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 体調管理には最善を払っているつもりだが、それでも風邪は容赦が無いらしい。

「また風邪かよ杉原ー、お前引きすぎかよ」

 何故か爆笑する友人に、本気で溜息が出てくる。

「お前に分けたいよ」

 学校では何ら差し支えの無い位軽い風邪の症状であっても、病を抱える希にとっては何が命取りになるか分からないのだ。だから油断は出来ないと、症状が少しでもある時は極力会わないようにしている。

「メールとかすれば良いじゃん。あ、天野が持ってないんだっけ」
「そうだ」

 と言う現実もあり、会うしか互いの愛情を確かめる術が無かった。それなのに、また会えない日々が続くと思うと非常にもどかしい。
 それに、こうしている間にも苦しんでいる可能性を考えると、そわそわしてしまい落ち着けない。

「そうだ、次移動教室らしいよ」

 立ち上がる友人に釣られ、千秋も該当する教科書を引き出しから取り出した。
 


「…お早う希―ってあれ、寝てる…」

 扉をスライドすると、希はベッドの中で呼吸器を身につけて眠っていた。腕には点滴が施されて、顔色は明らかに悪い。
 希の変わりに丸椅子に座っていた母親が、人差し指で静かにの手振りを示し苦笑った。
 もう1つの丸椅子に腰掛けると、見計い母親が囁く。

「貧血が酷くて、ちょっと辛いみたい」
「そうですか」

 入院生活を始めて4ヶ月目になるが、時々、いや頻繁にこういうことがある為慣れてはいた。けれど何度見ても居た堪れなくなる。

 希は心臓に重い障害を抱えている。それに加えて、血液を作り辛い体質にあるという。その為、貧血症状をよく起こすのだ。酷い時には呼吸困難を起こし、意識を失う事もある。
 治療は薬剤投与を行っていて、副作用に苦しんでいる姿も時々見かける。

 だがどれだけ頑張っていても、治す為には移植が必要とのことだ。今はドナー待ち段階にある。
 一度、軽い気持ちで適性検査を受けてみたが、相性は良くなかった。

 所謂自分には、救う方法が何一つないと言う事だ。
 だからせめて、希の願いだけは叶えたいといつも思っている。
 


 桜が、部屋の中からでも見える。花は満開で、まさに今が見頃といえるだろう。
 希は、風が吹く度に舞い上がる桜を、階の関係上やや上から眺めながら、輝く瞳で見ている。

 何もせず、ただただ桜を眺めていた二人だったが、手前で見ていた希が振り向いて、漸く会話が始まった。

「綺麗だね、見てきた?下から」

 何気ない希の台詞の中に、小さな願望を見つけた。希本人が願いとして自覚しているかは分からないが、千秋は提案する。

「並木通って来るからな、見に行くか?」
「行く!良いかな!」
「少しくらいなら良いだろう」

 パッと輝く希の笑顔を見て、千秋も笑った。
 
 桜並木は観光スポットにもなり得そうな位、たくさんの桜が咲いている。病院と隣接している事も有り、患者や医師をはじめ、一般客も並木を見に来ている。

「寒くない?」
「うん、寒くない、ちゃんとコート着てるし」

 医師に許可を得て二人は、特に希は重装備で外に出ていた。まだ寒さが残る気候で、風邪を引いてしまっては大変だ。

「お花見したいね」
「する?なんか買ってこようか?」
「いや、良いよ、ありがとう」

 希の視線の先のカップルが、桜並木の下で何気なく口づけするのを、希はじっと見詰める。千秋も気付きはしたが、直ぐに逸らした。

「したいなー、キス」

 純粋に言い表された欲に、千秋は思わず頬を染める。千秋自身、何度キスを想像した事だろう。

「駄目だ」
「…風邪引くかもしれないから?」

 そう何故なら、口付けにより病を感染させるかもしれないからだ。何時どのタイミングでどんな風邪菌を保有しているか分かった物じゃない。

「そうだ、希の病気が治ったらな」
「…はーい」

 希も、体を思っての事だと分かってくれているのか、これまでも何度か呟いた事はあったが、強く要求する事は無かった。

 治ったら。それは希の頑張りで、どうにかなる物ではないが。
 千秋は散ってゆく桜を、ただ無情に眺めていた。
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