが、いつかに聞いた「どうかされましたか?」の台詞で、ようやく僅かな脳の覚醒を感じた。

「目が覚めたみたいなんですが、反応してくれないんです!」

 先ほどから聞こえていた声は、母のもののようだ。泣きながら僕の名前を呼んでいる。

「……母……さん?」

 思い通りに紡げない声が、喉に引っ掛かった。だが、届きはしたらしい。じっと目を凝らすと、ようやく影が輪郭を固めはじめた。少し前に見た姿より、痩せた母が僕を凝視している。

「母さ……」

 母が僕に優しく覆い被さった。嗚咽が耳元で不規則に奏でられる。愛を含む音に聴覚を委ねていると、現状がゆっくりと僕の中に浸透してきた。

「ごめんね! 気付けなくてごめんね……! 本当にごめんね……!」

 そうか、僕は戻ってきたんだ。一度目の人生に。

「……僕も……逃げて……ごめん……」

 どうやら僕は、長い長い夢を見ていたらしい。あの途方もないループは、神でも運命でもなく僕自身が作り出していたようだ。

 そして、それはきっと。

「言わ……なくて……ごめん。……あの……あのね、母さん……」
 
 正真正銘の、最後の人生を歩きだそう。
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