造花の開く頃に

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11月28日【2】

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 夜の闇が、いつも以上に深く見える。暗くて暗くて、闇に迷い込んでしまいそうな恐怖に駆られる程に漆黒だ。
 実際、時刻は11時過ぎになっており、暗いのは暗いが。

 帰宅した時、譲葉は待っていてくれるだろうか。強く当たってしまったから、傷ついて落ち込んでいるだろうか。
 周辺に人は誰一人居らず、急に自分が一人ぼっちになったような感覚に陥った。
 譲葉に必要では無いと判断されてしまったら、本当に独りぼっちになってしまう。それこそ、生きている意味をまた失ってしまう。

 怖い。生きていても死んでいても、どちらでも同じ人間になるのは怖い。
 こんなに怖くなるくらいなら、いっそ死んでしまった方が楽なのに。多種の不安に心を震わせるくらいなら、一時的な苦痛を味わった方が絶対に良いのに。

 本当の事を打ち明けて謝罪する勇気も、無かった事にして流す勇気も、今はなぜか出てこない。
 どうすれば。どれが一番最善策なんだ。どれが一番、譲葉を傷つけずに自分も傷つかないんだ。
 分からない。自分には判断がつけられない。

 月裏は、外灯の無い道の端で蹲ってしまった。
 先へ進んで家に近付くのも、問題を逃避して別の場所に逃げる勇気も無くて、その場で体を震わせる。

 無音の中、消極的になってゆく思考に身を委ねたまま蹲っていると、鞄の中でバイブレーターが作動している事に気付いた。
 恐れながらも着信先を確認すると、相手は祖母だった。

 そう言えば今朝、譲葉が祖母について何か言いかけていた気がするが、関係しているのだろうか。
 少し迷ったが、縋りたい気持ちも働きかけ、結果電話に応じていた。

「……もしもしおばあちゃん、どうしたの?」
≪あ、良かった~。つくちゃん遅くに電話ごめんね、今忙しかったりする?≫
「え? ううん、帰り道だよ」
≪そう、帰り道だったの、随分遅いのねー≫
「あ、うん、仕事長引いて……えっと、電話どうしたの?」

 立ち止まっている時間も遅くなる原因に含まれてはいたが、敢えてそこは無しにした。

≪ゆずちゃんとどうかなーって思って掛けたのよ≫

 月裏は切り出された題材に、黙り込んでしまった。
 今まさに困難に直面しているなんて言えない。言ったら心配させるのが目に見えている。

≪やっぱり、ちょっと大変なのね≫

 だがそう言われて、躊躇は崩れた。
 もしや譲葉の口から、それらしき言葉を聞いたのだろうか。窮屈だと、祖母に漏らしていたのだろうか。

「……………僕……上手く出来ない……」

 だが、事実は事実だ。実際がどうであれ、譲葉を苦しめている自覚は少なからずある。

「…………おばあちゃん、どうしたら良いんだろう……」
≪……何があったの?≫
「…………譲葉くんに強く当たっちゃった……譲葉くんは優しくしてくれるのに僕はいつもこうなんだ……僕は駄目な人間だよ……上手に返せない所か苦しめちゃう……」

 心の声が制御の上を行き、溢れ出して来る。許容範囲を超えた苦しさが、逃げ場を求めて出てくる。

≪つくちゃんは駄目な人間じゃないわよ。とても優しくて繊細で、ゆずちゃんによく似ているわ≫
「……譲葉くんに似てる?」
≪悪いのは全部自分って思ってるでしょう? でもね、時には誰も悪くなくたって状況が勝手に悪くなってしまう事もあるのよ≫
「……でも、僕が……」
≪確かに強く言ってしまったのは残念ね、でも人だもの、仕方ないわ。それよりも大事なのは、それからどうするかよ≫

 祖母の説得力のある言葉が、重く深く突き刺さる。自分でも考えたが、敢えて言葉にして言われると、そうだと頷いてしまう。
 だが、分からないのだ。どうするべきかが分からないのだ。

「…………どうすれば……良いのかな……?」
≪つくちゃんならどうして欲しい?≫
「…………僕なら……」

 月裏は譲葉になったつもりで、客観的に物事を捉えてみる。その結果、答えはすぐに浮かんだ。
 それを実践できるかは別として、とにかく今は帰宅しなくてはとの思いに狩られた。

「おばあちゃんありがとう、上手く行くか分からないけどやってみる、また電話するねバイバイ」
≪えぇ、電話待ってるわ~≫

 月裏は通信を断ち切ると、即座に帰路を駆けた。

 譲葉に謝ろう。出来たら、傷の事を伝えよう。
 もし自分が譲葉の立場に立ったなら、避けられるのは嫌だし、やはり理由が知りたいと思う。
 今だって、帰宅の遅さに心配しているかもしれない。

「ただいま!」

 玄関先に譲葉は居なかった。靴を脱ぎ捨て、奥の部屋まで大股で歩く。
 部屋からは灯りが漏れており、開くと直ぐに譲葉が目に付いた。
 床に座り込んだまま、ベッドを枕に転寝している譲葉を。

「………月裏さん……?」

 物音に反応してか、譲葉が薄く目を開いた。動いた視線が絡むと同時に、はっきりと目を覚ます。

「……月裏さんおかえり……遅くまで大変だったな……」

 その瞳が安堵を映しているように見えて、月裏はまた泣きそうになった。真っ直ぐに視線を合わせてくる譲葉から、一切の拒絶感や悪意を感じなかったのも理由に挙がる。

「…………遅くなってごめんね。……あと、今日の朝も大声出してごめんなさい……えっと、あの……」

 訳を告げようとしたが、上手い言葉が見つからず文末が消えてゆく。
 やはり本当の事を、しかも隠していたい秘密を暴露するのは勇気が必要だ。

「…………遅くなったからもう寝なよ、おやすみ……」
「……おやすみ……」

 譲葉の純真な瞳を掻い潜って、月裏は部屋を出てしまった。
 明日になったら言うんだ。ちゃんと告げるんだ。
 上手く擦り抜けられた今、話す必要は無いのかもしれないが、今後もずっと隠し通せる訳でもないだろう。
 それなら今、少しでも話そうと思えた今、話してしまいたい。勇気を出したい。

 月裏はその後も、延々と葛藤を繰り返した。
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