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二人だけの海

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 探求心と執着心に突かれ、僕と彼女の対面はなんと六回に到達した。週一で行くか否かのペースで赴いたが、彼女は必ず椅子の右端を陣取っている。しかし、未だに僕は彼女の名前すら知らなかった。

 と言うのも、「な、名前なんて言うの? あ、僕は長谷川まもる……なんて興味ないよね」と歯切れ悪く紹介を求めても、勇気を絞り学校を尋ねても、灯台に訪れる理由を聞いても、決まって視線を一瞬傾けるだけだったからだ。

 ただ、「海、綺麗だね」と語りかけた時だけは、錯覚を疑いそうなほど小さく頷いてくれた。だからその時から、僕は彼女が人魚的な何かで、声を持っていないのだと思うことにした。話さないのではなく、話せないのだと。

 数日もすれば夏休みになる。その間、僕は家に籠るつもりでいるが、彼女はここに訪れるだろうか。



 結局、休みの間、僕は一度も家を出なかった。単純に、冷房の心地よさが勝利してのことだ。しかし、延々と彼女のことが気にかかっていた。寝ても起きても、数少ない情報と横顔ばかり反芻してしまう。

 夏を経て何か変化しているだろうか――期待半分に赴いた灯台には、何も変わらない少女がいた。ジャージの素材は、少し薄くなった気もしたが。
 それからも、何一つ変わらないまま僕らは会い続けた。
 
 静かに歌う波の音は、僕らの間を埋めてくれる。さすがに十二回目ともなれば、沈黙さえ味になりかけていた。
 相変わらず、今日も彼女は話さない。ただ、僕が一方的に一言か二言、声を飛ばしては頷くだけだ。だが、イエスかノーの問いならば大抵答えをくれる――判明してからは随分話しやすくなった。回数を重ねた分、勇気の準備量が減ったのも大きいだろう。

 今や、毎週土曜に必ず通ってしまうほど、二人の空間が心地よくなっていた。

 因みに、彼女は推定通り高校生だった。学校に通っているのかは、返事がなかったため分からない。
 海は好きで、夕日も好き。春と秋は好きで、夏と冬は不明。甘いものは好き。猫も好き――そんな一見実のない情報を得る度、嬉しくなった。
 
 心が彼女で埋まる度、幸福に満ちる感覚を味わった。恋していると気付くのにきっかけは要らなかった。
 僕は彼女が好きだ。自覚したところで、何かが変わる訳じゃないけど。いや違う。何も変わらなくていい。灯台で会える、それだけで。
 
 事件が起こったのは、十八回目を記録した直後だった。僕を待っていたのは、空っぽの椅子だった。
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