造花の開く頃に

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12月22日

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[12月22日、木曜日]
「昨日は済みませんでした!」

 月裏は出勤するなり、上司にお辞儀を向けていた。向けられた上司は唯々無言だ。
 震える指先を握り締めないように堪えて、返事が返るまで目を強く瞑って待機する。

「……朝日奈、他の皆には昨日伝えたが、急遽転勤が決まった。一月より別の会社から後任が来る」

 返答代わりの報告に、呆然としてしまう。なんと言って答えればいいのか分からない。
 承知済みであると伝えるのは以ての外で、演技としてでも残念がるのも祝福するのも明らかに違う。
 頭を上げるタイミングも逃して、硬直したまま停止し続ける。

「私は正直、朝日奈が心配だ」

 始めて率直に投げられる¨心配¨の文字が、内心胡散臭く思えてしまった。
 しかし、今まで散々叱責していた人物が、ここで変に嘘を使う必要があるとも思えずに悶々ともしてしまう。

「仕事は真っ直ぐに、意見は言えるようになれ」

 だが、真偽はどうあれ、辛い日々は確実に終わる。

「朝日奈! 返事は!」 
「……は、はい……!」
「よし! 仕事に戻れ!」

 月裏は体が反応するがまま、声に従い動いた。

 席に着き、早々仕事に取り掛かり始めた月裏は、盛んになる気持ちを堪えていた。
 口元が笑むのを、嬉しさで泣くのを我慢する。
 転勤に歓喜するなど、失礼な事だとはよく分かっている。けれど随分と長い間苦しめられていたのだ。向こうに自覚は無くとも、随分と傷付いたのだ。
 だから、申し訳無いが、この気持ちに嘘は吐けない。
 月裏は、見えない位置に移動した手の平を、軽く握り締めガッツポーズを作った。

 微熱が残り体は辛い筈なのに、心が驚くほど軽い。年末休暇の後、仕事に行ったらあの上司はもういないのだ。
 月裏の働く会社は、12月30日から1月3日までが休日として設けられている。
 それを踏まえて数えてみると、顔を合わせるのは実質6日間しかない。
 急に見え出した輝きに、月裏は一人きり笑みを零した。

「ただいま!」

 帰宅して扉を開いたが、譲葉は玄関にはいなかった。直ぐに寝室に意識を向けて歩いてゆく。

「譲葉くんただいまー」

 電灯を点したまま、譲葉は眠りに落ちていた。今日も出迎えるつもりだったのか、中途半端な部分までしか毛布を被っていない。
 足音を殺しはしているが、気配にも気付かないくらいだ、相当疲れているのだろう。
 それかやはり、薬の副作用か。
 月裏は、ぐっすり眠る譲葉を起こさないよう、息を潜め静かに布団を肩までかけた。
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