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1月7日
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[1月7日、土曜日]
朝は、何の変哲もない時間を過ごした。各々、抱えているとの雰囲気はあったものの、話題には一切触れなかった。
現状を維持した先、待っているのはなんだろう。譲葉を送り出した後、そこにあるのはなんだろう。
譲葉にとっての幸福は、どちらに多く含まれているのだろう。
譲葉は協調性がある。だからきっと、相手方を困らせずに暮らしてゆく事は可能だ。しかし、ありすぎて自分を殺さないか不安になる。
相手の方が感受性の高い人間で、感知した上で上手く付き合ってくれるならば、気持ちを汲み取れない自分と暮らして行くよりも生きやすいかもしれない。
しかしそうなれば、自分は一人だ。環境は随分変化したが、孤独に戻る事にはなる。
以前であれば、独り身の方が気楽だと言っていたかもしれない。しかし今は、一人は寂しいとはっきり言える。
だがその結論がまた、別の欠点を導き出すのだ。何度も思考し、その度躓いてしまう問題に。
譲葉を孤独にしている、という問題に。
集約すれば、一日の中で共に過ごす時間は二時間にも満たない。日曜を除けば、それが普通だ。
その間中、ずっと一人なのだ。幾ら幼子ではないと言えど、寂しくさせていないとは言い切れない。
愛情も与えられない。必要の上を行く配慮もまだまだ足りない。
「朝日奈さん、すみません少し良いですかー?」
新しい上司に遠くから呼びかけられ、慌てて思考を打ち切る。
最後の最後、気付いた事実を振り切るように、月裏はデスクを後にした。
見送る方が正しいかもしれない、なんて。
仕事を追えた月裏は、頭をいっぱいにしながら階段を上る。漏れ出す灯りが、緊張感を呼び覚ました。
譲葉の為、相手の方為、祖母の為、逃げずに結論を導き出さなければならない。
「……ただいま」
「……おかえり」
壁に凭れて座りこむ譲葉の顔は蒼褪めていた。あからさまな不調にまた気持ちが振れる。
「…………大丈夫? 辛い?」
靴を脱ぎ、鞄を置いて譲葉の横に屈むと、譲葉は遠慮気味に浅く頷いた。
強がりな譲葉が認めてしまうほど、不調の度合いは強いらしい。よくよく見れば熱っぽくも見える。
「……今日は話止めようか?」
「……すまない……」
「立てる?」
しんどそうに頷いた譲葉の不安定な体を支え、寄り添いベッドへと向かった。
答えが纏まらない。結論を急ぎ、軽率な判断は出来ない。
孤独云々の前に、譲葉の心が最優先だ。
しかしそれを踏まえた上でも、祖母に意見を聞いておく事は結論を導く為のヒントになるだろう。
月裏は予定を先送りにせず、衣類部屋に入るなり携帯を手に取った。
数コール後、祖母の声が聞こえてきた。
≪もしもし、電話くれると思っていたわ≫
祖母の柔らかい語調に、無意識の内に張っていた気持ちを和らげる。
「…………もしもし、手紙読んだよ……」
≪随分悩ませてしまっているようね、ごめんね。でも本気で悩んでくれて本当はとっても嬉しいのよ≫
「……え?」
堂々と零れる、矛盾を抱えた祖母の発言は、月裏に訝しさしか与えなかった。だが、
≪優しい子達に育ってくれて本当に嬉しいの≫
と言われて、感情は色を変える。
「…………いいや、僕は……」
あれこれ思い悩む性格に対して、ほんの少しだけ肯定的になれた気がした。
「……あのねおばあちゃん、おばあちゃんはどう思う?」
≪……そうねぇ、正直おばあちゃんもどうしたら良いのか分からないわ。それぞれ良い事も悪い事もあるから、はっきりと決めるのは難しいわね≫
完全なる同意見に、月裏は若干驚いていた。
いつもはっきりと物を言う祖母にも、決められない事があるのだとはじめて知った。
≪……それなのに、つくちゃん達に告げてしまうなんて嫌なおばあちゃんね≫
軽い乗りで落とされた自嘲を否定し、月裏は真っ直ぐ問題へと向き合う。
多分、祖母なりに熟考した上で橋渡ししたのだ。そんな祖母の為にも、中途半端ではいられない。
「……そんな事無いよ。……じゃあその良い事と悪い事聞かせて……」
≪分かったわ≫
迷いの無い、祖母の回答が並んだ。
祖母の意見は、どちらかと言えば賛成に傾いていた。
大きな理由として祖母は「おばあちゃんも老い先そんなに長くないから、その後が心配なのよ」と毅然とした物言いで告げた。
直接は言わないが、二人暮らしに少なからず不安を覚えているのだとも悟り、寂しい気持ちになった。
そもそも譲葉を寄越した理由が、不安定で死に急ぐ自分を心配していたからなのだ。だから、安心して任せられると言われた方が逆に不審ではある。
やはり、これから先様々な問題を経験するに辺り、知識の豊富な大人が近くに居ると居ないでは気の持ち様も違うだろう。両親という存在があってくれれば色々安心できる、と祖母は考えているらしい。
その他にも、高槻さんの真剣さや真面目さ、優しさ等を見ていて、家族になる人間として好ましく映ったとも話していた。「我儘な意見だけど」と前提に置いて、近くに居てくれたら安心できるから、とも言っていた。
繰り返し、勝手でごめんね、と謝罪されてしまった。
賛成仕切れない理由として提示された大きな一因は、自分の存在が齎していた。譲葉がいなくなってしまい、孤独感を味わわせてしまうのが怖いという。折角仲良くなったのに、引き離してしまうのが辛いという。
反面、性格が前向きになった気配を感じたから、話を切り出したとも言っていた。
譲葉の遠慮がちな性格についても気にはしていたが、大きな問題として見ていないように思えた。
帰宅してからの電話で一つを掘り下げて語る時間もとれず、論議が終わらないまま仕方なく電話を切った。
祖母の意見と自分の思いを絡ませて、最善策を導いてみる。
しかし、片方に納まろうとする度に否定が生まれ、最終判断は譲葉にしか出来ない、との結論に返り付いた。
朝は、何の変哲もない時間を過ごした。各々、抱えているとの雰囲気はあったものの、話題には一切触れなかった。
現状を維持した先、待っているのはなんだろう。譲葉を送り出した後、そこにあるのはなんだろう。
譲葉にとっての幸福は、どちらに多く含まれているのだろう。
譲葉は協調性がある。だからきっと、相手方を困らせずに暮らしてゆく事は可能だ。しかし、ありすぎて自分を殺さないか不安になる。
相手の方が感受性の高い人間で、感知した上で上手く付き合ってくれるならば、気持ちを汲み取れない自分と暮らして行くよりも生きやすいかもしれない。
しかしそうなれば、自分は一人だ。環境は随分変化したが、孤独に戻る事にはなる。
以前であれば、独り身の方が気楽だと言っていたかもしれない。しかし今は、一人は寂しいとはっきり言える。
だがその結論がまた、別の欠点を導き出すのだ。何度も思考し、その度躓いてしまう問題に。
譲葉を孤独にしている、という問題に。
集約すれば、一日の中で共に過ごす時間は二時間にも満たない。日曜を除けば、それが普通だ。
その間中、ずっと一人なのだ。幾ら幼子ではないと言えど、寂しくさせていないとは言い切れない。
愛情も与えられない。必要の上を行く配慮もまだまだ足りない。
「朝日奈さん、すみません少し良いですかー?」
新しい上司に遠くから呼びかけられ、慌てて思考を打ち切る。
最後の最後、気付いた事実を振り切るように、月裏はデスクを後にした。
見送る方が正しいかもしれない、なんて。
仕事を追えた月裏は、頭をいっぱいにしながら階段を上る。漏れ出す灯りが、緊張感を呼び覚ました。
譲葉の為、相手の方為、祖母の為、逃げずに結論を導き出さなければならない。
「……ただいま」
「……おかえり」
壁に凭れて座りこむ譲葉の顔は蒼褪めていた。あからさまな不調にまた気持ちが振れる。
「…………大丈夫? 辛い?」
靴を脱ぎ、鞄を置いて譲葉の横に屈むと、譲葉は遠慮気味に浅く頷いた。
強がりな譲葉が認めてしまうほど、不調の度合いは強いらしい。よくよく見れば熱っぽくも見える。
「……今日は話止めようか?」
「……すまない……」
「立てる?」
しんどそうに頷いた譲葉の不安定な体を支え、寄り添いベッドへと向かった。
答えが纏まらない。結論を急ぎ、軽率な判断は出来ない。
孤独云々の前に、譲葉の心が最優先だ。
しかしそれを踏まえた上でも、祖母に意見を聞いておく事は結論を導く為のヒントになるだろう。
月裏は予定を先送りにせず、衣類部屋に入るなり携帯を手に取った。
数コール後、祖母の声が聞こえてきた。
≪もしもし、電話くれると思っていたわ≫
祖母の柔らかい語調に、無意識の内に張っていた気持ちを和らげる。
「…………もしもし、手紙読んだよ……」
≪随分悩ませてしまっているようね、ごめんね。でも本気で悩んでくれて本当はとっても嬉しいのよ≫
「……え?」
堂々と零れる、矛盾を抱えた祖母の発言は、月裏に訝しさしか与えなかった。だが、
≪優しい子達に育ってくれて本当に嬉しいの≫
と言われて、感情は色を変える。
「…………いいや、僕は……」
あれこれ思い悩む性格に対して、ほんの少しだけ肯定的になれた気がした。
「……あのねおばあちゃん、おばあちゃんはどう思う?」
≪……そうねぇ、正直おばあちゃんもどうしたら良いのか分からないわ。それぞれ良い事も悪い事もあるから、はっきりと決めるのは難しいわね≫
完全なる同意見に、月裏は若干驚いていた。
いつもはっきりと物を言う祖母にも、決められない事があるのだとはじめて知った。
≪……それなのに、つくちゃん達に告げてしまうなんて嫌なおばあちゃんね≫
軽い乗りで落とされた自嘲を否定し、月裏は真っ直ぐ問題へと向き合う。
多分、祖母なりに熟考した上で橋渡ししたのだ。そんな祖母の為にも、中途半端ではいられない。
「……そんな事無いよ。……じゃあその良い事と悪い事聞かせて……」
≪分かったわ≫
迷いの無い、祖母の回答が並んだ。
祖母の意見は、どちらかと言えば賛成に傾いていた。
大きな理由として祖母は「おばあちゃんも老い先そんなに長くないから、その後が心配なのよ」と毅然とした物言いで告げた。
直接は言わないが、二人暮らしに少なからず不安を覚えているのだとも悟り、寂しい気持ちになった。
そもそも譲葉を寄越した理由が、不安定で死に急ぐ自分を心配していたからなのだ。だから、安心して任せられると言われた方が逆に不審ではある。
やはり、これから先様々な問題を経験するに辺り、知識の豊富な大人が近くに居ると居ないでは気の持ち様も違うだろう。両親という存在があってくれれば色々安心できる、と祖母は考えているらしい。
その他にも、高槻さんの真剣さや真面目さ、優しさ等を見ていて、家族になる人間として好ましく映ったとも話していた。「我儘な意見だけど」と前提に置いて、近くに居てくれたら安心できるから、とも言っていた。
繰り返し、勝手でごめんね、と謝罪されてしまった。
賛成仕切れない理由として提示された大きな一因は、自分の存在が齎していた。譲葉がいなくなってしまい、孤独感を味わわせてしまうのが怖いという。折角仲良くなったのに、引き離してしまうのが辛いという。
反面、性格が前向きになった気配を感じたから、話を切り出したとも言っていた。
譲葉の遠慮がちな性格についても気にはしていたが、大きな問題として見ていないように思えた。
帰宅してからの電話で一つを掘り下げて語る時間もとれず、論議が終わらないまま仕方なく電話を切った。
祖母の意見と自分の思いを絡ませて、最善策を導いてみる。
しかし、片方に納まろうとする度に否定が生まれ、最終判断は譲葉にしか出来ない、との結論に返り付いた。
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