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1月6日
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何時とも付かぬ暗がりの中、月裏は目を覚ましていた。
浅い眠りから自然と目覚め、快適なはずなのに気持ちは冴えない。
意識を取り戻して早々に、眠る前の思考内容が舞い戻ってきた。昨夜も、眠りに落ちるまで考えていた。
正直、現状を壊すのは恐怖がある。しかし、今のままで良いとは思えない。
譲葉にとって、もっと頼りがいのある大人が必要である事も、いつでも近くで見守ってくれる人間が必要な事も分かっている。
勤務時間の長い仕事を持ち、弱い心を克服できない自分では、条件は満たせない。
それに、これからもっと大人になるに連れて、両親が居た方が良いに決まっている。自分のように歪まない為にも。
しかし、譲葉は現在治療中の身だ。譲葉自身もその事について考えるだろうが、状態異常を抱えている体では赴き辛いだろう。自分だったら迷惑を考えてしまう。
メリットとデメリットの数を増やす度、不明瞭になっていく答えに月裏は本気で頭を悩ませた。
朝食時まで引っ張り続け、物思いに耽っていると、譲葉が変わらぬ無表情で顔を出した。
「おはよう月裏さん」
「……おはよう」
「……大丈夫か?」
心配の軸に、手紙が存在していると直ぐ分かる。譲葉の無表情の中にも、戸惑いが見えた気がした。
「うん大丈夫……。譲葉くんは大丈夫……?」
「……俺は……」
「……ねぇ」
生まれた話の種に乗っかろうと、物を言おうとした口が空を発した。不自然に停止した為に、譲葉が不思議そうにこちらを仰視する。
月裏は一旦口を閉じ、再度脳内で言葉を纏めてから開いた。
「…………今日帰ってから、手紙に書いてあったこと話そう……」
「……分かった」
「譲葉くんの気持ち、教えてくれれば良いから……」
祖母の綴った言葉を引用し、月裏はその場を収めた。
このままで良い。このままが良い。気持ちだけを優先するなら、やはり答えはひとつしかない。
けれどそれは怖いからだ。推し量れない、不確定な変化が恐ろしいから。
現状を維持したい理由が後ろ向きな気持ちにある以上、容易に是認してはならない気がしてしまう。
最終的に、全て譲葉の意思にかかっているのだが。
電車に乗っても、仕事に行っても終わっても、道を歩いても雑念は絶えなかった。
譲葉に一任して軽く構えれば良いと言い聞かせながら、二人の問題だから責任放棄も出来ない、と抱え込もうとする自分の間で揺れる。
譲葉の気持ちが知りたい、心が知りたい。
誰かに最善策を教えてほしい。譲葉と、自分達のこれからの未来の為、進むべき道を指し示してほしい。
月裏は落ち着けずに、恐れながらも早足で帰宅した。
「月裏さん、待っていた」
ドアの向こう、譲葉は壁に背を預け待機していた。真剣な眼差しに圧倒される。
「……たっ、ただいま……」
「どこで話す?」
「そうだね、えっと……寝室でいいよ」
「分かった、行っている」
淡々と展開する話から、譲葉の焦燥が見える。早く話したい内容があるのか、一人で抱えるのが辛いのか分からないが、譲葉の口から何が告げられるかと考えると緊張する。
月裏は隣の部屋に入りかけて、踵を傾けた。
ベッドに腰掛ける譲葉は、決意を固めたような鋭い目をしている。
月裏は鞄を扉横の壁に、コートをソファの肘掛けに下ろし、自身も座り込んだ。
まず、一心に目を見合う。始まりの言葉を懸命に探しながら見詰めあう。
数分後、突然譲葉の唇が動きを見せ、月裏は無意識に気を張った。
「……月裏さんはどう思っているんだ……」
第一に投げられた質問に、月裏は絶句してしまった。
放棄的でもなく、まだ見えない譲葉の意思を歪めるでもない言葉を手繰る。
「……素直に話してくれて構わない、実はまだ俺も迷っている途中だから」
補足は葛藤を些か洗い流した。だが、後者の台詞に垣間見えた事実の方に強く意思が奪われる。
迷うという事は、肯定の気持ちもあるという事だ。
「……譲葉くんは、行きたい?」
驚きは直接的な質問に変わり、気付かぬ間に漏れ出していた。
はっとなり譲葉を見ると、顔を強張らせて俯いていた。そのまま微動だにせず、口を噤んでいる。
本音が読み取れない。
手紙の内容も、譲葉が相手方に抱いている感情も、現状に対する思いも、隠れた場所に眠る葛藤も、迷いを齎す理由も、何一つ把握できていない自分では的確な真理を想像さえ出来ない。
「…………月裏さんの気持ちが聞きたい……」
やっと聞こえた声は、会話を始めの位置まで巻き戻した。月裏はまた懸命に考えて、
「……僕も迷ってる、どうしたら良いのか分からない……」
結局曖昧な返事しか出来なかった。
「……今日ばあちゃんと電話して、相手方の話を聞いた」
不意に切り替えられた内容に、自然と吸い込まれる。
「……どうだって?」
「……真剣だそうだ。母さんの学生時代からの知り合いだそうで、母さんの訃報を聞いてからもずっと気にしていてくれたらしい。ばあちゃんが色々な心配を話してくれたらしいが、全部受け容れようとしていると聞いた、それほどに真剣だから、難しいだろうけど考えてみてほしいとも言われた」
伝達から見る祖母の様子は、賛成に傾いている気がする。なぜ完全否定しないのか、真っ先に尋ねたい所だ。
心の全部を読めたら解決はすぐなのに、なんて非現実な事まで考えてしまった。
「……おばあちゃんはどう思っているか聞いた?」
「……それは聞いてない」
譲葉は自信無さげに伏せた睫を上げて、困った顔付きのままで月裏を見た。
「……真面目に考えてくれている人が居るなら、逃げられない」
恐らくそれが、葛藤の一番の原因になっているのだろう。譲葉が真剣に向かい合う理由となっているのだろう。
「……そうだね……」
生半可な答えを出せない今、ちゃんと様々な人の意見を参考にしたい。とはいえ、求められる人物が祖母くらいしか思いつかなかったが。
「……明日、僕もおばあちゃんに掛けてみるよ。話はそれからで。……駄目かな?」
「……そうしよう、じゃあまた明日……」
「……うん、じゃあ着替えてくるね、おやすみ」
「……おやすみ」
重く圧し掛かったままの問題をつれて、今日という一日は終了した。
浅い眠りから自然と目覚め、快適なはずなのに気持ちは冴えない。
意識を取り戻して早々に、眠る前の思考内容が舞い戻ってきた。昨夜も、眠りに落ちるまで考えていた。
正直、現状を壊すのは恐怖がある。しかし、今のままで良いとは思えない。
譲葉にとって、もっと頼りがいのある大人が必要である事も、いつでも近くで見守ってくれる人間が必要な事も分かっている。
勤務時間の長い仕事を持ち、弱い心を克服できない自分では、条件は満たせない。
それに、これからもっと大人になるに連れて、両親が居た方が良いに決まっている。自分のように歪まない為にも。
しかし、譲葉は現在治療中の身だ。譲葉自身もその事について考えるだろうが、状態異常を抱えている体では赴き辛いだろう。自分だったら迷惑を考えてしまう。
メリットとデメリットの数を増やす度、不明瞭になっていく答えに月裏は本気で頭を悩ませた。
朝食時まで引っ張り続け、物思いに耽っていると、譲葉が変わらぬ無表情で顔を出した。
「おはよう月裏さん」
「……おはよう」
「……大丈夫か?」
心配の軸に、手紙が存在していると直ぐ分かる。譲葉の無表情の中にも、戸惑いが見えた気がした。
「うん大丈夫……。譲葉くんは大丈夫……?」
「……俺は……」
「……ねぇ」
生まれた話の種に乗っかろうと、物を言おうとした口が空を発した。不自然に停止した為に、譲葉が不思議そうにこちらを仰視する。
月裏は一旦口を閉じ、再度脳内で言葉を纏めてから開いた。
「…………今日帰ってから、手紙に書いてあったこと話そう……」
「……分かった」
「譲葉くんの気持ち、教えてくれれば良いから……」
祖母の綴った言葉を引用し、月裏はその場を収めた。
このままで良い。このままが良い。気持ちだけを優先するなら、やはり答えはひとつしかない。
けれどそれは怖いからだ。推し量れない、不確定な変化が恐ろしいから。
現状を維持したい理由が後ろ向きな気持ちにある以上、容易に是認してはならない気がしてしまう。
最終的に、全て譲葉の意思にかかっているのだが。
電車に乗っても、仕事に行っても終わっても、道を歩いても雑念は絶えなかった。
譲葉に一任して軽く構えれば良いと言い聞かせながら、二人の問題だから責任放棄も出来ない、と抱え込もうとする自分の間で揺れる。
譲葉の気持ちが知りたい、心が知りたい。
誰かに最善策を教えてほしい。譲葉と、自分達のこれからの未来の為、進むべき道を指し示してほしい。
月裏は落ち着けずに、恐れながらも早足で帰宅した。
「月裏さん、待っていた」
ドアの向こう、譲葉は壁に背を預け待機していた。真剣な眼差しに圧倒される。
「……たっ、ただいま……」
「どこで話す?」
「そうだね、えっと……寝室でいいよ」
「分かった、行っている」
淡々と展開する話から、譲葉の焦燥が見える。早く話したい内容があるのか、一人で抱えるのが辛いのか分からないが、譲葉の口から何が告げられるかと考えると緊張する。
月裏は隣の部屋に入りかけて、踵を傾けた。
ベッドに腰掛ける譲葉は、決意を固めたような鋭い目をしている。
月裏は鞄を扉横の壁に、コートをソファの肘掛けに下ろし、自身も座り込んだ。
まず、一心に目を見合う。始まりの言葉を懸命に探しながら見詰めあう。
数分後、突然譲葉の唇が動きを見せ、月裏は無意識に気を張った。
「……月裏さんはどう思っているんだ……」
第一に投げられた質問に、月裏は絶句してしまった。
放棄的でもなく、まだ見えない譲葉の意思を歪めるでもない言葉を手繰る。
「……素直に話してくれて構わない、実はまだ俺も迷っている途中だから」
補足は葛藤を些か洗い流した。だが、後者の台詞に垣間見えた事実の方に強く意思が奪われる。
迷うという事は、肯定の気持ちもあるという事だ。
「……譲葉くんは、行きたい?」
驚きは直接的な質問に変わり、気付かぬ間に漏れ出していた。
はっとなり譲葉を見ると、顔を強張らせて俯いていた。そのまま微動だにせず、口を噤んでいる。
本音が読み取れない。
手紙の内容も、譲葉が相手方に抱いている感情も、現状に対する思いも、隠れた場所に眠る葛藤も、迷いを齎す理由も、何一つ把握できていない自分では的確な真理を想像さえ出来ない。
「…………月裏さんの気持ちが聞きたい……」
やっと聞こえた声は、会話を始めの位置まで巻き戻した。月裏はまた懸命に考えて、
「……僕も迷ってる、どうしたら良いのか分からない……」
結局曖昧な返事しか出来なかった。
「……今日ばあちゃんと電話して、相手方の話を聞いた」
不意に切り替えられた内容に、自然と吸い込まれる。
「……どうだって?」
「……真剣だそうだ。母さんの学生時代からの知り合いだそうで、母さんの訃報を聞いてからもずっと気にしていてくれたらしい。ばあちゃんが色々な心配を話してくれたらしいが、全部受け容れようとしていると聞いた、それほどに真剣だから、難しいだろうけど考えてみてほしいとも言われた」
伝達から見る祖母の様子は、賛成に傾いている気がする。なぜ完全否定しないのか、真っ先に尋ねたい所だ。
心の全部を読めたら解決はすぐなのに、なんて非現実な事まで考えてしまった。
「……おばあちゃんはどう思っているか聞いた?」
「……それは聞いてない」
譲葉は自信無さげに伏せた睫を上げて、困った顔付きのままで月裏を見た。
「……真面目に考えてくれている人が居るなら、逃げられない」
恐らくそれが、葛藤の一番の原因になっているのだろう。譲葉が真剣に向かい合う理由となっているのだろう。
「……そうだね……」
生半可な答えを出せない今、ちゃんと様々な人の意見を参考にしたい。とはいえ、求められる人物が祖母くらいしか思いつかなかったが。
「……明日、僕もおばあちゃんに掛けてみるよ。話はそれからで。……駄目かな?」
「……そうしよう、じゃあまた明日……」
「……うん、じゃあ着替えてくるね、おやすみ」
「……おやすみ」
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