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最終話:今年も夏が訪れて

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 あれから、季節が一周した。夏休みは受験の準備に侵され、怠惰ではいられなかった。まだ夏なのにと嘆きつつも、繁忙は素直に有り難かった。

 誰も知らない小さな恋は、鮮やかなまま心の中で生きている。失恋の生傷こそ乾いたものの、やはり思い出には変換できなかった。
 僕は今も彼女が好きで、隙あらば灯台の方角を見つめてしまう。

 今だって、屋上に弁当を持ち込み追想していたところだ。学校からは、海の面影が見える。多分。
 何となくある気もするが、ぼやけており見間違っている可能性も否めない。何とか明確に捉えようとして、突如弱めに肩が叩かれた。
 集中が切断され、不意打ちに驚きつつ振り向く。

「あっ、僕に何か用事でしょうか……って、え?」

 同じ目線で屈んでいたのは、少女だった。ポニーテールをして我が校の制服を纏っている。半袖から伸びる腕は、少し小麦に色づいていた。やっぱり痣は染み付いていたけれど。

「……なんで? 君は幽霊だったんじゃ……」
「ち、違うよ……あの時は理由があって……」

 一年越しの否定に、血が沸き立つ。彼女が同じ人間であったことに感激し、同時に確信が欲しくなる。

「抱き締めていい!?」
「えっ!」
「うわっ、ごめん!」

 本能に乗せられるまま、また口走っていた。どうやら僕は、好きな子の前では特にかっ飛ばしてしまう人間だったらしい。君がいなきゃ、こんなこと一生気付かなかったよ。なんて言ってる暇ないわ。

 補足を懸命に手繰るもヒットしない。少女は数秒ポカンとし、僕の焦りと比例して笑った。あの時より大きな笑みに、思考が全て吹っ飛んでしまう。

「……ま、まずは握手からでっ……!」

 赤らんだ頬に、スッと伸びてくる指先。脳内真っ白なまま、感覚的に手を差し出す。握ったら、正真正銘の彼女の温度が腕を伝ってきた。
 本当に幽霊じゃないんだ――。

「また会えた! また会えたね!」

 繋がった腕を縦に振り、喜びを爆破させる。彼女は少し驚いてから、波のような声で同じ言葉をくれた。



 後に聞いた話、彼女は苛めで前の高校を中退したらしい。幽霊と呼ばれ、半ばいないもの扱いされていたと聞かせてくれた。
 自宅にいても息が詰まるからと、灯台に一日中居座っていたそうだ。

「……他のところでも会いたいって言ってくれたでしょ。でも、あの時は本当の自分を見られるのが怖くて……でも、私も会いたいって思って……だから頑張って受験してここにきたの」

 そしたら堂々と会えると思ったから――穏やかな声で続けられ、海を眺めていた時の感覚を体感した。
 視線を傾ければ、美しい横顔が秋風を浴びている。変わらず、見とれてしまうほどに綺麗だ。

「……やっぱり好きだなぁ……あっ」

 ――小さな空間が、熱々の真夏に巻き戻る。
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