優しきストーカーとの生活

有箱

文字の大きさ
上 下
5 / 7

しおりを挟む
 一人きりの家、映画の終幕を待ってトイレに立つ。帰り、ふとストーカーの自室が気になった。いつも何をしているのか。室内には何があるのかーー抑え込んでいた好奇心に火がつき、急激に燃え始める。

 いつもなら、微々たるリスクでも必ず回避した。しかし、今日の私は完全に緩んでいた。

 ちょっとだけ見てみようかな。そんな馬鹿な考えでドアノブを握る。施錠を先読みしたが、裏腹にドアは開いた。
 セキュリティの緩さに驚きつつ、僅かな隙間を作って覗き混む。第一に三台のパソコンが、次に衝撃的な物品を見た。

 瞬時に扉を締め、現場から逃げ出す。リビングに収まり、体を小さくした。
 一瞬なのに、瞳に焼き付いている。あったのはスタンガンと新品の包丁、それから黒のごみ袋と手袋だった。心臓が恐怖に震えている。夢であれと願ったが、覆りはしない。

 今更になって、心騒ぎが全身を絡めた。監視カメラの存在も疑いだし、裏切りが知れた際の制裁も浮かぶ。迂闊だった。愚かだった。調子に乗りすぎた。

 逃亡の選択が、心を圧迫しだす。しかし、玄関は異常に遠く、足は動こうとさえしなかった。
 
 ストーカーはいつも通り帰宅した。何も知らず、相対して食事を採る。上手く演じられたのか、何の違和感も持っていないようだった。だが自然体を貫けたのはそこまでだった。 

「冬山蒼生、目を通しておいてくれ。重要そうだったから持ってきた」

 食後、机に置かれたのは書類だった。一瞬何事かと思ったが、役場からの手紙らしい。ふと、遠くにあった感覚が刺さった。
 未開封ではあるが、これは私物だ。それをなぜストーカーが持っているのか。なんて答えは分かりきっている。

「…………冬山蒼生、君が思っているように俺はストーカーだ。君をずっと見ていた。ただ、それがいけないことだとも分かっている。分かってて続けた。今だって。だが、もう止めるつもりだ」

 珍しく饒舌なストーカーに、肩が何度も反応する。最大の刺激は末尾の一言だ。

「とにかく、今はただ俺の言うことを聞いてろ」
「…………は、い」

 もう止めるーーなんて言わないで欲しかった。

***

 解放は現実的じゃない。出頭もあるとは思えない。なら残っているのはやはり、殺されるか心中だ。

 部屋の物品を目にしたせいで、視野が狭くなっている。そう考えようともしたが、客観視には移行できなかった。結末がしっくり来てしまい、否定できない。辿り着いたせいで、思考が赤い未来へと流れた。

 私は死ぬのだろうか。殺されるのだろうか。怖い。嫌だ。死にたくない。逃げたい。逃げたい。逃げなきゃ。
 
 翌朝、普段通りストーカーは家を出た。再び毒を纏った背を見送り、ひっそりとリビングを出る。玄関まで一直線に視線を繋ぎ、無人を確認して走った。

 何度も周囲を確認し、ドアノブに爪の先から触れる。決意と同時に思いっきり握り、力を込めたが弾かれた。施錠に阻まれたのだ。当然ながら、心が折れそうになる。救いを求めて覗き穴を見たが、当然誰もいなかった。

 結局、誰一人現状に気付かなかった。この調子では、死してなお気付かれないかもしれない。ああ、なんて孤独な人生だったのだろう。
 忘れていた涙が出た。その場で蹲り、感情に命令されるまま泣いた。
 
 何時間経っただろう。扉越し、小さな物音が聞こえた。不意打ちで涙が止まる。気のせいを疑ったが、すぐ確信に傾いた。
 近くから物音がする。誰かがいるのは確然だ。反射的に、リビングに逃げ込もうと翻る。だが、呼び鈴を押され体が硬直した。連続して鳴らされる度、思考が潰されて行く。

 他者である可能性もあるーー最後の希望を託し、覗き穴を怖々覗く。だが、希望は容赦なく打ち砕かれた。サングラスに帽子にマスクの、最初の姿がそこにあった。

 狼狽に拍車をかけるように、何度も音は続く。敢えて呼び鈴を使う理由は分からない。だが、従う他なかった。

「蒼生ちゃん、やっぱりここにいた……」
「え……」

 しかし、扉の先、立っていたのはストーカーではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君の為の物語

有箱
現代文学
一作を世に出して以来、売れない作家として作品を書き続けてきた私。 長い時間を支え続けてくれている恋人ーー陽菜乃の為、今度こそ売れる作品をと奮励する。 しかし、現実は甘くなくて。

バベルの塔の上で

三石成
ホラー
 一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。  友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。  その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。

初めてお越しの方へ

山村京二
ホラー
全ては、中学生の春休みに始まった。 祖父母宅を訪れた主人公が、和室の押し入れで見つけた奇妙な日記。祖父から聞かされた驚愕の話。そのすべてが主人公の人生を大きく変えることとなる。

クロオニ

有箱
ミステリー
廃れた都市において、有名な事件がある。 それは、クロオニと呼ばれる存在により引き起こされる子ども誘拐事件だった。 クロオニは子どもを攫う際、必ず二人分の足跡を残していく。 その理由は一体何なのか。同じ宿に泊まる二人の男は語り合う。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

適者生存 ~ゾンビ蔓延る世界で~

7 HIRO 7
ホラー
 ゾンビ病の蔓延により生きる屍が溢れ返った街で、必死に生き抜く主人公たち。同じ環境下にある者達と、時には対立し、時には手を取り合って生存への道を模索していく。極限状態の中、果たして主人公は この世界で生きるに相応しい〝適者〟となれるのだろうか――

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

瓶詰めの神

東城夜月
ホラー
カルト宗教に翻弄される生徒達による、儀式<デスゲーム>が始まる。 比名川学園。山奥にぽつんと存在する、全寮制の高校。一年生の武村和は「冬季合宿」のメンバーに選ばれる。そこで告げられたのは「神を降ろす儀式」の始まりだった。

処理中です...