ゆうれい彼氏と彼女のわたし

有箱

文字の大きさ
上 下
1 / 4

しおりを挟む
 目覚めると、死んだはずの彼氏がいた。

「!?」
めぐ、おはよう! 相変わらずの寝相だね!」

 爽やかな笑みを讃え、私の上に跨っている。しかし、不思議なことに重みはなかった。

「……えっ、いや、えっ?」

 朝一番のサプライズに、脳内真っ白だ。
 数秒間、笑顔の彼と向き合ったまま絶句して。更に数秒、やっと現状を把握する。

 そうか、これは夢か。それなら辻褄が合う。そうか、それなら寝直して──。
 布団を被り直そうとして、再び声が降ってきた。

「あっ、目覚ましめっちゃ鳴ってたけど大丈夫? 今日って高校は……」

 その軽率な声に釣られ、死んだ目で時計を見てみる。時刻は、登校予定時間を過ぎていた。

「……大丈夫じゃない! ヤバいと思ったなら起こして!」

 勢いよくベッドから飛び出して、制服を取り出すためクローゼットの方へ翻る。
 その流れで小指を強打し、そこでやっと、ここが現実世界だと知覚した。



 着替える為に、彼を追い出し数分後。高速で準備を済ませ、玄関に立つ。
 そうして取っ手を引いた先、何食わぬ顔で彼は立っていた。視界に飛び込んだ全体図から、思わず目を逸らしてしまう。

「おはよう、やっぱ準備早いね」
「……よくあるからね」
「社会人になっても役立つね!」

 三分の一くらい現実に帰りきれないまま、玄関から一本踏み出す。彼は自然と横並び、そのまま一緒に数歩進む。

「……って! どういうこと!」
「うーん、どう言えば良いかな」

 突然の大声に驚くことなく、彼は素直に首を傾げた。

「……私の見てるもの、そのまま解釈するならアンタ幽霊ってことになるんだけど!?」

 改めて、横目で全身を見てみる。その姿は典型的な幽霊そのものだった。
 下半身にかけて段々透けていき、足に至る前に消えている。けれど、移動はしている。
 あまりに非現実的すぎて、明晰夢を疑ってしまいそうだ。

「んー、じゃあそうなのかも」
「かもって適当すぎるでしょ……相変わらずだなぁ」
「ははは」

 だが、気の抜けるほどに緩い笑声は、夢か現かさえ、どうでもよくさせた。



 彼曰く、私以外に見えないのは確認済みらしい。だからと授業中の私の横にいるのだが、気が散って適わない。
 
 にこやかに私のノートを凝視する彼──彼の名は、和臣かずおみと言う。私の彼氏であり、幼馴染みでもあった人だ。

 と言っても、恋人歴より友達歴の方が断然長い。
 因みに、どうでもいい情報だが、私から告白して付き合い始めた。

 和臣は、見た目通りの明るく元気な人だ。素直になれず、虚勢ばかり張ってしまう私とは真逆である。
 それでいて根は優しく、思い遣り深いのが彼だ。

 そんな和臣を人として好きになり、告白して数日後、彼はあっさり事故死してしまった。楽しみにしていた初デートを、二日後に控えた夜だった。
 その日は、どうしてか遅くに外出していたそうだ。

“思い当たる節とかないの?”

 授業中に発声する訳にはいかないと、ノートに疑問を綴る。反応した和臣は、これまた瞳を丸くした。

「なんのこと?」

“ここにいるってことは、何か未練とかあるんじゃないの?”

 そう、幽霊が現世に留まる理由として有力なのは、未練がまだ残っているとの説だ。
 寧ろ、それ以外思い付かない。

「なるほど。それがね……」

 困り顔を見せた和臣は、顎に手を当て首を傾げた。うーん、と何かを思い出そうとしている。
 だが、駄目だったらしい。

「死ぬ前の数日間の記憶が空っぽで、自分が何でここにいるのかすらよく分からないんだよ」

 進んですらいないが、振り出しに戻ったような気分だ。解決出来るならと話を振ってみたが、そもそも彼は望んですらいないかもしれない。
 幽霊なら成仏するのが一番、と考えてしまうのは変だろうか。
 ああ、先走るのは私の悪い癖だな。

「でもモヤモヤしてる感じはあるから、恵の言ってることは多分合ってる!」

 本当に蟠りがあるのかと疑うほどに、和臣は溌剌としていた。なるほどと一人感心までし始めたくらいだ。

“で、どうして欲しいの?”

 チラリと横目を向けると、和臣はまた考えだした。そして、数秒悩んでまた戻る。

「うーん、モヤモヤを思い出したいかな」

 どうやら彼にもその意思はあったらしい。今、生まれたのかもしれないが、確認出来ただけ良しだ。

“なら手伝う。そのモヤモヤが何かを一緒に探そう。いつまでも横にいられちゃ授業にも集中出来ないしね”

「本当!? ありがとう! やっぱり恵は頼りになるね!」

 調子の良すぎる幽霊に、一発手動の突っ込みを入れようかと考えたが止めた。
 彼が生きているなら、迷わずそうしたけどね。



「で、思い当たる節、本当にないの?」

 帰り道、外部の人に不審がられないよう──私だけ──小声で話す。和臣は幽霊の自覚があるのか、声量は気にしていない模様だ。

 本当に誰一人気付く様子がなく、時間を共にすればするほど現実を実感させられた。

「……気になってたことだろ? 数日前だと……あっ、ドラマの最終回とか! あと母さんと小さい喧嘩したけどアレは自然消滅したしなぁ……」
「……なるほど、アンタらしいわ」

 どうやら、自分との関係については和臣の中に残っていないらしい。
 寂しくはあったが、気掛かりがないのは良いことだ、と無理やり自分を納得させた。

 しかしそれでも、どう思っていたのかくらいは聞いてみたいものだ。

「……そう言えばさ、デートの約束したの覚えてる?」

 やや躊躇い気味に問いかける。何気なく彼を伺い見ると、予想外の形相になっていた。

「デート!? 俺たち幼馴染みじゃないの!?」
「えっ!? そっから!?」

 衝撃すぎる回答に、私まで可笑しな顔になってしまった。
 まさかのまさか、付き合っていたこと自体を忘れていたと言うのだ。それなら、口から出ないのにも合点がいくが。

「デート、デートかぁ……」

 和臣は、告白当日のように頬を火照らせ、同じ三文字を繰り返した。この反応なら、生前気にしていても可笑しくはなさそうだ。

「……週末さ、デートしてみる?」
「えっ! してみたい!」
「もしかしたら、モヤモヤの原因になってるかもしれないし」
「なるほど、恵天才!」

 発言と裏腹な感情が、心をチリリと掠める。
 本当は、ずっとモヤモヤしたままでいればいい、なんて言えるわけが無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「君の全てを愛してる」そうスピーカーは囁いた

有箱
恋愛
「お姉さん、恋愛もできるAIスピーカーって興味ありませんか?」 六度目の失恋に心を痛めている私へ、セールスマンが試用しないかと渡してきた。 その日からAIーーナオキとの日々がはじまるが、人間を錯覚させるほどの話し方と、甘い言葉に心が揺らぎそうになる。 そんな中、七度目の恋愛もはじまって。

わかりあえない、わかれたい・2

茜琉ぴーたん
恋愛
 好きあって付き合ったのに、縁あって巡り逢ったのに。  人格・趣味・思考…分かり合えないならサヨナラするしかない。  振ったり振られたり、恋人と別れて前に進む女性の話。  2・塩対応を責められて、放り投げてしまった女性の話。 (5話+後日談4話) *シリーズ全話、独立した話です。

中二病の秘密

有箱
青春
自慢の幼馴染みである志真が、ある日突然中二病をはじめたと言い出した。 そもそも中二病って、そうやってはじめるものだっけ――なんて疑問に思っていると、驚きの理由を聞かされて。

ちゃぼ茶のショートショート 「石油王の息子から」

ちゃぼ茶
恋愛
そりゃー出来れば金持ちな彼氏がいいですよね?欲しいものです金持ちな彼氏が……適度なネ

透明なCONNECT

有箱
現代文学
僕は今、大好きな歌を仕事にしている。 と言うのも、全ては十年前、見知らぬ女の子からギターを貰ったことが切っ掛けだ。 その女の子は、泣き腫らし、目を赤くしていた。 なぜ、女の子は僕にギターをくれたのか。そして、なぜギターを手放したのか。 それだけが、今も気になっている。

未練でしょうか。君なんて好きじゃない

culala8751
恋愛
自分でふった元カレと決別したはず。良いお友達に戻ったはずだったのに ある日私の前に現れたのは、成長してイケメンになった元カレ 胸が高鳴る日々に、結局顔さえ良ければよかったのかと自分のふがいなさを感じる。 読み切り。短編。恋愛。小説です

私はもう貴方に後悔も未練もありませんので

ラフレシア
恋愛
 もう、貴方にはなにもない。

処理中です...