造花の開く頃に

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1月1日

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[1月1日、日曜日]
 先に目を覚ましたのは月裏だった。
 電気が着いたままの室内とは対照的に、室内窓越しの世界は薄暗い。白さのある闇が夜明けだと悟らせた。
 譲葉を見遣ると、まだ眠っている様子だった。厚手の布団に体を埋めたまま、微動だにしない。

 時々携帯で時刻を確認しながら、年明け間近まで横になったまま語らっていた所までは記憶に残っている。どちらからともなく会話は途切れ、その内眠りに落ちてしまったらしい。
 月裏は立ち上がり、眠る譲葉の刺激にならないよう豆電球の灯りのみ残して消した。

 一日ついたちの朝は、なんだか新鮮味がある。特別な何かが用意されている訳でもないのに清々しくなる。
 廊下の空気は冷たくて、越えた先のリビングの空気も冷たくて、快適さはどこにもない。
 それなのに、不愉快な気分にならない。

 これからまた、長い長い一年が始まる。出来そうで出来ない予測不能の毎日が続いてゆく。
 来年こそは、譲葉に恩返しできるだろうか。罪を償えるだろうか。
 買い物のついでに買っておいた新しいカレンダーを壁に飾り、1月1日の欄を眺めていると、背後で扉が開く気配を感じた。

「……月裏さん、明けましておめでとうございます……」

 振り返り見ると、瞼の重そうな譲葉が部屋に足を踏み出していた。今にも欠伸しそうな顔だ。
 定例通りの挨拶を返し、月裏は自然と微笑む。

「……眠そうだね」
「……あぁ、月裏さんは眠くないのか」

 譲葉は軽く目を擦りながら、確かな動作で椅子に腰掛けた。月裏は眠気に意識を向けてみたが、普段よりは静まっているように感じられた。

「……うーん、そうだなぁ……あんまりかな」
「……そうか、すごいな」

 二人が揃った所で、移動する際ポケットに突っ込んでおいた携帯を手にした。少し揺らして、譲葉の視線を携帯に誘導する。

「早速、電話してみようよ」
「あぁ」

 登録件数の少ない電話帳から、祖母の番号を引き出そうと決定ボタンを押そうとして、逆に携帯が受信音を鳴らしだした。
 表示された名前に驚きながらも、即刻取り耳に当てる。

「も、もしもしおばあちゃん……!」
≪もしもし、どうしたの慌てて?≫
「いや、今掛けようとしてたから吃驚しちゃって……」
≪そうだったの、嬉しいわ~。つくちゃん、明けましておめでとうございます≫
「明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします……譲葉くんにも代わるね」
≪えぇ、ありがとう≫

 久しぶりの祖母の声に、つい安らいでしまう。元気そうで本当に何よりだ。
 譲葉は小声で定例文を返答し終えると、直ぐに携帯を返却してきた。祖母も悟ったのか、交代しても驚いた様子は無い。

≪最近どんな感じ? 二人とも元気にはしてる?≫
「うん、おばあちゃんは?」
≪良かったわ。おばあちゃんは元気よ、久しぶりに会いたいわねぇ≫

 祖母の呟きが現状にぴったりすぎて、月裏は一瞬テレパシーの存在を疑った。祖母も、心を読む術か何かを持っているのかもしれない。
 流れに乗って、月裏は早々に用意していた質問をした。

「……それなんだけど、遊びに行っても良い?」
≪あら本当? 来てくれるの!? 嬉しいわぁ≫

 心からの歓喜が、肯定を表している。
 月裏は、祖母側の音声が聞こえ辛い譲葉の為に、目を見て深く頷く事で答えを伝達した。
すると譲葉は、嬉しそうに小さく表情を光らせた。

 住所と周辺の建物の情報、訪ねても良い時間帯等、幾つかの確認事項を話し合い電話は終了した。
 近況報告などは直接会った時に、と約束した。

「明日来ても良いって。日帰りで良いよね?」

 祖母は宿泊を薦めて来たが、譲葉の体調面も考慮して断った。大丈夫だとは思うが無理は禁物だ。

「あぁ」

 通話後、早速必要物を纏めてみたが、観光でもなければ日帰りと言う事もあり、大きな荷物にはならなかった。
 久々に対面する大好きな祖母との明日を思い浮かべて、月裏は内心わくわくとしていた。
 勿論その日は、祖母に関連した話ばかりが浮上した。
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