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後編
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耐熱皿の上に、ラップをピンと張る。そこに、作っておいた生地を薄く塗り、チンしたら完成だ。
因みに、加熱しすぎるとパリパリおばけと化してしまう為、様子見が必要である。
息子がたくさん食べるとして、六枚分作った。この皮にチーズやハムなんかを巻いても美味だが、生憎今は切らしている。だが、来週のメニューは一つ決まった。
完成したら、巻きの作業にリターンである。
まだまだ熱いが、皮越しに触れなくもない温度だ。本当は冷めきってからが望ましいが、今日は割愛する。しかし、愛は倍くらい込めよう。
ヘラで大まかに六等分し、一枚ずつ巻いて行く。こう言うものは、どうしてか最後が一番大きくなるから不思議だ。ちゃーんと分けたはずなのになぁ。
あっ、付け合わせのキャベツを忘れていた。あまり加工の要らないメニューは、いつも忘れがちになってしまう。その度に老いを感じているわけだが、材料が目先に無かったからだと言い訳しておいた。
最後に回すことも可能な一品だが、やっておいても損はないだろう。ということで、制作開始だ。
と言っても、スライサーでガッシガシと擦っていくだけなのだが。
はい、あっという間。
*
かなり全力で取り組んだのか、若干汗ばんだ様子で息子がやって来た。
誇らしげに掲げられた袋の中には、生まれ変わったうどん、もとい餅……うどん餅がいる。まだ麺の名残はあるが、想像以上の出来映えだ。
「ありがとう~。これ丸くするのやりたい?」
「やりたい!」
「よし、じゃあお母さんが中に入れる餡を作るから、外にくっ付けて丸くしてくれる?」
「餡子……お菓子になるの?」
「一番最後にゴマを付けるんだよ、何作るか分かった?」
「分かった! ゴマ団子だ! 餡子がカボチャなんだね!」
「大正解!」
嬉しそうな息子と共に、団子を作ってゆく。見映えは歪だが、食べてしまえば同じ味《おいしさ》だ。
家庭料理には愛があれば良いのだと、息子にも普段から言い聞かせている。
揚げ立てが食べたいので、ごまだけ装備させ、戦闘に行かせるのは後回しにした。
*
さぁ、ここまでくればラストスパートだ。ここからは揚げの作業に入る。
フライパンに油を投入し、ガススイッチをオン。油がゆらゆらとしてきたら、菜箸を突っ込んで温度計測する。
と言っても、この辺りは適当だ。泡が勢いよく上がったら、まず春巻きから浸かってもらうことにしよう。
ジュワーッと油が弾けた。狐色に色づいてゆく様は、目のみならずお腹も喜ばせる。グゥ~と腹からの呼び掛けが聞こえた。
スタンバイしている間に、簡単玉子スープを作ってしまおう。
先ほど出た戻し汁をベースに、調味料を加えてゆく。グツグツさせている間に、再生栽培しておいた豆苗を収穫した。
ボウルにデラックス溶き卵を作る。と言っても、水と玉子を混ぜるだけの簡単なセッティングだ。しかし、これがふわふわ玉子への第一歩でもある。水、侮れん。
スープがグツグツしだしたら、水溶き片栗粉を投入する。箸でグルグルかき混ぜ水流を作ったら、渦に巻き込むように玉子を注いだ。ここで、火をあまり弱めないのもポイントだ。
卵液の全てが温泉に浸かったら、火を止め豆苗、乾燥ワカメ、ゴマの愉快な仲間たちを突っ込む。これで完成だ。
嘗て、調子に乗りワカメを入れすぎた時の惨劇を私は忘れない。膨らんだワカメが表面を侵食し――。
回想している間に、春巻きが湯上が……油上がりのタイミングを迎えたようだ。
*
網で油を切る。ついに、待ってましたと言いそうな唐揚げの出番が来た。
大活躍の片栗粉をまぶし、油へと入ってもらう。ジュワジュワと泳ぎだした肉から、香ばしい香りが漂ってきた。空気に触れさせるように箸で肉操り、油の中で華麗に踊らせる。
二度揚げの為、時間を見て一旦取りだした。その間に二軍を投入し――ようとして、斜め後ろの息子の存在を知った。いつからいたんだ。忍者か君は。
かなり驚いたが、タイミング的にはナイスだ。
「息子よ、任務を頼んでもいいでござるか」
「えっ、あっ、いいでござる!」
「いつものお皿にキャベツを盛るのと、お箸の準備を頼みたいでござる。キャベツは冷蔵庫でござる」
ビシッと敬礼をしてから、食卓机に一時避難中の鍋を指す。
「アイアイサー!」
自分なりにノリを掴んだ息子は、任務遂行のため食器棚へと向かった。まぁ、目と鼻の先だけど。
忍者くんが働いてくれている内に、私は管理職に勤しもうではないか。まぁ、唐揚げのだけど。
ゴールを切る自分の姿が見える。背後の時計をチラ見して、我ながらよくやったやんと自分を褒めた。
*
ふと、妙な感覚が過ぎる。何かを忘れている気がする、そんな感覚が。
しかし、こんなのは年を重ねればよくあることだ。ゆえに、その内思い出すやろ、と流しておいた。
「お母さん、キャベツと箸出来たよ。この春巻き乗せても良い?」
網の上の春巻きを指した、息子の瞳がキラキラしている。これは早急に仕上げねばならない。
「うん、ありがと。唐揚げも乗せるから半分場所空けておいてね」
「ラジャー!」
カリカリ衣を纏った唐揚げが、全て出来上がった。盛り付ける為に翻り、机上を一望する。
瞬間、感覚の正体に気付いた。――スープの横、いるはずの白飯がいないことに。
「おおお、白飯忘れたぁ……。温めて来るから先食べてて良いよ」
「ううん、待ってる」
「息子よ、君はなんて良い子なんだ……」
息子の優しさに震えながら、ラスボスの如く待っていた白飯に取りかかる。
自然解凍NGだからと、ギリギリに出そうとしたのが間違いだった。やはり私は老いてしまっ……うん、やっぱり目の前に無いと忘れるわ。それが人ってもんよ。
気を取り直して冷凍庫から二つ、小分けにしておいた白飯を出す。
美味しく温めるためには、二回に分けた加熱が必要だ。途中、解す行程も無視してはならない。無論、一纏まりずつが鉄則である。
本当は一括でやってしまいたいが、美味しさには変えられぬと手順をギリリと踏んづけた。
――そうこうして、やっとのこと食事が完成した。要望に全力で答えた、有り合わせ中華定食だ。
息子も嬉しそうに、出揃った面々を眺めている。
「待たせたね、食べよっか」
「ご馳走嬉しいなー。ゴマ団子も食べれるんだもんね!?」
「うん、全部食べちゃってから揚げるね。熱々が食べれるぞー」
「わーい、楽しみ! いただきます!」
手のかかった作業も、その笑顔があれば報われてしまうのだから不思議だ。
「はい、召し上がれ」
さて、今夜と明日は何を作ろうか。
……材料、何が残っていたかな。
因みに、加熱しすぎるとパリパリおばけと化してしまう為、様子見が必要である。
息子がたくさん食べるとして、六枚分作った。この皮にチーズやハムなんかを巻いても美味だが、生憎今は切らしている。だが、来週のメニューは一つ決まった。
完成したら、巻きの作業にリターンである。
まだまだ熱いが、皮越しに触れなくもない温度だ。本当は冷めきってからが望ましいが、今日は割愛する。しかし、愛は倍くらい込めよう。
ヘラで大まかに六等分し、一枚ずつ巻いて行く。こう言うものは、どうしてか最後が一番大きくなるから不思議だ。ちゃーんと分けたはずなのになぁ。
あっ、付け合わせのキャベツを忘れていた。あまり加工の要らないメニューは、いつも忘れがちになってしまう。その度に老いを感じているわけだが、材料が目先に無かったからだと言い訳しておいた。
最後に回すことも可能な一品だが、やっておいても損はないだろう。ということで、制作開始だ。
と言っても、スライサーでガッシガシと擦っていくだけなのだが。
はい、あっという間。
*
かなり全力で取り組んだのか、若干汗ばんだ様子で息子がやって来た。
誇らしげに掲げられた袋の中には、生まれ変わったうどん、もとい餅……うどん餅がいる。まだ麺の名残はあるが、想像以上の出来映えだ。
「ありがとう~。これ丸くするのやりたい?」
「やりたい!」
「よし、じゃあお母さんが中に入れる餡を作るから、外にくっ付けて丸くしてくれる?」
「餡子……お菓子になるの?」
「一番最後にゴマを付けるんだよ、何作るか分かった?」
「分かった! ゴマ団子だ! 餡子がカボチャなんだね!」
「大正解!」
嬉しそうな息子と共に、団子を作ってゆく。見映えは歪だが、食べてしまえば同じ味《おいしさ》だ。
家庭料理には愛があれば良いのだと、息子にも普段から言い聞かせている。
揚げ立てが食べたいので、ごまだけ装備させ、戦闘に行かせるのは後回しにした。
*
さぁ、ここまでくればラストスパートだ。ここからは揚げの作業に入る。
フライパンに油を投入し、ガススイッチをオン。油がゆらゆらとしてきたら、菜箸を突っ込んで温度計測する。
と言っても、この辺りは適当だ。泡が勢いよく上がったら、まず春巻きから浸かってもらうことにしよう。
ジュワーッと油が弾けた。狐色に色づいてゆく様は、目のみならずお腹も喜ばせる。グゥ~と腹からの呼び掛けが聞こえた。
スタンバイしている間に、簡単玉子スープを作ってしまおう。
先ほど出た戻し汁をベースに、調味料を加えてゆく。グツグツさせている間に、再生栽培しておいた豆苗を収穫した。
ボウルにデラックス溶き卵を作る。と言っても、水と玉子を混ぜるだけの簡単なセッティングだ。しかし、これがふわふわ玉子への第一歩でもある。水、侮れん。
スープがグツグツしだしたら、水溶き片栗粉を投入する。箸でグルグルかき混ぜ水流を作ったら、渦に巻き込むように玉子を注いだ。ここで、火をあまり弱めないのもポイントだ。
卵液の全てが温泉に浸かったら、火を止め豆苗、乾燥ワカメ、ゴマの愉快な仲間たちを突っ込む。これで完成だ。
嘗て、調子に乗りワカメを入れすぎた時の惨劇を私は忘れない。膨らんだワカメが表面を侵食し――。
回想している間に、春巻きが湯上が……油上がりのタイミングを迎えたようだ。
*
網で油を切る。ついに、待ってましたと言いそうな唐揚げの出番が来た。
大活躍の片栗粉をまぶし、油へと入ってもらう。ジュワジュワと泳ぎだした肉から、香ばしい香りが漂ってきた。空気に触れさせるように箸で肉操り、油の中で華麗に踊らせる。
二度揚げの為、時間を見て一旦取りだした。その間に二軍を投入し――ようとして、斜め後ろの息子の存在を知った。いつからいたんだ。忍者か君は。
かなり驚いたが、タイミング的にはナイスだ。
「息子よ、任務を頼んでもいいでござるか」
「えっ、あっ、いいでござる!」
「いつものお皿にキャベツを盛るのと、お箸の準備を頼みたいでござる。キャベツは冷蔵庫でござる」
ビシッと敬礼をしてから、食卓机に一時避難中の鍋を指す。
「アイアイサー!」
自分なりにノリを掴んだ息子は、任務遂行のため食器棚へと向かった。まぁ、目と鼻の先だけど。
忍者くんが働いてくれている内に、私は管理職に勤しもうではないか。まぁ、唐揚げのだけど。
ゴールを切る自分の姿が見える。背後の時計をチラ見して、我ながらよくやったやんと自分を褒めた。
*
ふと、妙な感覚が過ぎる。何かを忘れている気がする、そんな感覚が。
しかし、こんなのは年を重ねればよくあることだ。ゆえに、その内思い出すやろ、と流しておいた。
「お母さん、キャベツと箸出来たよ。この春巻き乗せても良い?」
網の上の春巻きを指した、息子の瞳がキラキラしている。これは早急に仕上げねばならない。
「うん、ありがと。唐揚げも乗せるから半分場所空けておいてね」
「ラジャー!」
カリカリ衣を纏った唐揚げが、全て出来上がった。盛り付ける為に翻り、机上を一望する。
瞬間、感覚の正体に気付いた。――スープの横、いるはずの白飯がいないことに。
「おおお、白飯忘れたぁ……。温めて来るから先食べてて良いよ」
「ううん、待ってる」
「息子よ、君はなんて良い子なんだ……」
息子の優しさに震えながら、ラスボスの如く待っていた白飯に取りかかる。
自然解凍NGだからと、ギリギリに出そうとしたのが間違いだった。やはり私は老いてしまっ……うん、やっぱり目の前に無いと忘れるわ。それが人ってもんよ。
気を取り直して冷凍庫から二つ、小分けにしておいた白飯を出す。
美味しく温めるためには、二回に分けた加熱が必要だ。途中、解す行程も無視してはならない。無論、一纏まりずつが鉄則である。
本当は一括でやってしまいたいが、美味しさには変えられぬと手順をギリリと踏んづけた。
――そうこうして、やっとのこと食事が完成した。要望に全力で答えた、有り合わせ中華定食だ。
息子も嬉しそうに、出揃った面々を眺めている。
「待たせたね、食べよっか」
「ご馳走嬉しいなー。ゴマ団子も食べれるんだもんね!?」
「うん、全部食べちゃってから揚げるね。熱々が食べれるぞー」
「わーい、楽しみ! いただきます!」
手のかかった作業も、その笑顔があれば報われてしまうのだから不思議だ。
「はい、召し上がれ」
さて、今夜と明日は何を作ろうか。
……材料、何が残っていたかな。
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