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11月27日
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[11月27日、日曜日]
深夜、寝辛さにはっとなり目覚めた。
暗さから日を改める前だと予想し、何気なく携帯にて時刻確認を行った所、AM3:42を表示していた。
額には、僅かに汗が付着している。
その原因がなんであるか、月裏には直ぐに分かった。
寒気がして、体が火照っている感覚がある。それに頭が何時にも増してぼんやりとしている。
そう、風邪を引いてしまったのだ。
幸いな事に、今日は日曜だ。だからと言って軽く身構えるなど出来るはずもないが。
今日は唯一、譲葉と時間を過ごせる一日だというのに、これでは距離を縮める所かまた溝を作る切っ掛けになりかねない。
月裏は、見えない先の時間を憂慮した。
「お早う、譲葉くん」
「………お早う月裏さん」
とるべき行動について様々な考慮をした結果、月裏はリビングに居た。
気だるさを我慢して風呂にも入り、ひたすら平然を装って。
だが譲葉は何かを感じ取ったのか、じっと顔面を直視してくる。心なしか顔に影が乗っていて、疑いの眼にも見えてくる。
「譲葉くん、お風呂お湯張ってあるから入ってきなよ。それと今日も洗濯物頼むね」
「……あぁ」
だがそう言うと、すぐに踵を返した。
頭が痛い、気持ちが悪い。不調だと自覚すればするほど、症状が重みを増してゆく。
辛さが心に染みてきて、意味も無く泣いてしまいそうだ。
でも出来るだけ、譲葉の心配を生まないようにしなくてはならない。
それに、先週も譲葉に全て任せてしまったのだ、今週も任せてしまうなんて出来ない。
月裏は苦しさを全部飲み込んで、買い物の準備を始めた。
洗濯物を週の間にもしてくれているからか、あまり時間はかからず、譲葉は比較的短時間で戻ってきた。
「買い物だな……」
「……う、うん」
エコバックを見た譲葉は、妙な小声で確かめてくる。月裏は、語気から読めない感情になぜか戸惑い、一層の演技に努めた。
「行こうか?」
「……あぁ」
道にはまだ、雪が積もっていた。太陽の光が当たりやすい部分のみ、解けかかっているといったところだ。
雪だるまは影にあり、殆ど形を変えずに残っていて、まるで見送りでもしているかのようだった。
雪解け水が道路脇の溝に流れているのを見て、月裏は咄嗟に譲葉の脚を心配した。
「……譲葉君行けそう? 危なそうなら行って来るよ……?」
譲葉自身も不安があるのか、雪解けした道を少しばかり見詰めてからポツリと呟く。
「………そうだな」
「じゃあ、折角ここまできてくれたけど行くね」
「分かった、じゃあ家で待ってる」
「うん」
譲葉を二階に見送ってから、他人の作った跡を踏んで歩いてゆく。
助かったと思ってしまった。
その正直な心持ちに気付いて、自分自身が嫌になる。
体調不良が素直に打ち明けられるようになったら、家族と呼ぶ事ができるだろうか。
いや、多分それでは足りない。けれど、何が足りないのかも分からない。
事実上の家族で無い場合、どのような度合いの信頼があれば家族と呼ぶ事ができるのだろう。
到底見つからなさそうな答えを求めて、月裏は懸命に思考を回し始めた。
直ぐにスーパーに辿り着いたのは良いが、その頃には寒気が止まらなくなっていた。
一旦外部の冷気に晒されたからか、体温が戻らない。
モヤモヤとぼやける売り場を、目を凝らして見ながら品定めをした。
「ただいまー」
「……おかえり、すまないな」
重い荷物を抱えて扉を開くと、玄関先で譲葉が待機していた。
手を差し出す仕草を見て、軽い方のバックを手渡す。
譲葉は器用に両手で抱えると、リビングに向かって歩いていった。
眠気と不調と気張りが絡んで、身体がどんどん重くなってゆく。鞄の重量もいつもの数倍に感じられて、移動も一苦労だ。
廊下も長く感じる。
がんばらなくては、がんばらなくては、と何度も何度も言い聞かせるが、寧ろその言葉が呪文のようになって気分の悪さを引き立たせてゆく。
早く行かないと心配されてしまう。がんばらなくてはならないのに。
気持ちに反して、月裏はその場で蹲ってしまった。
無意識の内に食材を守ろうと気持ちが働いたのか、鞄はその前に床に下ろした。
譲葉が気付く前に立ち上がろうとしたのも空しく、音を聞きつけた譲葉は直ぐに廊下に出てきてしまった。
「月裏さん……!」
駆け寄ってきて、影の乗った顔を見詰める。
「……大丈夫か、やっぱり体調悪かったのか……」
そこで、悟られていた事も分かった。
ぽたりと涙が落ちた。知られてしまった途端、演技する力が消え失せて、押さえつけていた気持ちが溢れ出して来た。
「……大丈夫だ、大丈夫」
譲葉は慰めからか、緩和を目的にしてか、また背を摩り始めた。
情けなさを覚え、直ぐにでも涙を止めたかったが、辛さに比例して溢れる雫は止め処ない。
「………ごめ……譲葉くん……」
もう嫌だ。上手く行きかけても、自分の持つ脆さがそれを打ち壊す。
だが、死にたいとは思ってはいけない。
それだけは、譲葉の為に我慢する。
「とりあえず寝ていた方が良い。立てるか?」
「…………うん……」
何気なく添えてくれた譲葉の支えに、出来るだけ頼らないように立ち上がり、月裏は寝室へと向かった。
無力さが、悲しみに形を変える。キッチンから微かに聞こえる音が、心の傷に触る。
こんなに弱虫なのに、泣き虫なのに、罵倒も何一つ無しに優しさで包んでくれて、痛み入ってしまう。
自分はずっと、駄目な人間だと思っていた。いや、今も思っている。
なじられたり怒られたり、職場で何度も言葉の暴力を受ける度、自分の価値が廃れていった。
もちろん、聞かずに居られるならば聞きたくは無い。
だが言われ続けてきた結果、寧ろ何も言われないと、心の奥で言われているのでは無いかと疑り始めてしまう。
別に声に出さないから良いじゃないか。と、頭では楽観案を見出せるが認められないのだ。
月裏は口の形だけで、譲葉に謝罪した。
気付いたら、窓の外は随分明るくなっていた。
一度譲葉が扉を開いた気がしたが、その時には意識が朦朧としていて実際どうだったか分からない。
徐に携帯を見ると、時刻は2時過ぎを表示していた。随分長い間、眠ってしまったらしい。
服が汗で張り付いている感じがしたが、気分は眠る前より良くなっている気がする。
譲葉は今頃、小説か絵に勤しんでいる頃だろうか。今、どの部屋にいるだろう。
出来るだけ早く謝罪したいとの思いと同時に、自分を全く責めない譲葉への申し訳なさも募った。
直ぐに向かいたいが会うのは気まずい、とのジレンマに悩む。
「起きたんだな」
しかし、選ぶより先に答えは決まった。
「体調はどうだ? 何か食べるか?」
「……え、えっと、いい……」
テキパキとした問いかけとは対照的に、曖昧な回答が口の上に上った。
しかし、譲葉のきょとんとした顔を見て直ぐ冷静になる。
「あ、えっと、体調はちょっと良くなったよ。ご飯はまだ大丈夫、ありがとう」
「そうか、良かった」
「……あの、ごめんね……また作らせちゃって……」
「………そうだ、それでだが……」
予期せぬ切り替えしに、一瞬息を呑んだ。続く言葉の雰囲気一つ読み取れずに、内心ドキドキしてしまう。
「……2回に分けて作ったらどうかと思うんだ」
なんとなく、大まかにだが意味を推理する。
「………っていうと?」
だが、敢えて確かめた。
譲葉は言葉が纏まらないのか、少し間をあけてから久々に迷いを残した言葉を吐いた。
「……練習する為にも、じっくり作ってみたいって言うか……。2回に分けて、その1回分を担当させてくれないか……えっと、一気に作るのも大変だろうし……」
譲葉は上手く伝えられない事がもどかしいのか、なんだか落ち着かない様子だ。
「……日中に時間もあるし、駄目だろうか?」
月裏は、言葉にはされない気遣いを読み取り、仄かだが自然な笑顔を浮かべた。
「……いや良いよ……、ありがとう……」
作ってみて大変だったのかもしれない。それか本当に以前から気に掛かっていて、内側では案を出していたのかもしれない。
日曜日に自分が半分、それから譲葉が平日のどこかにまた半分を作る。
月裏自身全く考えてもみない方法だったが、正直とても助かる。引っかかる部分もあるが、名案だと思う。
また甘えてしまう事には変わりないが、譲葉の案を否定する気にもなれない。
「……ごめんね、色々考えてくれてたんだね……ごめん……譲葉くんにばっかり……」
気掛かりとして、胸に張り付いていた気持ちが口を突く。
譲葉は相変わらず、感情を表に出さず浅く首を横に振った。
「……俺は色々出来た方が嬉しいから……」
「……うん、ありがとう……」
本音か建前か疑う自分を意識的に捨てて、月裏は無心で微笑んだ。
深夜、寝辛さにはっとなり目覚めた。
暗さから日を改める前だと予想し、何気なく携帯にて時刻確認を行った所、AM3:42を表示していた。
額には、僅かに汗が付着している。
その原因がなんであるか、月裏には直ぐに分かった。
寒気がして、体が火照っている感覚がある。それに頭が何時にも増してぼんやりとしている。
そう、風邪を引いてしまったのだ。
幸いな事に、今日は日曜だ。だからと言って軽く身構えるなど出来るはずもないが。
今日は唯一、譲葉と時間を過ごせる一日だというのに、これでは距離を縮める所かまた溝を作る切っ掛けになりかねない。
月裏は、見えない先の時間を憂慮した。
「お早う、譲葉くん」
「………お早う月裏さん」
とるべき行動について様々な考慮をした結果、月裏はリビングに居た。
気だるさを我慢して風呂にも入り、ひたすら平然を装って。
だが譲葉は何かを感じ取ったのか、じっと顔面を直視してくる。心なしか顔に影が乗っていて、疑いの眼にも見えてくる。
「譲葉くん、お風呂お湯張ってあるから入ってきなよ。それと今日も洗濯物頼むね」
「……あぁ」
だがそう言うと、すぐに踵を返した。
頭が痛い、気持ちが悪い。不調だと自覚すればするほど、症状が重みを増してゆく。
辛さが心に染みてきて、意味も無く泣いてしまいそうだ。
でも出来るだけ、譲葉の心配を生まないようにしなくてはならない。
それに、先週も譲葉に全て任せてしまったのだ、今週も任せてしまうなんて出来ない。
月裏は苦しさを全部飲み込んで、買い物の準備を始めた。
洗濯物を週の間にもしてくれているからか、あまり時間はかからず、譲葉は比較的短時間で戻ってきた。
「買い物だな……」
「……う、うん」
エコバックを見た譲葉は、妙な小声で確かめてくる。月裏は、語気から読めない感情になぜか戸惑い、一層の演技に努めた。
「行こうか?」
「……あぁ」
道にはまだ、雪が積もっていた。太陽の光が当たりやすい部分のみ、解けかかっているといったところだ。
雪だるまは影にあり、殆ど形を変えずに残っていて、まるで見送りでもしているかのようだった。
雪解け水が道路脇の溝に流れているのを見て、月裏は咄嗟に譲葉の脚を心配した。
「……譲葉君行けそう? 危なそうなら行って来るよ……?」
譲葉自身も不安があるのか、雪解けした道を少しばかり見詰めてからポツリと呟く。
「………そうだな」
「じゃあ、折角ここまできてくれたけど行くね」
「分かった、じゃあ家で待ってる」
「うん」
譲葉を二階に見送ってから、他人の作った跡を踏んで歩いてゆく。
助かったと思ってしまった。
その正直な心持ちに気付いて、自分自身が嫌になる。
体調不良が素直に打ち明けられるようになったら、家族と呼ぶ事ができるだろうか。
いや、多分それでは足りない。けれど、何が足りないのかも分からない。
事実上の家族で無い場合、どのような度合いの信頼があれば家族と呼ぶ事ができるのだろう。
到底見つからなさそうな答えを求めて、月裏は懸命に思考を回し始めた。
直ぐにスーパーに辿り着いたのは良いが、その頃には寒気が止まらなくなっていた。
一旦外部の冷気に晒されたからか、体温が戻らない。
モヤモヤとぼやける売り場を、目を凝らして見ながら品定めをした。
「ただいまー」
「……おかえり、すまないな」
重い荷物を抱えて扉を開くと、玄関先で譲葉が待機していた。
手を差し出す仕草を見て、軽い方のバックを手渡す。
譲葉は器用に両手で抱えると、リビングに向かって歩いていった。
眠気と不調と気張りが絡んで、身体がどんどん重くなってゆく。鞄の重量もいつもの数倍に感じられて、移動も一苦労だ。
廊下も長く感じる。
がんばらなくては、がんばらなくては、と何度も何度も言い聞かせるが、寧ろその言葉が呪文のようになって気分の悪さを引き立たせてゆく。
早く行かないと心配されてしまう。がんばらなくてはならないのに。
気持ちに反して、月裏はその場で蹲ってしまった。
無意識の内に食材を守ろうと気持ちが働いたのか、鞄はその前に床に下ろした。
譲葉が気付く前に立ち上がろうとしたのも空しく、音を聞きつけた譲葉は直ぐに廊下に出てきてしまった。
「月裏さん……!」
駆け寄ってきて、影の乗った顔を見詰める。
「……大丈夫か、やっぱり体調悪かったのか……」
そこで、悟られていた事も分かった。
ぽたりと涙が落ちた。知られてしまった途端、演技する力が消え失せて、押さえつけていた気持ちが溢れ出して来た。
「……大丈夫だ、大丈夫」
譲葉は慰めからか、緩和を目的にしてか、また背を摩り始めた。
情けなさを覚え、直ぐにでも涙を止めたかったが、辛さに比例して溢れる雫は止め処ない。
「………ごめ……譲葉くん……」
もう嫌だ。上手く行きかけても、自分の持つ脆さがそれを打ち壊す。
だが、死にたいとは思ってはいけない。
それだけは、譲葉の為に我慢する。
「とりあえず寝ていた方が良い。立てるか?」
「…………うん……」
何気なく添えてくれた譲葉の支えに、出来るだけ頼らないように立ち上がり、月裏は寝室へと向かった。
無力さが、悲しみに形を変える。キッチンから微かに聞こえる音が、心の傷に触る。
こんなに弱虫なのに、泣き虫なのに、罵倒も何一つ無しに優しさで包んでくれて、痛み入ってしまう。
自分はずっと、駄目な人間だと思っていた。いや、今も思っている。
なじられたり怒られたり、職場で何度も言葉の暴力を受ける度、自分の価値が廃れていった。
もちろん、聞かずに居られるならば聞きたくは無い。
だが言われ続けてきた結果、寧ろ何も言われないと、心の奥で言われているのでは無いかと疑り始めてしまう。
別に声に出さないから良いじゃないか。と、頭では楽観案を見出せるが認められないのだ。
月裏は口の形だけで、譲葉に謝罪した。
気付いたら、窓の外は随分明るくなっていた。
一度譲葉が扉を開いた気がしたが、その時には意識が朦朧としていて実際どうだったか分からない。
徐に携帯を見ると、時刻は2時過ぎを表示していた。随分長い間、眠ってしまったらしい。
服が汗で張り付いている感じがしたが、気分は眠る前より良くなっている気がする。
譲葉は今頃、小説か絵に勤しんでいる頃だろうか。今、どの部屋にいるだろう。
出来るだけ早く謝罪したいとの思いと同時に、自分を全く責めない譲葉への申し訳なさも募った。
直ぐに向かいたいが会うのは気まずい、とのジレンマに悩む。
「起きたんだな」
しかし、選ぶより先に答えは決まった。
「体調はどうだ? 何か食べるか?」
「……え、えっと、いい……」
テキパキとした問いかけとは対照的に、曖昧な回答が口の上に上った。
しかし、譲葉のきょとんとした顔を見て直ぐ冷静になる。
「あ、えっと、体調はちょっと良くなったよ。ご飯はまだ大丈夫、ありがとう」
「そうか、良かった」
「……あの、ごめんね……また作らせちゃって……」
「………そうだ、それでだが……」
予期せぬ切り替えしに、一瞬息を呑んだ。続く言葉の雰囲気一つ読み取れずに、内心ドキドキしてしまう。
「……2回に分けて作ったらどうかと思うんだ」
なんとなく、大まかにだが意味を推理する。
「………っていうと?」
だが、敢えて確かめた。
譲葉は言葉が纏まらないのか、少し間をあけてから久々に迷いを残した言葉を吐いた。
「……練習する為にも、じっくり作ってみたいって言うか……。2回に分けて、その1回分を担当させてくれないか……えっと、一気に作るのも大変だろうし……」
譲葉は上手く伝えられない事がもどかしいのか、なんだか落ち着かない様子だ。
「……日中に時間もあるし、駄目だろうか?」
月裏は、言葉にはされない気遣いを読み取り、仄かだが自然な笑顔を浮かべた。
「……いや良いよ……、ありがとう……」
作ってみて大変だったのかもしれない。それか本当に以前から気に掛かっていて、内側では案を出していたのかもしれない。
日曜日に自分が半分、それから譲葉が平日のどこかにまた半分を作る。
月裏自身全く考えてもみない方法だったが、正直とても助かる。引っかかる部分もあるが、名案だと思う。
また甘えてしまう事には変わりないが、譲葉の案を否定する気にもなれない。
「……ごめんね、色々考えてくれてたんだね……ごめん……譲葉くんにばっかり……」
気掛かりとして、胸に張り付いていた気持ちが口を突く。
譲葉は相変わらず、感情を表に出さず浅く首を横に振った。
「……俺は色々出来た方が嬉しいから……」
「……うん、ありがとう……」
本音か建前か疑う自分を意識的に捨てて、月裏は無心で微笑んだ。
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