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今日一日で出来ること
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身辺整理はそこそこに、Todoリストを製作してみることにした。制作に伴うルールは一つ、〝現実的であること〝のみである。
A4のルーズリーフを、目の前に置き考えてみる。
だが、それが非常に難しかった。
現実を見詰めれば見つめるほど、出来る事は限定されてくる。夢物語を並べるだけなら、幾つでも羅列出来るのに――。
それから約一時間、完成したリストは余白だらけだった。ルーズリーフの上部だけを文字で埋め、後は全て素のままだ。
悔しかった。もう少し長い期間があれば、項目も大幅に増やせただろう。
そして、今まで無駄にしてきた時間があれば、それらの幾つもが消化できただろう。
けれど、もう遅いのだ。全部、遅い。
******
●借りっ放しの漫画を返しに行く
●行ってみたかった場所へ行く(候補1:学校裏のカフェ 候補2:最近出来た観覧車)
●感謝を色々な人に言いに行く(梓、真紀、木下、桐谷先生、神崎先生、希子ちゃん、花枝ちゃん …もっとたくさん!)
これがリストの全てだった。これではリストと呼べるかさえ怪しい。しかし、ここまでしか捻り出せなかったのだ。
結局、これが完成したのは零時が回ってからだった。普段は日を跨ぐ前に眠る為、既に頭がぼんやりしている。
やはり徹夜をしてみようか。と一瞬考えたが、こんな状態では無謀そうなので諦めた。
欠伸を一つしたところで、軽いノックが鳴る。
「はーい、何お母さん?」
「まだ寝ないの?」
ひょっこりと顔を出した母親は、普段通りの表情だった。だが、作っているのは見えている。
「凄いタイミング。そろそろお母さんの部屋に行こうと思ってたの」
「そうだったの」
余談だが、二階に上がってから母親は一度も部屋を覗かなかった。一度お茶のお呼びがかかり、そこで対面しただけである。
こんな真面目な母親だ。どうしようもないが先が思いやられる。
「着替えてから行くね」
「うん、待ってるね」
母親が去る音を聞きながら、パジャマを出すべく引き出しを引いた。
お気に入りのパジャマが顔を覗かせる。中学生の時、母にプレゼントされて以来ずっと着ているパジャマだ。襟や袖がやや伸びているものの、どうしても手放せなかった。
ふと思い立ち、他の引き出しも開いてみる。すると、毎朝見る一枠が目に映った。もちろん今朝も見ている。
長く着続けた服も、一度着ただけの服も詰め込まれている。中には衝動で買ったものの、結局自分に合わないと着られなかった服も何着かあった。
また一つ、後悔が増えた。
******
母親の部屋に入ったのは、あれから一時間後の一時過ぎだった。部屋には二人分の敷布団が用意されており、母親は隅の椅子に座っていた。何もしていなかった。
布団に潜って、今までの事をたくさん話した。悲しい話は全て封印して、他愛ないもの含め楽しい話ばかりした。私達は、終始笑っていた。
本当は、泣きたかったけど笑った。
幸せを思い出しすぎて、この空間が暖かすぎて涙が出そうだった。
けれど、寝落ちるまで笑い続けた。
******
翌朝、私は早くに起床した。普段よりも数時間早く、当然ながら目は冴えていない。けれど、二度寝は出来なかった。
行動が決められず、布団の中でゴロゴロし続ける。すると、静かな声が聞こえた。
「……眠れないの?」
「あれ? お母さんも?」
横を見る。母親は、布団から顔を出し天井を見ていた。夜目が効いている所為か、暗闇でもはっきりと分かる。
「うん、起きちゃった」
苦笑いした母親の、目には隈が張っていた。
「よく起きるの?」
「……まぁね」
頭が少しぼうっとする。何を話せばいいのか、何を話していいのか分からない。
何を、残しておけばいいのか分からない。
「…………お母さん……私……」
声が勝手に溢れ出す。途中で躓いても、母親は続きを催促しなかった。
何を口にすれば、どんな思いを伝えれば、傷を浅く出来るのだろう。いつもはスラスラ出てくる嘘が、今日に限っては出てこないなんて。
こうしている間にも、時間は刻々と過ぎてゆく。
「…………夢だったらいいね、これ全部」
ポツリ、母の呟きが漏れた。
その目には、まだ闇が映っているのかもしれない。悲しげな表情を隠す事も、体を横に向ける事もしていなかった。
貴方を失いたくないとの、心の声が聞こえた気がした。
「…………うん、夢だったらいいね」
涙が出そうになったが、周囲が見えている所為か、また我慢してしまった。
******
それから数時間後の朝七時、私は漫画を持って家を出た。母親は惜しそうにしつつも、止めることなく見送ってくれた。
夕方頃には帰ると約束した為、タイムリミットは八時間程度しかない。普通に考えて、リスト全てをこなすのは難題だった。
しかし、出来るだけ悔いは残したくない。浄化できる未練なんて、ちっぽけな物だけれど。
車に乗り、漫画の持ち主の家に向かった。借りっ放しで相手が転校してしまい、返せずにいたのだ。転居は近く、いつでも行ける距離だったのに後回しにし続けた。
もしかすると、本人は本のことなんて忘れているかもしれない。しかし、返却は外せなかった。
返却と共に、感謝の言葉を伝えよう。
仲良くしていた友人だったこともあり、住所は既に知っていた。しかし、初めての家のチャイムを押すのはやはり緊張するものだ。
――音が鳴って数秒、出てきたのは友人の母親だった。
「あの、すみません。少し用があってきたのですが……」
目が合って、また数秒空いて、思い出したように名前を呼ばれる。
「それがね、今仕事に行ってて居ないのよー。昼頃には戻るみたいなんだけど……」
想定外の出来事に唖然とした。可能性としては十分考えられることだったのに、視野に入っていなかった。
「……え、あ、そうですか。なら、これ渡しておいて貰えますか? すっごく前に借りた物なんですけど、今更思い出して……」
差し出すと、友人の母は不思議そうに受け取る。その本の表紙を見て、懐かしげに微笑んだ。
「……あと、ごめんなさいとありがとうも伝えて下さい」
第三者に任せるのは腑に落ちないが、他の手段は選べそうに無かった。メールで伝える方法もあるが、それもまた味気ない。
友人の母は、全てを包み込むように頷いた。
「この為に態々来てくれたの? ありがとねー。折角来てもらったのに悪いわね」
「いえ、こちらこそ突然訪問してすみませんでした。失礼します」
「ううん、また来てね! 今度は家の子もいるときに」
何も知らないで。何も悟らないで。未来がもうないなんて、疑いもせずに。
「…………はい」
後悔や寂しさが、また一つ積もった。
A4のルーズリーフを、目の前に置き考えてみる。
だが、それが非常に難しかった。
現実を見詰めれば見つめるほど、出来る事は限定されてくる。夢物語を並べるだけなら、幾つでも羅列出来るのに――。
それから約一時間、完成したリストは余白だらけだった。ルーズリーフの上部だけを文字で埋め、後は全て素のままだ。
悔しかった。もう少し長い期間があれば、項目も大幅に増やせただろう。
そして、今まで無駄にしてきた時間があれば、それらの幾つもが消化できただろう。
けれど、もう遅いのだ。全部、遅い。
******
●借りっ放しの漫画を返しに行く
●行ってみたかった場所へ行く(候補1:学校裏のカフェ 候補2:最近出来た観覧車)
●感謝を色々な人に言いに行く(梓、真紀、木下、桐谷先生、神崎先生、希子ちゃん、花枝ちゃん …もっとたくさん!)
これがリストの全てだった。これではリストと呼べるかさえ怪しい。しかし、ここまでしか捻り出せなかったのだ。
結局、これが完成したのは零時が回ってからだった。普段は日を跨ぐ前に眠る為、既に頭がぼんやりしている。
やはり徹夜をしてみようか。と一瞬考えたが、こんな状態では無謀そうなので諦めた。
欠伸を一つしたところで、軽いノックが鳴る。
「はーい、何お母さん?」
「まだ寝ないの?」
ひょっこりと顔を出した母親は、普段通りの表情だった。だが、作っているのは見えている。
「凄いタイミング。そろそろお母さんの部屋に行こうと思ってたの」
「そうだったの」
余談だが、二階に上がってから母親は一度も部屋を覗かなかった。一度お茶のお呼びがかかり、そこで対面しただけである。
こんな真面目な母親だ。どうしようもないが先が思いやられる。
「着替えてから行くね」
「うん、待ってるね」
母親が去る音を聞きながら、パジャマを出すべく引き出しを引いた。
お気に入りのパジャマが顔を覗かせる。中学生の時、母にプレゼントされて以来ずっと着ているパジャマだ。襟や袖がやや伸びているものの、どうしても手放せなかった。
ふと思い立ち、他の引き出しも開いてみる。すると、毎朝見る一枠が目に映った。もちろん今朝も見ている。
長く着続けた服も、一度着ただけの服も詰め込まれている。中には衝動で買ったものの、結局自分に合わないと着られなかった服も何着かあった。
また一つ、後悔が増えた。
******
母親の部屋に入ったのは、あれから一時間後の一時過ぎだった。部屋には二人分の敷布団が用意されており、母親は隅の椅子に座っていた。何もしていなかった。
布団に潜って、今までの事をたくさん話した。悲しい話は全て封印して、他愛ないもの含め楽しい話ばかりした。私達は、終始笑っていた。
本当は、泣きたかったけど笑った。
幸せを思い出しすぎて、この空間が暖かすぎて涙が出そうだった。
けれど、寝落ちるまで笑い続けた。
******
翌朝、私は早くに起床した。普段よりも数時間早く、当然ながら目は冴えていない。けれど、二度寝は出来なかった。
行動が決められず、布団の中でゴロゴロし続ける。すると、静かな声が聞こえた。
「……眠れないの?」
「あれ? お母さんも?」
横を見る。母親は、布団から顔を出し天井を見ていた。夜目が効いている所為か、暗闇でもはっきりと分かる。
「うん、起きちゃった」
苦笑いした母親の、目には隈が張っていた。
「よく起きるの?」
「……まぁね」
頭が少しぼうっとする。何を話せばいいのか、何を話していいのか分からない。
何を、残しておけばいいのか分からない。
「…………お母さん……私……」
声が勝手に溢れ出す。途中で躓いても、母親は続きを催促しなかった。
何を口にすれば、どんな思いを伝えれば、傷を浅く出来るのだろう。いつもはスラスラ出てくる嘘が、今日に限っては出てこないなんて。
こうしている間にも、時間は刻々と過ぎてゆく。
「…………夢だったらいいね、これ全部」
ポツリ、母の呟きが漏れた。
その目には、まだ闇が映っているのかもしれない。悲しげな表情を隠す事も、体を横に向ける事もしていなかった。
貴方を失いたくないとの、心の声が聞こえた気がした。
「…………うん、夢だったらいいね」
涙が出そうになったが、周囲が見えている所為か、また我慢してしまった。
******
それから数時間後の朝七時、私は漫画を持って家を出た。母親は惜しそうにしつつも、止めることなく見送ってくれた。
夕方頃には帰ると約束した為、タイムリミットは八時間程度しかない。普通に考えて、リスト全てをこなすのは難題だった。
しかし、出来るだけ悔いは残したくない。浄化できる未練なんて、ちっぽけな物だけれど。
車に乗り、漫画の持ち主の家に向かった。借りっ放しで相手が転校してしまい、返せずにいたのだ。転居は近く、いつでも行ける距離だったのに後回しにし続けた。
もしかすると、本人は本のことなんて忘れているかもしれない。しかし、返却は外せなかった。
返却と共に、感謝の言葉を伝えよう。
仲良くしていた友人だったこともあり、住所は既に知っていた。しかし、初めての家のチャイムを押すのはやはり緊張するものだ。
――音が鳴って数秒、出てきたのは友人の母親だった。
「あの、すみません。少し用があってきたのですが……」
目が合って、また数秒空いて、思い出したように名前を呼ばれる。
「それがね、今仕事に行ってて居ないのよー。昼頃には戻るみたいなんだけど……」
想定外の出来事に唖然とした。可能性としては十分考えられることだったのに、視野に入っていなかった。
「……え、あ、そうですか。なら、これ渡しておいて貰えますか? すっごく前に借りた物なんですけど、今更思い出して……」
差し出すと、友人の母は不思議そうに受け取る。その本の表紙を見て、懐かしげに微笑んだ。
「……あと、ごめんなさいとありがとうも伝えて下さい」
第三者に任せるのは腑に落ちないが、他の手段は選べそうに無かった。メールで伝える方法もあるが、それもまた味気ない。
友人の母は、全てを包み込むように頷いた。
「この為に態々来てくれたの? ありがとねー。折角来てもらったのに悪いわね」
「いえ、こちらこそ突然訪問してすみませんでした。失礼します」
「ううん、また来てね! 今度は家の子もいるときに」
何も知らないで。何も悟らないで。未来がもうないなんて、疑いもせずに。
「…………はい」
後悔や寂しさが、また一つ積もった。
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