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割れたガラス、水浸しの床、乾いた金魚、群がる生徒たち。朝の冴えた空気などそこにはなかった。
今しがた到着した私は、扉を隔てて面している。なのに空間に飲まれた。
***
岬中に転入したのは昨日のことだ。私自身は拒否したが、父の異動により強制執行された。
拒否の理由は二つ。単純な人付き合いへの憂慮、それから校外でも語られるほどの噂のせいだ。
自殺した霊が悪戯する。そんな適当極まりない噂のせいーー二日目にして噂ではないと知ったが。
「黒崎くんまだ!?」
女子生徒が声をあげる。ほぼ同時に、クラスメイトが一人の男子を連れてきた。物腰の柔らかそうな青年だ。反転した空気を見れば、彼が"黒崎くん"であることは明白だった。
黒崎くんは散らばる異常を目にーーしたかと思えばロッカーを見た。顔つきが少し強張る。
「花川さん、僕たちまた何かしちゃった?」
無人空間への直談に、背筋が凍った。透明化に徹する生徒達も、祈るように何かを託している。
「嫌なことしてたらごめん。言いたいことがあるなら僕が伝えるから。だからこういう……」
声が切れ、黒崎くんの表情が緩和した。それから、残念そうに目蓋を伏せる。仕草を合図に、周囲の緊張が弛んだ。一人、息を詰まらせる私を除いて。
黒崎くんは「ごめん、今日も説得できなかった……」と全員を対象に呟く。対して責めるものはおらず、寧ろ慰安や励ましが並んだ。
「ホームルーム始めるから、外の奴も全員入れー」
ここで影を顔に塗った担任がきて、場はお開きとなった。
***
「こんなこと、二年の頃はなかったんだよ。確か学校が五十年記念を祝った頃……だから半年くらい前かな。急に始まってね」
一時限目が終わるや否や、斜め後ろから囁かれた。恐怖を紛らそうと、放置気味のSNSを起動したところだ。覚えたての小宮という名を反芻する。
因みに両横の席は無人だ。だが、教室中の空席が模様の一部に見せていた。
背中で聞くのも引け目があり、浅く振り向く。形を残した残骸が、視界の端で主張した。
「十年前に自殺した女の子が、学校を恨んで悪戯してるらしい。最初は毎日ああいうことが起きてさ、学校中大パニックだったよ。でも、も、黒崎くんが転校してきて、話してくれるようになって少しは減ってね。黒崎君の家系、霊感的なの強いらしくて。だからああいうの見つけたらすぐ黒崎くんだよ。これ鉄則ね」
親切心での教示だろう。善意を読み、頷いて笑ってみせる。だが、本心では再発を暗示されているようで不愉快だった。その黒崎くんのこともよく知らないし。
給食を終え、尻目を流す。そこにはまだ残骸が残っていた。写真を撮る生徒はいたが、片そうとはしない。
恒例の流れなのか、担任が一人清掃を始めた。助勢したかったが、恐さが身を固定した。
燻っていると、後方の扉が開く。現れたのは黒崎くんだった。
駆け寄り自然に加勢する。幾ら目視できようと、彼だって恐ろしいはずなのに。
決心し、勢い任せに起立した。空間に入り、出番待ちの塵取りを掴む。担任も黒崎くんも、静かな喜色を浮かべた。
これを期に、私達は友人となった。優しい黒崎くんに親愛を抱くのに、時間は要らなかった。
今しがた到着した私は、扉を隔てて面している。なのに空間に飲まれた。
***
岬中に転入したのは昨日のことだ。私自身は拒否したが、父の異動により強制執行された。
拒否の理由は二つ。単純な人付き合いへの憂慮、それから校外でも語られるほどの噂のせいだ。
自殺した霊が悪戯する。そんな適当極まりない噂のせいーー二日目にして噂ではないと知ったが。
「黒崎くんまだ!?」
女子生徒が声をあげる。ほぼ同時に、クラスメイトが一人の男子を連れてきた。物腰の柔らかそうな青年だ。反転した空気を見れば、彼が"黒崎くん"であることは明白だった。
黒崎くんは散らばる異常を目にーーしたかと思えばロッカーを見た。顔つきが少し強張る。
「花川さん、僕たちまた何かしちゃった?」
無人空間への直談に、背筋が凍った。透明化に徹する生徒達も、祈るように何かを託している。
「嫌なことしてたらごめん。言いたいことがあるなら僕が伝えるから。だからこういう……」
声が切れ、黒崎くんの表情が緩和した。それから、残念そうに目蓋を伏せる。仕草を合図に、周囲の緊張が弛んだ。一人、息を詰まらせる私を除いて。
黒崎くんは「ごめん、今日も説得できなかった……」と全員を対象に呟く。対して責めるものはおらず、寧ろ慰安や励ましが並んだ。
「ホームルーム始めるから、外の奴も全員入れー」
ここで影を顔に塗った担任がきて、場はお開きとなった。
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「こんなこと、二年の頃はなかったんだよ。確か学校が五十年記念を祝った頃……だから半年くらい前かな。急に始まってね」
一時限目が終わるや否や、斜め後ろから囁かれた。恐怖を紛らそうと、放置気味のSNSを起動したところだ。覚えたての小宮という名を反芻する。
因みに両横の席は無人だ。だが、教室中の空席が模様の一部に見せていた。
背中で聞くのも引け目があり、浅く振り向く。形を残した残骸が、視界の端で主張した。
「十年前に自殺した女の子が、学校を恨んで悪戯してるらしい。最初は毎日ああいうことが起きてさ、学校中大パニックだったよ。でも、も、黒崎くんが転校してきて、話してくれるようになって少しは減ってね。黒崎君の家系、霊感的なの強いらしくて。だからああいうの見つけたらすぐ黒崎くんだよ。これ鉄則ね」
親切心での教示だろう。善意を読み、頷いて笑ってみせる。だが、本心では再発を暗示されているようで不愉快だった。その黒崎くんのこともよく知らないし。
給食を終え、尻目を流す。そこにはまだ残骸が残っていた。写真を撮る生徒はいたが、片そうとはしない。
恒例の流れなのか、担任が一人清掃を始めた。助勢したかったが、恐さが身を固定した。
燻っていると、後方の扉が開く。現れたのは黒崎くんだった。
駆け寄り自然に加勢する。幾ら目視できようと、彼だって恐ろしいはずなのに。
決心し、勢い任せに起立した。空間に入り、出番待ちの塵取りを掴む。担任も黒崎くんも、静かな喜色を浮かべた。
これを期に、私達は友人となった。優しい黒崎くんに親愛を抱くのに、時間は要らなかった。
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