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さよなら、灯台と初恋

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 人間に正体が知られてはいけない。そんな規則でもあったのかもしれない。何かが成仏の鍵となり、旅立ってくれたのなら僕の気まずさも救われる。いや、情けなさがだろうか。どちらにせよ、失恋に代わりはない。

 例の日以降、彼女は姿を見せなくなった。夏休みが明け、もう一週間通っているが足音一つ聞こえてこない。いや、足音なんてそもそもないだろうけど。

 あの時、場を和ませるための冗談だった、と括っていれば良かった。何食わぬ顔で横を埋めれば良かった。後悔など意味を持たないと、分かっていてもループさせ続けてしまう。

 形あるものはもちろん壊れるし、形がないものも気付いたら壊れてしまうんだ――なんて自作のポエムを詠んでみる。少しは馬鹿らしくなれるかもと期待をしたが、思うような効果は得られなかった。

 海を眺めようと努めても、勝手に横へと視線が傾く。ここは嘗て、落胆や考え事を波に流す場所だった。しかし今は、灯台に収まることで憂いてしまう。
 ……なんて、それでも来ちゃうんだけど。でも、それだってもうすぐ終わりになる。

「一ヶ月後かぁ……」

 この夏、急遽灯台の取り壊しが決定した。母親に他愛ない話として聞かされた時は、思わず食いついて驚かせてしまったものだ。僕が知らないだけで、長く検討されていたのかもしれないが。

「寂しいなぁ……」

 私もだよ――なんて声を描き、出入り口を見やる。だが、同調するのは伸びた自分の影だけだった。

 *

 僕は今、海浜にいる。ショベルカーに睨まれる灯台を、遠巻きに眺めている。

 今日まで毎日通ったが、彼女には会えなかった。僕の恋は、灯台に始まり灯台に終わる運命だったらしい。

 彼女の成仏を願うなら、僕だって無理にでも前に進むべきだ。だから今は一旦、傷心を灯台に委ねよう。傷を灯台に置くイメージを、何度も何度も繰り返した。

 ショベルカーが大きく手を振り上げる。灯台の叫びを聞きながら、綺麗で幸せな記憶の中を巡った。
 
 バイバイ、名前すら知らない君。百年後でも千年後でも、いつか会えたら「また会えたね」って言えるといいね。
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