造花の開く頃に

有箱

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12月10日

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[12月10日、土曜日]
 譲葉は元々体力が少ないのか、はたまた発作がそれほどに激しかったのか、腕の中で眠ってしまった。
 だが、目を覚ました譲葉は正気に戻っていて、想像通り敬意の篭った謝罪をされた。

「じゃあ行って来るね」
「行ってらっしゃい、ここからで悪いな」

 現在地は寝室だ。月裏自ら赴いて、譲葉の行動を制限した。

「ううん、無理せず休んでね」

 譲葉は、普段に増してトーンが低く、小さな声で、

「分かった」

 と言って手を振った。
 あれから雪は降らず、片隅に溜められていた雪の残りがある程度で、地上の雪は完全に無くなっていた。
 作った雪だるまも、日に日に小さくなっているのは知っていたが、気が付かない内に面影さえ消えていた。

 苦しむ姿を見るのは辛い。だが、本人である譲葉はもっと辛いのだ。
 痛いのか苦しいのか、感覚を理解して上げられない。慰め方も和らげ方も、全く分からない。
 窮地に陥っている譲葉を目の前にしながら、薬を運ぶ事しか出来なかった。

 無力さに呑まれて、今更息苦しくなった。譲葉の影響を受けているみたいに胸が苦しくなる。
 でもこれ以上に、譲葉は苦しかったのだ。
 譲葉は、必要な場面で何度も自分を救ってくれたのに。それなのに僕は。
 もどかしさが細かな砂のように流れ、心の容量を満たしていった。

 昨日の自分が夢みたいだ。確かに現実にあった筈なのに、リアルな夢だったと納得出来てしまいそうなくらい気持ちが落ち込んでいる。
 多分、帰宅すればまた、いつもの譲葉が待っていてくれるだろう。目が合ったら挨拶をして、労いの言葉をくれて、同じ部屋で眠って。

 現実感が差し込めた事で、怖くなってしまっている。上司の転勤の噂で浮かれていた分、地面に叩き落された気分になってしまう。
 幸福に差す影のようで、恐ろしく思ってしまう。
 何も畏れない幸福な日々は、本当に訪れるのだろうか。
 月裏は、一人だけ悲しんで居る気になって心苦しくなった。

「……ただいまー……」

 恐る恐る寝室の扉を開くと、丁度譲葉も出ようとしていたところだったらしく目の前で相対した。
 扉を開ききれるよう、譲葉が数歩後退する。

「おかえり月裏さん、お疲れ様」
「ただいま譲葉くん。……今日は何してたの?」
「今日は本を読んでた」

 行動を証明するように、ベッドの上に本が置いてある。
 何度読み返しているかは知らないが、買って一ヶ月以上は経つ気がする。一冊の本を読みきるのに、その位かかるものなのだろうか。

「そう、新しいのそろそろ買う?」
「……そうだな、それも良いかもしれない」

 珍しい肯定に月裏は安堵した。軽い度合いの物でも、意思を伝えてくれると嬉しくなる。

「じゃあ、明日の朝にでも選んでもらおうかな?」
「分かった、楽しみだ」
「……僕、着替えてくるね」

 平常の譲葉が見られた事で少し平温を取り戻した月裏は、服を着替えるため向かいの部屋に入った。

 なんだか今日は、酷く疲れてしまった。手紙はまた明日にしよう。
 月裏はさっさと寝る支度を済ませ、譲葉と同じ部屋に入った。
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