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目覚めると、死んだはずの彼氏がいた。
「!?」
「恵、おはよう! 相変わらずの寝相だね!」
爽やかな笑みを讃え、私の上に跨っている。しかし、不思議なことに重みはなかった。
「……えっ、いや、えっ?」
朝一番のサプライズに、脳内真っ白だ。
数秒間、笑顔の彼と向き合ったまま絶句して。更に数秒、やっと現状を把握する。
そうか、これは夢か。それなら辻褄が合う。そうか、それなら寝直して──。
布団を被り直そうとして、再び声が降ってきた。
「あっ、目覚ましめっちゃ鳴ってたけど大丈夫? 今日って高校は……」
その軽率な声に釣られ、死んだ目で時計を見てみる。時刻は、登校予定時間を過ぎていた。
「……大丈夫じゃない! ヤバいと思ったなら起こして!」
勢いよくベッドから飛び出して、制服を取り出すためクローゼットの方へ翻る。
その流れで小指を強打し、そこでやっと、ここが現実世界だと知覚した。
*
着替える為に、彼を追い出し数分後。高速で準備を済ませ、玄関に立つ。
そうして取っ手を引いた先、何食わぬ顔で彼は立っていた。視界に飛び込んだ全体図から、思わず目を逸らしてしまう。
「おはよう、やっぱ準備早いね」
「……よくあるからね」
「社会人になっても役立つね!」
三分の一くらい現実に帰りきれないまま、玄関から一本踏み出す。彼は自然と横並び、そのまま一緒に数歩進む。
「……って! どういうこと!」
「うーん、どう言えば良いかな」
突然の大声に驚くことなく、彼は素直に首を傾げた。
「……私の見てるもの、そのまま解釈するならアンタ幽霊ってことになるんだけど!?」
改めて、横目で全身を見てみる。その姿は典型的な幽霊そのものだった。
下半身にかけて段々透けていき、足に至る前に消えている。けれど、移動はしている。
あまりに非現実的すぎて、明晰夢を疑ってしまいそうだ。
「んー、じゃあそうなのかも」
「かもって適当すぎるでしょ……相変わらずだなぁ」
「ははは」
だが、気の抜けるほどに緩い笑声は、夢か現かさえ、どうでもよくさせた。
*
彼曰く、私以外に見えないのは確認済みらしい。だからと授業中の私の横にいるのだが、気が散って適わない。
にこやかに私のノートを凝視する彼──彼の名は、和臣と言う。私の彼氏であり、幼馴染みでもあった人だ。
と言っても、恋人歴より友達歴の方が断然長い。
因みに、どうでもいい情報だが、私から告白して付き合い始めた。
和臣は、見た目通りの明るく元気な人だ。素直になれず、虚勢ばかり張ってしまう私とは真逆である。
それでいて根は優しく、思い遣り深いのが彼だ。
そんな和臣を人として好きになり、告白して数日後、彼はあっさり事故死してしまった。楽しみにしていた初デートを、二日後に控えた夜だった。
その日は、どうしてか遅くに外出していたそうだ。
“思い当たる節とかないの?”
授業中に発声する訳にはいかないと、ノートに疑問を綴る。反応した和臣は、これまた瞳を丸くした。
「なんのこと?」
“ここにいるってことは、何か未練とかあるんじゃないの?”
そう、幽霊が現世に留まる理由として有力なのは、未練がまだ残っているとの説だ。
寧ろ、それ以外思い付かない。
「なるほど。それがね……」
困り顔を見せた和臣は、顎に手を当て首を傾げた。うーん、と何かを思い出そうとしている。
だが、駄目だったらしい。
「死ぬ前の数日間の記憶が空っぽで、自分が何でここにいるのかすらよく分からないんだよ」
進んですらいないが、振り出しに戻ったような気分だ。解決出来るならと話を振ってみたが、そもそも彼は望んですらいないかもしれない。
幽霊なら成仏するのが一番、と考えてしまうのは変だろうか。
ああ、先走るのは私の悪い癖だな。
「でもモヤモヤしてる感じはあるから、恵の言ってることは多分合ってる!」
本当に蟠りがあるのかと疑うほどに、和臣は溌剌としていた。なるほどと一人感心までし始めたくらいだ。
“で、どうして欲しいの?”
チラリと横目を向けると、和臣はまた考えだした。そして、数秒悩んでまた戻る。
「うーん、モヤモヤを思い出したいかな」
どうやら彼にもその意思はあったらしい。今、生まれたのかもしれないが、確認出来ただけ良しだ。
“なら手伝う。そのモヤモヤが何かを一緒に探そう。いつまでも横にいられちゃ授業にも集中出来ないしね”
「本当!? ありがとう! やっぱり恵は頼りになるね!」
調子の良すぎる幽霊に、一発手動の突っ込みを入れようかと考えたが止めた。
彼が生きているなら、迷わずそうしたけどね。
*
「で、思い当たる節、本当にないの?」
帰り道、外部の人に不審がられないよう──私だけ──小声で話す。和臣は幽霊の自覚があるのか、声量は気にしていない模様だ。
本当に誰一人気付く様子がなく、時間を共にすればするほど現実を実感させられた。
「……気になってたことだろ? 数日前だと……あっ、ドラマの最終回とか! あと母さんと小さい喧嘩したけどアレは自然消滅したしなぁ……」
「……なるほど、アンタらしいわ」
どうやら、自分との関係については和臣の中に残っていないらしい。
寂しくはあったが、気掛かりがないのは良いことだ、と無理やり自分を納得させた。
しかしそれでも、どう思っていたのかくらいは聞いてみたいものだ。
「……そう言えばさ、デートの約束したの覚えてる?」
やや躊躇い気味に問いかける。何気なく彼を伺い見ると、予想外の形相になっていた。
「デート!? 俺たち幼馴染みじゃないの!?」
「えっ!? そっから!?」
衝撃すぎる回答に、私まで可笑しな顔になってしまった。
まさかのまさか、付き合っていたこと自体を忘れていたと言うのだ。それなら、口から出ないのにも合点がいくが。
「デート、デートかぁ……」
和臣は、告白当日のように頬を火照らせ、同じ三文字を繰り返した。この反応なら、生前気にしていても可笑しくはなさそうだ。
「……週末さ、デートしてみる?」
「えっ! してみたい!」
「もしかしたら、モヤモヤの原因になってるかもしれないし」
「なるほど、恵天才!」
発言と裏腹な感情が、心をチリリと掠める。
本当は、ずっとモヤモヤしたままでいればいい、なんて言えるわけが無かった。
「!?」
「恵、おはよう! 相変わらずの寝相だね!」
爽やかな笑みを讃え、私の上に跨っている。しかし、不思議なことに重みはなかった。
「……えっ、いや、えっ?」
朝一番のサプライズに、脳内真っ白だ。
数秒間、笑顔の彼と向き合ったまま絶句して。更に数秒、やっと現状を把握する。
そうか、これは夢か。それなら辻褄が合う。そうか、それなら寝直して──。
布団を被り直そうとして、再び声が降ってきた。
「あっ、目覚ましめっちゃ鳴ってたけど大丈夫? 今日って高校は……」
その軽率な声に釣られ、死んだ目で時計を見てみる。時刻は、登校予定時間を過ぎていた。
「……大丈夫じゃない! ヤバいと思ったなら起こして!」
勢いよくベッドから飛び出して、制服を取り出すためクローゼットの方へ翻る。
その流れで小指を強打し、そこでやっと、ここが現実世界だと知覚した。
*
着替える為に、彼を追い出し数分後。高速で準備を済ませ、玄関に立つ。
そうして取っ手を引いた先、何食わぬ顔で彼は立っていた。視界に飛び込んだ全体図から、思わず目を逸らしてしまう。
「おはよう、やっぱ準備早いね」
「……よくあるからね」
「社会人になっても役立つね!」
三分の一くらい現実に帰りきれないまま、玄関から一本踏み出す。彼は自然と横並び、そのまま一緒に数歩進む。
「……って! どういうこと!」
「うーん、どう言えば良いかな」
突然の大声に驚くことなく、彼は素直に首を傾げた。
「……私の見てるもの、そのまま解釈するならアンタ幽霊ってことになるんだけど!?」
改めて、横目で全身を見てみる。その姿は典型的な幽霊そのものだった。
下半身にかけて段々透けていき、足に至る前に消えている。けれど、移動はしている。
あまりに非現実的すぎて、明晰夢を疑ってしまいそうだ。
「んー、じゃあそうなのかも」
「かもって適当すぎるでしょ……相変わらずだなぁ」
「ははは」
だが、気の抜けるほどに緩い笑声は、夢か現かさえ、どうでもよくさせた。
*
彼曰く、私以外に見えないのは確認済みらしい。だからと授業中の私の横にいるのだが、気が散って適わない。
にこやかに私のノートを凝視する彼──彼の名は、和臣と言う。私の彼氏であり、幼馴染みでもあった人だ。
と言っても、恋人歴より友達歴の方が断然長い。
因みに、どうでもいい情報だが、私から告白して付き合い始めた。
和臣は、見た目通りの明るく元気な人だ。素直になれず、虚勢ばかり張ってしまう私とは真逆である。
それでいて根は優しく、思い遣り深いのが彼だ。
そんな和臣を人として好きになり、告白して数日後、彼はあっさり事故死してしまった。楽しみにしていた初デートを、二日後に控えた夜だった。
その日は、どうしてか遅くに外出していたそうだ。
“思い当たる節とかないの?”
授業中に発声する訳にはいかないと、ノートに疑問を綴る。反応した和臣は、これまた瞳を丸くした。
「なんのこと?」
“ここにいるってことは、何か未練とかあるんじゃないの?”
そう、幽霊が現世に留まる理由として有力なのは、未練がまだ残っているとの説だ。
寧ろ、それ以外思い付かない。
「なるほど。それがね……」
困り顔を見せた和臣は、顎に手を当て首を傾げた。うーん、と何かを思い出そうとしている。
だが、駄目だったらしい。
「死ぬ前の数日間の記憶が空っぽで、自分が何でここにいるのかすらよく分からないんだよ」
進んですらいないが、振り出しに戻ったような気分だ。解決出来るならと話を振ってみたが、そもそも彼は望んですらいないかもしれない。
幽霊なら成仏するのが一番、と考えてしまうのは変だろうか。
ああ、先走るのは私の悪い癖だな。
「でもモヤモヤしてる感じはあるから、恵の言ってることは多分合ってる!」
本当に蟠りがあるのかと疑うほどに、和臣は溌剌としていた。なるほどと一人感心までし始めたくらいだ。
“で、どうして欲しいの?”
チラリと横目を向けると、和臣はまた考えだした。そして、数秒悩んでまた戻る。
「うーん、モヤモヤを思い出したいかな」
どうやら彼にもその意思はあったらしい。今、生まれたのかもしれないが、確認出来ただけ良しだ。
“なら手伝う。そのモヤモヤが何かを一緒に探そう。いつまでも横にいられちゃ授業にも集中出来ないしね”
「本当!? ありがとう! やっぱり恵は頼りになるね!」
調子の良すぎる幽霊に、一発手動の突っ込みを入れようかと考えたが止めた。
彼が生きているなら、迷わずそうしたけどね。
*
「で、思い当たる節、本当にないの?」
帰り道、外部の人に不審がられないよう──私だけ──小声で話す。和臣は幽霊の自覚があるのか、声量は気にしていない模様だ。
本当に誰一人気付く様子がなく、時間を共にすればするほど現実を実感させられた。
「……気になってたことだろ? 数日前だと……あっ、ドラマの最終回とか! あと母さんと小さい喧嘩したけどアレは自然消滅したしなぁ……」
「……なるほど、アンタらしいわ」
どうやら、自分との関係については和臣の中に残っていないらしい。
寂しくはあったが、気掛かりがないのは良いことだ、と無理やり自分を納得させた。
しかしそれでも、どう思っていたのかくらいは聞いてみたいものだ。
「……そう言えばさ、デートの約束したの覚えてる?」
やや躊躇い気味に問いかける。何気なく彼を伺い見ると、予想外の形相になっていた。
「デート!? 俺たち幼馴染みじゃないの!?」
「えっ!? そっから!?」
衝撃すぎる回答に、私まで可笑しな顔になってしまった。
まさかのまさか、付き合っていたこと自体を忘れていたと言うのだ。それなら、口から出ないのにも合点がいくが。
「デート、デートかぁ……」
和臣は、告白当日のように頬を火照らせ、同じ三文字を繰り返した。この反応なら、生前気にしていても可笑しくはなさそうだ。
「……週末さ、デートしてみる?」
「えっ! してみたい!」
「もしかしたら、モヤモヤの原因になってるかもしれないし」
「なるほど、恵天才!」
発言と裏腹な感情が、心をチリリと掠める。
本当は、ずっとモヤモヤしたままでいればいい、なんて言えるわけが無かった。
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