桜の記憶

有箱

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悲劇の記憶(2/2)

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“誘いに対し、私の心は拒絶でいっぱいになった。けれど恐怖に首を拘束されて、縦にも横にも動かせなかった。
 お兄ちゃんが近づいてくるのを見て、思わず力一杯突き飛ばしていた。お兄ちゃんの驚き呆然とする顔を一瞬だけ見た。

 混乱していたのだろう。その時自分が何を思ったのか、ここだけはよく思い出せない。ただ本能に指示されるまま、私は窓から飛び降りた。体も痛かったけれど、それ以上に心が痛かったのを覚えている。

 一階は既に火に侵されていた。気付いた大人にすぐ助けられ、私は家から遠ざけられた。二階の窓を見つめていたけど、お兄ちゃんは現れなかった。
 そこでやっと涙が出た。

 私は誘拐された被害者で、お兄ちゃんは加害者だった。血の繋がりすらなかった。
 けれどそんな曖昧な悲劇より、お兄ちゃんとの一年の方が、私にとっては鮮やかだった。だから大好きな気持ちが消えてくれなくて凄く苦しかった。

 この気持ちも、すぐに消えてしまうのだろうけど。
 
 お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなかった。でも私はお兄ちゃんが大好きだったよ。
 燃えていく家と桜が全部連れ去っていく。ごめんね、ごめん、お兄ちゃん。”
 
 “病院の窓からは、終わりかけの桜が見えた。穴を増やす記憶は、隙間ばかり広げていく。
 忘れてしまいたくないと思った。だからノートをもらって、残る思い出を全て委ねることにした。覚えていることは多くないけれど、出来るだけ書き残しておこう。
 桜が花を散らす頃、何度でも思い出せるように。これは私が今の私になった、唯一の記憶だから。”
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