造花の開く頃に

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1月16日

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[1月16日、月曜日]
 懐かしい夢を見た。手紙を読んだからだろう、梅谷と朝日奈両家の、家族全員が揃った微笑ましい夢だ。
 特に際立った行事ごとなどではなく、日常のワンシーンが夢に反映されていた。

 目を閉じると、当時は流していた様々な思い出が蘇ってくる。
 ズキリと胸が痛んだ。何をどう足掻いても戻れない微笑ましい過去は、今や辛い思い出としか捕らえられない。

「月裏さん、大丈夫か?」

 はっと目を開けると、先程まで見ていた天井との間に譲葉の顔が挟まっていた。

「…………だ、大丈夫……」
「辛いなら言えよ」

 躊躇なく言い放った譲葉は、眠い目を擦って、欠伸を閉じ込めた。

「あっ、もしかして寝すぎた!?」

 可能性に気付き、飛び起きて携帯の電源を入れる。

「…………何時も通りだ、今日は俺が早かっただけだから心配するな」

 言葉通り、時刻はアラーム起動八分前だった。

「先にリビングに行ってる」
「……うん」

 余計な事を一切言わずに立ち去った、譲葉の華奢な背中は、やはりまだまだ大人には程遠い。
 そして自分もだ。自分も譲葉もまだまだ子どもだ。

 これから先、同じ日々を繰り返した先に待っているもの。
 これから先、分かれた後に待っているもの。
 自分に待っているもの、譲葉に待っているもの。今じゃなく未来を長い目で見た時の結果。
 彩音が手紙で言っていた経験談を照らし合わせ、月裏は懸命に見えない景色を描いた。

「……ねぇ、譲葉くん……」
「……なんだ」

 譲葉の、箸を口に移動させていた手が止まった。顔を上げる仕草に、小さな戸惑いが見える。

「…………一度、高槻さんと話してみない?」

 決意云々の前に、まず相手の人物像を知るのが先決だと気付いたのだ。祖母からの詳しい情報があると言えど、実際言葉を交わさなければ見えないものもあるだろう。
 月裏は目を逸らさずに、真っ直ぐ譲葉の瞳を捉えた。見詰めあったまま数秒の硬直はあったが、譲葉は意外にも素直に首肯した。
 あっさり認められた決定に若干当惑しつつも、シュミレーション通り用意した言葉を吐く。

「……じゃあ近い内に電話番号聞いてみるよ」
「…………いや、もう知っている、手紙に書いてあったんだ」
「あっ、そうだったんだ……」
「………………かけてみようか迷ってはいた」

 譲葉の放つ語気はしゅんとしていて、語らずとも分かる恐れの気持ちが滲んでいた。

「…………嫌だったら……いいけど……」

 気圧され、置いた布石を自ら除こうとして、

「いや、やはり話をしてみないとな。今日電話してみる」

 明確な決意が包んだ。

「…………うん、ごめん、ありがとう……」
「帰ってきたら、内容話すから」

 強すぎる言葉が、月裏の中で引っかかった。自分の薦めが間違いであるような気がして、直ぐに訂正したくなった。
 だが、モヤモヤする度に逃げてはならないと弱い自分に言い聞かせ、今朝も何とか乗り切った。

 仕事中も、譲葉の事ばかりが飽和する。
 仕事中にこれではいけないと振り払いながらも、残留した意識が膨らんでループを繰り返す。
 何を話しているのだろうとか、波長が合う人だったらいいなだとか、もしかしたら掛けようとする物の挫折しているかもしれないなだとか、帰ったらなんと声をかけようだとか、やっぱり勧めなければ良かったかなだとか。
 様々な感情が繋がって大きくなってゆく。
 良い人だったから行く。なんて言いだしてしまったらと想像し、寂しさが込み上げた。

 月裏の中で大方の答えは出ていた。まだ否定の気持ちは残っていたが、思索した結果ほぼほぼ固まった所まで持って来られた。
 祖母の言葉を信頼し相手の方が良い人だと仮定して、譲葉の意思がそちらに向いたら。
 その時は、譲葉を高槻家に預けよう。
 孤独な暮らしに戻っても、祖母の為、譲葉の為、気にしてくれていた高槻さんの為に。

「ただいまー」

 漏れ出す灯りに、もしかしたらと思い挨拶しながら入ったが、譲葉は廊下には居なかった。半無意識で突き当たりへと歩んでゆく。
 途中、リビングの横を過ぎようとして扉が開いた。

「わっ!」
「……おかえり」

 体の半分だけを隙間から見せて、覗くような形で対面する。

「……なんだ、今日リビングに居たんだね」
「…………あぁ」

 俯き気味に答えた譲葉は、扉を開け放とうとしない所か悄然としていた。
 元気を無くす原因は一つしかない。

「…………どうかした? 電話かけられなかった?」
「……いや、した」
「………………じゃああんまり良い印象じゃなかった?」
「………………いや」

 項垂れる譲葉が直面している問題が見えず、月裏は困惑した。昼間思案した事柄は、不必要になりそうだ。

「…………良い人たちだった……」
「…………え?」

 想定外の回答に唖然としてしまう。当人にしか分からない、納得いかない部分でも存在するのだろうか。

「…………全部話した……気持ちも思いも……治療の事も全部…………心配な事も嫌な事も、全部全部話した…………でも、その全部を受け容れようって思ってるのがすっごい伝わってきて……俺はどうしたら良いのか分からない……」

 萎れた顔を見せる理由が分かった気がして、月裏は控え目に笑っていた。譲葉はその笑顔を訝しげに見上げる。
 今更ながら、譲葉はあまり愛情慣れしていないのかもしれない。
 譲葉の行動からも、家庭内での愛情は受けていたことは確実だ。多分、外で受ける愛に慣れていないのだろう。以前、絵を褒めた時が良い例だ。

「好きになれそう?」
「えっ」

 内に秘めた答えを仄めかす台詞を耳に、譲葉は何か悟った様子だ。悟られたと知った月裏は、再び柔らかに微笑んで見せた。

「大丈夫、決めるのは譲葉くんだから。僕の事は気にしないで」

 行くにせよ留まるにせよ、最後は譲葉の意思を尊重するだけだ。

「…………一度、会ってみないかと言われた。返事はまだ出来てない……」
「えっ……あっ、そうなんだ……」

 急な進展に驚きが隠せない。乏しい表情の中で分かりやすく悩む譲葉が妙に可愛らしく、しかし同時に寂しさも上って来て、回答にまごついてしまう。
 しかし、答えを導く為には、進んだ方が早いだろう。

「……そうだね、会ってみても良いんじゃないかな? 出歩くのが不安なら家に呼んでもいいし……」
「…………分かった、明日にでも聞いてみる」
「……うん、でも譲葉くんが決めて良いんだからね?」
「……分かってる」
「そう、じゃあ今日はもう寝ようか」
「……あぁ、寝よう……」

 リビングからようやく全身を現した譲葉の手には、携帯電話が握られていた。

 布団を被って目を閉じると、譲葉との日々が浮かぶ。
 家にやって来た日の鋭い目を、今もチラつかせる時がある。しかしそれと同じくらい、色々な表情を瞳の上に宿すようにもなった。
 比較すればの話で、まだまだ無いに等しいが。それでも、気を許してくれた事に変わりは無い。

 だからきっと、初めての人間でも大丈夫だろう。ましてや母親の好よしみとなれば、親身になりやすい筈だ。
 でも、やっぱり一緒に居たいなぁ。
 ぶれる気持ちに苦笑いながら、月裏は眠気に己を委ねた。
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