2 / 9
2
しおりを挟む
体調管理には最善を払っているつもりだが、それでも風邪は容赦が無いらしい。
「また風邪かよ杉原ー、お前引きすぎかよ」
何故か爆笑する友人に、本気で溜息が出てくる。
「お前に分けたいよ」
学校では何ら差し支えの無い位軽い風邪の症状であっても、病を抱える希にとっては何が命取りになるか分からないのだ。だから油断は出来ないと、症状が少しでもある時は極力会わないようにしている。
「メールとかすれば良いじゃん。あ、天野が持ってないんだっけ」
「そうだ」
と言う現実もあり、会うしか互いの愛情を確かめる術が無かった。それなのに、また会えない日々が続くと思うと非常にもどかしい。
それに、こうしている間にも苦しんでいる可能性を考えると、そわそわしてしまい落ち着けない。
「そうだ、次移動教室らしいよ」
立ち上がる友人に釣られ、千秋も該当する教科書を引き出しから取り出した。
*
「…お早う希―ってあれ、寝てる…」
扉をスライドすると、希はベッドの中で呼吸器を身につけて眠っていた。腕には点滴が施されて、顔色は明らかに悪い。
希の変わりに丸椅子に座っていた母親が、人差し指で静かにの手振りを示し苦笑った。
もう1つの丸椅子に腰掛けると、見計い母親が囁く。
「貧血が酷くて、ちょっと辛いみたい」
「そうですか」
入院生活を始めて4ヶ月目になるが、時々、いや頻繁にこういうことがある為慣れてはいた。けれど何度見ても居た堪れなくなる。
希は心臓に重い障害を抱えている。それに加えて、血液を作り辛い体質にあるという。その為、貧血症状をよく起こすのだ。酷い時には呼吸困難を起こし、意識を失う事もある。
治療は薬剤投与を行っていて、副作用に苦しんでいる姿も時々見かける。
だがどれだけ頑張っていても、治す為には移植が必要とのことだ。今はドナー待ち段階にある。
一度、軽い気持ちで適性検査を受けてみたが、相性は良くなかった。
所謂自分には、救う方法が何一つないと言う事だ。
だからせめて、希の願いだけは叶えたいといつも思っている。
*
桜が、部屋の中からでも見える。花は満開で、まさに今が見頃といえるだろう。
希は、風が吹く度に舞い上がる桜を、階の関係上やや上から眺めながら、輝く瞳で見ている。
何もせず、ただただ桜を眺めていた二人だったが、手前で見ていた希が振り向いて、漸く会話が始まった。
「綺麗だね、見てきた?下から」
何気ない希の台詞の中に、小さな願望を見つけた。希本人が願いとして自覚しているかは分からないが、千秋は提案する。
「並木通って来るからな、見に行くか?」
「行く!良いかな!」
「少しくらいなら良いだろう」
パッと輝く希の笑顔を見て、千秋も笑った。
桜並木は観光スポットにもなり得そうな位、たくさんの桜が咲いている。病院と隣接している事も有り、患者や医師をはじめ、一般客も並木を見に来ている。
「寒くない?」
「うん、寒くない、ちゃんとコート着てるし」
医師に許可を得て二人は、特に希は重装備で外に出ていた。まだ寒さが残る気候で、風邪を引いてしまっては大変だ。
「お花見したいね」
「する?なんか買ってこようか?」
「いや、良いよ、ありがとう」
希の視線の先のカップルが、桜並木の下で何気なく口づけするのを、希はじっと見詰める。千秋も気付きはしたが、直ぐに逸らした。
「したいなー、キス」
純粋に言い表された欲に、千秋は思わず頬を染める。千秋自身、何度キスを想像した事だろう。
「駄目だ」
「…風邪引くかもしれないから?」
そう何故なら、口付けにより病を感染させるかもしれないからだ。何時どのタイミングでどんな風邪菌を保有しているか分かった物じゃない。
「そうだ、希の病気が治ったらな」
「…はーい」
希も、体を思っての事だと分かってくれているのか、これまでも何度か呟いた事はあったが、強く要求する事は無かった。
治ったら。それは希の頑張りで、どうにかなる物ではないが。
千秋は散ってゆく桜を、ただ無情に眺めていた。
「また風邪かよ杉原ー、お前引きすぎかよ」
何故か爆笑する友人に、本気で溜息が出てくる。
「お前に分けたいよ」
学校では何ら差し支えの無い位軽い風邪の症状であっても、病を抱える希にとっては何が命取りになるか分からないのだ。だから油断は出来ないと、症状が少しでもある時は極力会わないようにしている。
「メールとかすれば良いじゃん。あ、天野が持ってないんだっけ」
「そうだ」
と言う現実もあり、会うしか互いの愛情を確かめる術が無かった。それなのに、また会えない日々が続くと思うと非常にもどかしい。
それに、こうしている間にも苦しんでいる可能性を考えると、そわそわしてしまい落ち着けない。
「そうだ、次移動教室らしいよ」
立ち上がる友人に釣られ、千秋も該当する教科書を引き出しから取り出した。
*
「…お早う希―ってあれ、寝てる…」
扉をスライドすると、希はベッドの中で呼吸器を身につけて眠っていた。腕には点滴が施されて、顔色は明らかに悪い。
希の変わりに丸椅子に座っていた母親が、人差し指で静かにの手振りを示し苦笑った。
もう1つの丸椅子に腰掛けると、見計い母親が囁く。
「貧血が酷くて、ちょっと辛いみたい」
「そうですか」
入院生活を始めて4ヶ月目になるが、時々、いや頻繁にこういうことがある為慣れてはいた。けれど何度見ても居た堪れなくなる。
希は心臓に重い障害を抱えている。それに加えて、血液を作り辛い体質にあるという。その為、貧血症状をよく起こすのだ。酷い時には呼吸困難を起こし、意識を失う事もある。
治療は薬剤投与を行っていて、副作用に苦しんでいる姿も時々見かける。
だがどれだけ頑張っていても、治す為には移植が必要とのことだ。今はドナー待ち段階にある。
一度、軽い気持ちで適性検査を受けてみたが、相性は良くなかった。
所謂自分には、救う方法が何一つないと言う事だ。
だからせめて、希の願いだけは叶えたいといつも思っている。
*
桜が、部屋の中からでも見える。花は満開で、まさに今が見頃といえるだろう。
希は、風が吹く度に舞い上がる桜を、階の関係上やや上から眺めながら、輝く瞳で見ている。
何もせず、ただただ桜を眺めていた二人だったが、手前で見ていた希が振り向いて、漸く会話が始まった。
「綺麗だね、見てきた?下から」
何気ない希の台詞の中に、小さな願望を見つけた。希本人が願いとして自覚しているかは分からないが、千秋は提案する。
「並木通って来るからな、見に行くか?」
「行く!良いかな!」
「少しくらいなら良いだろう」
パッと輝く希の笑顔を見て、千秋も笑った。
桜並木は観光スポットにもなり得そうな位、たくさんの桜が咲いている。病院と隣接している事も有り、患者や医師をはじめ、一般客も並木を見に来ている。
「寒くない?」
「うん、寒くない、ちゃんとコート着てるし」
医師に許可を得て二人は、特に希は重装備で外に出ていた。まだ寒さが残る気候で、風邪を引いてしまっては大変だ。
「お花見したいね」
「する?なんか買ってこようか?」
「いや、良いよ、ありがとう」
希の視線の先のカップルが、桜並木の下で何気なく口づけするのを、希はじっと見詰める。千秋も気付きはしたが、直ぐに逸らした。
「したいなー、キス」
純粋に言い表された欲に、千秋は思わず頬を染める。千秋自身、何度キスを想像した事だろう。
「駄目だ」
「…風邪引くかもしれないから?」
そう何故なら、口付けにより病を感染させるかもしれないからだ。何時どのタイミングでどんな風邪菌を保有しているか分かった物じゃない。
「そうだ、希の病気が治ったらな」
「…はーい」
希も、体を思っての事だと分かってくれているのか、これまでも何度か呟いた事はあったが、強く要求する事は無かった。
治ったら。それは希の頑張りで、どうにかなる物ではないが。
千秋は散ってゆく桜を、ただ無情に眺めていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
オレと親友は、どうやら恋人同士になったらしい
すいかちゃん
BL
大学3年生の中村弘哉は、同棲中の彼女に部屋を追い出されてしまう。親友の沢村義直の部屋に転がり込み、同居生活がスタートする。
ある夜。酔っぱらった義直にキスをされ、彼の本心を知る事になった。
親友だった2人が、ラブラブな恋人同士になる話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる