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12月31日
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[12月31日、土曜日]
今日は12月31日だ。繰り返される一年の最終日である。一年中付き合ってきたカレンダーも、今日が終わればさよならだ。
最後の一日を、こんなにも軽い気持ちで過ごせるとは思ってもいなかった。二人で過ごすだなんて、去年は考えてすらいなかった。
「大晦日だな」
普段通り食事して居る中、ふと譲葉が零した。台詞に濁りがなさ過ぎて、逆に真理が読み取れない。
「……そうだね……?」
「前も言ったが、正直こんなにもここに居られるなんて思っていなかったから、しみじみしてしまってな」
「……なるほど、そうだね……」
同じ思いを抱いていた月裏にとって、共感は簡単だった。
暫く疎遠になっていた祖母から手紙が届いた時は何だと思ったが、それが今を作ったと言っても過言ではない。
「夜になったら、おばあちゃんに電話しようか、……明日の朝でもいいけど」
「……ばあちゃん寝てるかもしれないし、朝でどうだろう?」
「じゃあそうしよう。今日年明けまで起きてる?」
「……起きていられたら、だな」
「そうだね、寝ちゃうかもね」
今が満足できる状況かと問われたら、素直に肯定は出来ない。目を向ければ問題は幾つも見えてくる。
それでも、昔恐れていた未来は今こうして幸福に満ちている。それだけで十分な実績だ。
きっとこの先の未来も、幸せであると信じよう。
月裏は祖母からの手紙の内容を、曖昧ながらも思い巡らす。あの時の不安感や衝撃は、薄らぎながらもよく覚えている。
ふと、あまり気に留めていなかった文章が蘇った。
「…………譲葉くん、やっぱおばあちゃんのとこ行ってみない?」
「……え?」
確か文末に¨施設の方に顔を出して下さい¨といったような文章があった気がする。
「明日電話して住所聞いて、電車で会いに行ってみようよ、日帰りになるけどどうかな?」
「……そうだな」
前後に休息の時間もあって、纏まった時間が取れるのは今くらいしかないだろう。期を逃せば、次は夏頃の連休までチャンスは来ない。
「嫌だったら止めても良いからね」
「……いや、俺も会いたい……」
「だったら行ってみよう、あ、おばあちゃんの都合もあるけど」
歯切れ悪く会話が終わると共に、役目を終えた箸を置き、空っぽの皿を前に両手を合わせた。
「譲葉くんが食べたら、買い物に行こう」
「あぁ」
皿を重ねて立ち上がった月裏の前、譲葉は食事の手を早める。
「ゆっくり食べて良いからね」
「……分かった」
通常ペースに戻った譲葉の食事風景を、流し台に皿を置いて、席に戻るなり眺めた。
24時間営業のスーパーも三箇日は休業するらしく、新春初売りは4日からだと店内放送やレジ付近の張り紙にあった。
故に、必然で本日が調達日になった。
夕食に、売り出しになっていた蕎麦を啜る。オプションに海老の天麩羅とほうれん草のお浸し付きだ。かまぼこと半熟玉子もちょこんと乗っている。
普段はあまり口にしない蕎麦を啜っていると、一段と大晦日の実感が深くなる。
当たり前にやってくる年越しを祝う必要など、本当はどこにもないのかもしれない。
けれども、月裏にとって年末は、頑張って生きてこられた事を噛み締める日でもあるのだ。
いつかそう言った感覚も浅くなり、特別視をしなくても良くなれば良いなと心から思う。
「……来年の抱負ってある……?」
半熟玉子に箸を入れた譲葉が、反応し視線を上げた。右手に箸を持ったまま、止まって考える。
「……抱負か……そうだな……」
表現法は違うが、似たような質問は前にもした。抱負とは心に抱く計画や希望の事だ。
「……そうだな、苦い記憶を克服する事だ」
「そっか、うん、大丈夫だよ」
「月裏さんは?」
「……僕は、そうだな……僕は……」
家族みたいに、大好きな人と居るみたいに、心から笑いあえるようになりたい。
以前はそう思っていた。それこそが家族の形なのだと思っていた。今でも自分の中の定義は変わらない。
「悲しい事がなくて、平凡に過ごしていければいいかな」
他人である現実が抜けなくとも、笑顔が満ちていなくともそれで良い。
最高の幸福は要らない。平凡でもいい、誰も泣かなければ、苦しまなければ良い。
「……なんて贅沢すぎるね」
「……贅沢なのか?」
「うん、贅沢だよ」
「…………叶うといいな……」
譲葉の小さな一人事には、本音が混じっているように聞こえた。思う所があるのか、表情に些か物憂げな印象を受ける。
「……譲葉くん、来年も宜しくね……!」
伏せていた瞳が再度上がって、浮かべた笑顔全体を捕らえてきた。譲葉もほんの僅かな笑みを乗せ、頷いてくれた。
今日は12月31日だ。繰り返される一年の最終日である。一年中付き合ってきたカレンダーも、今日が終わればさよならだ。
最後の一日を、こんなにも軽い気持ちで過ごせるとは思ってもいなかった。二人で過ごすだなんて、去年は考えてすらいなかった。
「大晦日だな」
普段通り食事して居る中、ふと譲葉が零した。台詞に濁りがなさ過ぎて、逆に真理が読み取れない。
「……そうだね……?」
「前も言ったが、正直こんなにもここに居られるなんて思っていなかったから、しみじみしてしまってな」
「……なるほど、そうだね……」
同じ思いを抱いていた月裏にとって、共感は簡単だった。
暫く疎遠になっていた祖母から手紙が届いた時は何だと思ったが、それが今を作ったと言っても過言ではない。
「夜になったら、おばあちゃんに電話しようか、……明日の朝でもいいけど」
「……ばあちゃん寝てるかもしれないし、朝でどうだろう?」
「じゃあそうしよう。今日年明けまで起きてる?」
「……起きていられたら、だな」
「そうだね、寝ちゃうかもね」
今が満足できる状況かと問われたら、素直に肯定は出来ない。目を向ければ問題は幾つも見えてくる。
それでも、昔恐れていた未来は今こうして幸福に満ちている。それだけで十分な実績だ。
きっとこの先の未来も、幸せであると信じよう。
月裏は祖母からの手紙の内容を、曖昧ながらも思い巡らす。あの時の不安感や衝撃は、薄らぎながらもよく覚えている。
ふと、あまり気に留めていなかった文章が蘇った。
「…………譲葉くん、やっぱおばあちゃんのとこ行ってみない?」
「……え?」
確か文末に¨施設の方に顔を出して下さい¨といったような文章があった気がする。
「明日電話して住所聞いて、電車で会いに行ってみようよ、日帰りになるけどどうかな?」
「……そうだな」
前後に休息の時間もあって、纏まった時間が取れるのは今くらいしかないだろう。期を逃せば、次は夏頃の連休までチャンスは来ない。
「嫌だったら止めても良いからね」
「……いや、俺も会いたい……」
「だったら行ってみよう、あ、おばあちゃんの都合もあるけど」
歯切れ悪く会話が終わると共に、役目を終えた箸を置き、空っぽの皿を前に両手を合わせた。
「譲葉くんが食べたら、買い物に行こう」
「あぁ」
皿を重ねて立ち上がった月裏の前、譲葉は食事の手を早める。
「ゆっくり食べて良いからね」
「……分かった」
通常ペースに戻った譲葉の食事風景を、流し台に皿を置いて、席に戻るなり眺めた。
24時間営業のスーパーも三箇日は休業するらしく、新春初売りは4日からだと店内放送やレジ付近の張り紙にあった。
故に、必然で本日が調達日になった。
夕食に、売り出しになっていた蕎麦を啜る。オプションに海老の天麩羅とほうれん草のお浸し付きだ。かまぼこと半熟玉子もちょこんと乗っている。
普段はあまり口にしない蕎麦を啜っていると、一段と大晦日の実感が深くなる。
当たり前にやってくる年越しを祝う必要など、本当はどこにもないのかもしれない。
けれども、月裏にとって年末は、頑張って生きてこられた事を噛み締める日でもあるのだ。
いつかそう言った感覚も浅くなり、特別視をしなくても良くなれば良いなと心から思う。
「……来年の抱負ってある……?」
半熟玉子に箸を入れた譲葉が、反応し視線を上げた。右手に箸を持ったまま、止まって考える。
「……抱負か……そうだな……」
表現法は違うが、似たような質問は前にもした。抱負とは心に抱く計画や希望の事だ。
「……そうだな、苦い記憶を克服する事だ」
「そっか、うん、大丈夫だよ」
「月裏さんは?」
「……僕は、そうだな……僕は……」
家族みたいに、大好きな人と居るみたいに、心から笑いあえるようになりたい。
以前はそう思っていた。それこそが家族の形なのだと思っていた。今でも自分の中の定義は変わらない。
「悲しい事がなくて、平凡に過ごしていければいいかな」
他人である現実が抜けなくとも、笑顔が満ちていなくともそれで良い。
最高の幸福は要らない。平凡でもいい、誰も泣かなければ、苦しまなければ良い。
「……なんて贅沢すぎるね」
「……贅沢なのか?」
「うん、贅沢だよ」
「…………叶うといいな……」
譲葉の小さな一人事には、本音が混じっているように聞こえた。思う所があるのか、表情に些か物憂げな印象を受ける。
「……譲葉くん、来年も宜しくね……!」
伏せていた瞳が再度上がって、浮かべた笑顔全体を捕らえてきた。譲葉もほんの僅かな笑みを乗せ、頷いてくれた。
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