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11月20日
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[11月20日、日曜日]
気付いたら、夜が明けていた。
冷たい床に転がりながら、真っ直ぐに前だけを見詰める。心が空っぽになっていて、意味も無くぼんやりとしてしまう。
不図、体に毛布がかかっているのに気付いた。
「……譲葉くん……?」
上体をゆっくりと起こし辺りを見回してみたが、周囲に譲葉の姿は無い。
家の中から、一切の音も聞こえない。
「………譲葉……くん……?」
無音が不安を作り出し、意味もなく胸を締め付ける。
月裏は直ぐに毛布を脱ぎ捨て、奥の部屋へと走った。
だが、ベッドの上にも譲葉の姿は無い。風呂場もトイレも、服の部屋にもベランダにも居ない。
最後にリビングの扉も開いたが、譲葉は居なかった。
脳内に過ぎるのは¨家出¨の文字だ。
「………う……」
何がこんなにも悲しいのか、何がこんなにも苦しくさせるのか、自分でもよく理解できないまま月裏は膝を付いていた。
まだ不調が続いているのか、寒気と動悸と息切れが甚だしい。頭も様々な思考を回しつつ、はっきりとしない。
月裏は気持ちを静める為、右手を首にかけ、強く力をこめてみる。
だがその時、背後から音がした。
「月裏さん、大丈夫?」
「………えっ?」
振り向くとそこには、いつも使う鞄を肩に背負った譲葉が立っていた。鞄は大きく膨れている。
「……まだ気分悪いか……?」
譲葉は不安定に、だが確かな足取りで横を通り過ぎると、鞄を机上に優しく置いた。
そしてから屈み込んで、視線を真っ直ぐ合わせて来る。
「辛いか?」
月裏は何が何だか分からず、呆然としてしまった。
「今、買い物に行っていた。これから料理しようと思っていたんだが、キッチン使っても良いか?」
いつもの無表情で訊ねられ、月裏はやっと、答えを手繰る為思考を回し始める。
そして、簡単に見つけられた答えを即刻口にする。
「……う、うん……」
「上手くは作れないかもしれないが、作ってみるから待っていてくれ……」
「……うん、ありがとう」
昨日の涙が嘘みたいだ。もしや自分は、幻か夢でもみていたのだろうか。
「立てるか?」
「……あっ、ごめん」
腕に優しく触れられ促されて、月裏は足に力を込めた。そして誘導されるまま、椅子に腰掛ける。
譲葉の様子が普段通り過ぎて、答えが導けない。
夢だったなら有り難いが、それなら廊下で寝ていた理由が必要となる。
譲葉は定位置から、フライパンや包丁、まな板やボウル等を取り出し調理にかかり始めた。
華奢な背中が左右に揺れる。母親の背を見ていた時の、幼い自分が蘇る。
幼かった自分に、心配をかけたくなかったのだろう。父親が病死してからも、母はずっと変わらなかった。
優しくて可愛らしく、頑張り屋なままでずっと接してくれていた。
だから、気付かなかった。
自殺するまで、気付けなかった。
自分の存在が母にとって重荷になっていたかもしれないと思うと、己の存在が疎ましくて仕方が無くなった。
「……………譲葉くん、ごめんね……」
ほんの小さな声に、譲葉は振り向く。だが、確りと聞こえていなかったのか、きょとんとしている。
「…………僕の事、嫌になったら言ってくれて良いから、譲葉くんは死なないで……」
嘘を言った。本当は嫌になったなんて聞きたくない。
けれど、このままの生活を続ければ、次は譲葉が母親のように命を絶ってしまうのでは、という不安が湧いてきて仕方が無かった。
自分の所為で、命を絶たれたら。
箸を持った譲葉が、一瞬だけコンロの方を向き火力を弱めた。そしてからもう一度、月裏に向き直る。
「……大丈夫だ、そんな事はしない」
強い瞳が、心の深い部分まで捉えて離さない。
「だから、月裏さんも死なないでくれ。俺ももう、誰かが居なくなるのは嫌だ」
譲葉の瞳が、一瞬潤んだように見えた。悲しみの根底にあるものが両親の死だと、月裏には直ぐに分かった。
もう一度キッチンの方を向いた譲葉が、火にかけていたフライパンの中身を掻き回す。
「…………死ぬ時は一緒だ、だから勝手に死ぬなよ」
譲葉の言葉が、月裏の琴線に触れた。
直接的な言葉で死ぬなと言われて、それに強い言葉も添えられて、大きく心が揺らいだ。
きっと譲葉も、両親に置いていかれて寂しかったのだろう。同じ気持ちを知っているから、共感できる。
先立たれる辛さは、痛い位に知っている。
「……うん、分かった………約束する……もう死にたいなんて言わない……」
――もう、死のうとしたりしない。
月裏は心境の変化を恐れ、断言できなかった。
しかしそれでも、純粋に思う。約束したいと。苦しくても悲しくても、死だけは避ける、と。
気付いたら、夜が明けていた。
冷たい床に転がりながら、真っ直ぐに前だけを見詰める。心が空っぽになっていて、意味も無くぼんやりとしてしまう。
不図、体に毛布がかかっているのに気付いた。
「……譲葉くん……?」
上体をゆっくりと起こし辺りを見回してみたが、周囲に譲葉の姿は無い。
家の中から、一切の音も聞こえない。
「………譲葉……くん……?」
無音が不安を作り出し、意味もなく胸を締め付ける。
月裏は直ぐに毛布を脱ぎ捨て、奥の部屋へと走った。
だが、ベッドの上にも譲葉の姿は無い。風呂場もトイレも、服の部屋にもベランダにも居ない。
最後にリビングの扉も開いたが、譲葉は居なかった。
脳内に過ぎるのは¨家出¨の文字だ。
「………う……」
何がこんなにも悲しいのか、何がこんなにも苦しくさせるのか、自分でもよく理解できないまま月裏は膝を付いていた。
まだ不調が続いているのか、寒気と動悸と息切れが甚だしい。頭も様々な思考を回しつつ、はっきりとしない。
月裏は気持ちを静める為、右手を首にかけ、強く力をこめてみる。
だがその時、背後から音がした。
「月裏さん、大丈夫?」
「………えっ?」
振り向くとそこには、いつも使う鞄を肩に背負った譲葉が立っていた。鞄は大きく膨れている。
「……まだ気分悪いか……?」
譲葉は不安定に、だが確かな足取りで横を通り過ぎると、鞄を机上に優しく置いた。
そしてから屈み込んで、視線を真っ直ぐ合わせて来る。
「辛いか?」
月裏は何が何だか分からず、呆然としてしまった。
「今、買い物に行っていた。これから料理しようと思っていたんだが、キッチン使っても良いか?」
いつもの無表情で訊ねられ、月裏はやっと、答えを手繰る為思考を回し始める。
そして、簡単に見つけられた答えを即刻口にする。
「……う、うん……」
「上手くは作れないかもしれないが、作ってみるから待っていてくれ……」
「……うん、ありがとう」
昨日の涙が嘘みたいだ。もしや自分は、幻か夢でもみていたのだろうか。
「立てるか?」
「……あっ、ごめん」
腕に優しく触れられ促されて、月裏は足に力を込めた。そして誘導されるまま、椅子に腰掛ける。
譲葉の様子が普段通り過ぎて、答えが導けない。
夢だったなら有り難いが、それなら廊下で寝ていた理由が必要となる。
譲葉は定位置から、フライパンや包丁、まな板やボウル等を取り出し調理にかかり始めた。
華奢な背中が左右に揺れる。母親の背を見ていた時の、幼い自分が蘇る。
幼かった自分に、心配をかけたくなかったのだろう。父親が病死してからも、母はずっと変わらなかった。
優しくて可愛らしく、頑張り屋なままでずっと接してくれていた。
だから、気付かなかった。
自殺するまで、気付けなかった。
自分の存在が母にとって重荷になっていたかもしれないと思うと、己の存在が疎ましくて仕方が無くなった。
「……………譲葉くん、ごめんね……」
ほんの小さな声に、譲葉は振り向く。だが、確りと聞こえていなかったのか、きょとんとしている。
「…………僕の事、嫌になったら言ってくれて良いから、譲葉くんは死なないで……」
嘘を言った。本当は嫌になったなんて聞きたくない。
けれど、このままの生活を続ければ、次は譲葉が母親のように命を絶ってしまうのでは、という不安が湧いてきて仕方が無かった。
自分の所為で、命を絶たれたら。
箸を持った譲葉が、一瞬だけコンロの方を向き火力を弱めた。そしてからもう一度、月裏に向き直る。
「……大丈夫だ、そんな事はしない」
強い瞳が、心の深い部分まで捉えて離さない。
「だから、月裏さんも死なないでくれ。俺ももう、誰かが居なくなるのは嫌だ」
譲葉の瞳が、一瞬潤んだように見えた。悲しみの根底にあるものが両親の死だと、月裏には直ぐに分かった。
もう一度キッチンの方を向いた譲葉が、火にかけていたフライパンの中身を掻き回す。
「…………死ぬ時は一緒だ、だから勝手に死ぬなよ」
譲葉の言葉が、月裏の琴線に触れた。
直接的な言葉で死ぬなと言われて、それに強い言葉も添えられて、大きく心が揺らいだ。
きっと譲葉も、両親に置いていかれて寂しかったのだろう。同じ気持ちを知っているから、共感できる。
先立たれる辛さは、痛い位に知っている。
「……うん、分かった………約束する……もう死にたいなんて言わない……」
――もう、死のうとしたりしない。
月裏は心境の変化を恐れ、断言できなかった。
しかしそれでも、純粋に思う。約束したいと。苦しくても悲しくても、死だけは避ける、と。
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