造花の開く頃に

有箱

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1月2日【1】

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[1月2日、月曜日]
 始発電車に二人は居た。予め時間を調べておき、それに合わせて起床した。
 人の居ない車内はほぼ貸し切り上体で、人の目を気にせずに寛ぐ事が出来る。当然はしゃいだりはしないが。

 まだ暗い田舎道は眺めても、あまり面白みはなく、月裏は車内を観察していた。対照的に譲葉は、外の景色を向かいの窓越しに見ている。
 そうしている内に段々明るくなってきて、夜明け頃とは違った景色が見えるようになってきた。

「……懐かしい」

 隣席の譲葉の呟きに視線を向けると、相変わらず一心に景色を見詰めていた。
 木々の目立つ山々や建物の少ない地帯、動物注意の看板や古びた標識等、様々な特徴が田舎を彷彿させる。

「……そうだね、懐かしい……譲葉君この辺に住んでたの?」
「……俺はまた全然違う所に住んでた。今住んでる所よりももっと都会だな」

 何の気なしに問いかけた内容が、今更悔やまれる。態度は見せまいと平然を貫いたが、なぜ昔の話をしてしまったのかとの悔恨が脳内で巡る。

「だから、ばあちゃん家に来た時は驚いた」

 しかし、心配の種である譲葉本人が平気そうにしていた為、あまり深みに落ちずに終わった。
 話から察するに、譲葉は二度引っ越している事になる。
 生まれ故郷である都会から祖母のいる田舎へ、そして今月裏と共に住む町へ。
 どんな気持ちで、故郷に別れを告げたのだろう。

「……相変わらず自然が多いな」

 窓に頭を寄せ、横目で景色を見た譲葉は、日々を懐古しているのか少し物憂げに見えた。

 幾つか電車を乗り継いで歩くと、情報通りよく目立つ施設を見つけた。茶色を基調とした外観はとても綺麗で、新しさを感じさせる。
 聳え立つ建物の前、緊張ぎみに玄関へ近付くと、見慣れた顔の人物が杖を支えに立っていた。

「……おばあちゃん!」

 皺の増えた顔がくしゃっと笑い、更に皺を作り出す。

「つくちゃん、ゆずちゃん、久しぶりね~」

 顔を見た瞬間、随分年を召したように感じたが、声は以前と何も変わらなかった。昔、自分を迎えてくれていた時の声、電話で聞いた声そのままだ。
 譲葉を気遣い、ゆっくりと距離を詰めてゆく。

「……ばあちゃん、久しぶり」
「ゆずちゃん久しぶりね、元気そうな顔で良かった~」

 目の前に立った瞬間、祖母は右手でまず譲葉の肩を叩き、次に月裏の肩を叩いて歓迎した。
 懐かしき接触に心が震える。

「寒いでしょう、入って」

 玄関に爪先を向けた祖母に促され、二人はその背を追いかけた。

 祖母は譲葉の性格を把握しているのか、大広間を通り越し、個室へと案内してくれた。
 物の少ない個室はやや広めで、快適そうな印象だ。
 訪問に合わせて借りてきてくれたのか、広間を横切る時目にした物と同じタイプの椅子が二つ用意されていた。

「座って座って、今お茶を淹れるわ」
「えっ、あっわざわざいいよ、飲み物あるし……」
「近いから大丈夫よ~」

 祖母は、装飾のように飾られたお洒落な急須に茶葉を入れ、近くにに置いていた電気ケトルからお湯を注いだ。コップも既に3人分用意されている。

「お話楽しみにしていたのよ、色々と聞かせてくれる?」

 手早く用意された緑茶の入った湯飲みを受け取り、譲葉と顔を見合わせた。

「……譲葉くん話す……?」
「えっ、あっ、いや……先に月裏さん話しなよ……」
「畏まらなくても良いのよ~。つくちゃんもゆずちゃんも一緒に暮らすのは大分と慣れた?」

 ベッドに腰を下ろした祖母の満面の笑顔は優しく、急かそうとの気を全く感じさせない。
 月裏と譲葉はもう一度顔を見合わせて、同じタイミングで首を縦に振った。

「ふふ、良かったわ、一緒に何かしたりするの?」
「……うん、料理したり話したりするよ」
「……月裏さんは料理が上手い、ばあちゃんの味と似ている」
「あらそうなの、つくちゃんとゆずちゃんの作ったご飯食べてみたいわ~。よく作る料理はあるの?」
「色々作るよね、譲葉くんも料理慣れてて吃驚したよ」
「でもまだ全然だ」
「そうそう、洗濯とかも干してくれて」
「それは一緒に住むからにはだな」
「あっ、絵も上手なんだよ、おばあちゃん知ってた?」
「絵? そう言えば見た事ないわねぇ、是非見たいわ」
「……そんなに上手くない……って……」
「ゆずちゃんは器用だもの、きっと綺麗だわ、そうそう前に――」

 祖母の巧みな話術のお陰か優しい雰囲気のお陰か、固かった空気は段々と解けてゆき、珍しく会話が自然と弾んだ。

「そう、随分と仲良しになったのね、おばあちゃんは本当に嬉しいわ、嬉しくて泣いちゃいそう」
「……おばあちゃん、ちょっとトイレ行ってくる」

 月裏は、切りが付いた所で立ち上がっていた。

「場所は?」
「来る時見かけたから分かる」
「そう、迷ったら聞くのよ」
「うん」

 祖母の心配を持ちながらも、スライド式の扉を閉めた。
 閉じた扉越し、早速祖母が譲葉に声を掛けた場面を聞き届け歩き出す。
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