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11月17日
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[11月17日、木曜日]
朝になり改めて知った。シャワーを浴びようと脱衣所に入り、洗濯籠に何も入っていないのを見て、洗濯もしてくれたのだと気付いた。
そもそも、洗濯しなければ畳む服も生まれない訳だが。
頼ったり頼られたりする。それこそが家族の定義だと月裏は思っているが、至るまではまだまだ遠そうだ。
自分は兎も角、譲葉が頼ってくる様子をあまり見せない。これでは、同等の負荷になっていない気がする。
「おはよう」
「あっ、おはよう、洗濯物ありがとう」
急な感謝が可笑しかったのか、譲葉はきょとんと目を丸めた。しかし悟ったのか、直ぐに表情を戻した。
「無理、しないでね……」
「ああ、月裏さんもな」
切り返しにより、感情の渦が読まれていると気付いた。
やはり譲葉は繊細だ。些細な変化にも反応してしまう。
それか譲葉の許容によって、自分の方が感情を素直に表してしまうようになっただけだろうか。
どっちか分からないが、ひたすら情けない。自分は譲葉が今落ち込んでいるか、そうでないかさえ分からないのに。
いつか、分かるようになるだろうか。
「……譲葉くん」
「なんだ」
「えっと、何かして欲しい事とか……あれば言ってね」
以前にも、同じような台詞を言った気がする。
「分かった」
その度に、同じ答えを聞いている気もするが。
思考の動きは、定着してしまったように働く意欲を封じ込める。心を守る事が第一優先事項になっており、周辺に気を回すのは二の次だ。
だからミスをして、怒鳴られる回数も増える訳だが。
月裏は、晴れ渡った寒空には目もくれず、範囲の狭いデスクの上ばかり注視し続けた。
今日は珍しく、10時頃に終業した。
今日は早めに寝かせてあげられると、重い体を駆使して駆け足する。
「ただいま、譲葉くん!」
意気揚々と扉を開いてみたのも空しく、廊下は灯りすら灯っていなかった。
帰る時刻が久しぶりに早かったから、足音が自分の物だと気付かなかったのだろうか。
月裏は推理しながら、電源を手探りで入れた。
そのまま靴を脱ぎ、寝室へ挨拶に向かう。
「……譲葉くーん?」
昨日のように反対の部屋にいた場合、盛大に声を出すと自分で恥ずかしくなるので声量は控える。
予想通り、少し開いた部屋に灯りは無かった。
すぐに踵を返し、反対側の衣類部屋の扉を開く。
だが、そこにも譲葉の姿は無かった。
最終的に残るのはリビングと風呂場、そしてお手洗いだが、活動音が聞こえない事から後者の二択は無いと思われる。
その為リビングへと向かった。
「譲葉くん?」
だが、そこにも譲葉は居ない。
もしや外出しているのだろうか、と考えたが、幾らなんでも時間的に遅すぎる。
しかし、家に居るとしても無音過ぎる。元々静かに行動する方ではあるが、静かすぎる。
それに、帰宅したのに応対が無いのが一番可笑しい。
月裏は最善策として、すぐに携帯で譲葉の番号を出した。間髪入れずにコールする。
すると、携帯の単調な着信音が、どこからか微かに聞こえて来た。
月裏は自宅内にある携帯の場所を特定するべく、恐る恐るリビングを出た。
音は寝室の方から聞こえた。その時、先に眠った可能性も浮かんだが、それならば先ほど部屋を見た時、姿が目に映るはずだろう。
月裏は内心ドキドキしながら、寝室の電気を点した。すると、すぐに譲葉が目に付いた。
「ゆ、譲葉くん……!」
譲葉は、ベッドとソファの間の、狭い空間に倒れていた。
駆け寄って抱えると、湿った服が手の平に触れる。髪もじっとりと濡れていて、直ぐに同じ状況を連想させた。
暖房は稼動しておらず、譲葉は冷えている。
「譲葉くん大丈夫……!?」
月裏は泣きそうなまま抱えつつ、携帯をもう一度手に取った。
だが最後の数字をタップする前に、譲葉の声が行動を止めた。
「……月裏、さん……」
「譲葉くん! どうしたの大丈夫!? 辛い? 病院……!」
支離滅裂になる呼びかけを、譲葉は普段通り平坦な声遣いで包んだ。
「……大丈夫だ、ちょっと昔の事を思い出しただけだ……、よくある事だから心配しないでくれ……」
優しさからの拒絶に、一瞬硬直してしまう。だが、生まれた声を飲み込む事は出来なかった。
「…………心配、するよ……」
月裏は不安の絶頂からの安堵感に、譲葉を抱いたまま顔を埋め泣いてしまった。
「……ごめん……」
譲葉の謝罪が、胸を締め付けた。
朝になり改めて知った。シャワーを浴びようと脱衣所に入り、洗濯籠に何も入っていないのを見て、洗濯もしてくれたのだと気付いた。
そもそも、洗濯しなければ畳む服も生まれない訳だが。
頼ったり頼られたりする。それこそが家族の定義だと月裏は思っているが、至るまではまだまだ遠そうだ。
自分は兎も角、譲葉が頼ってくる様子をあまり見せない。これでは、同等の負荷になっていない気がする。
「おはよう」
「あっ、おはよう、洗濯物ありがとう」
急な感謝が可笑しかったのか、譲葉はきょとんと目を丸めた。しかし悟ったのか、直ぐに表情を戻した。
「無理、しないでね……」
「ああ、月裏さんもな」
切り返しにより、感情の渦が読まれていると気付いた。
やはり譲葉は繊細だ。些細な変化にも反応してしまう。
それか譲葉の許容によって、自分の方が感情を素直に表してしまうようになっただけだろうか。
どっちか分からないが、ひたすら情けない。自分は譲葉が今落ち込んでいるか、そうでないかさえ分からないのに。
いつか、分かるようになるだろうか。
「……譲葉くん」
「なんだ」
「えっと、何かして欲しい事とか……あれば言ってね」
以前にも、同じような台詞を言った気がする。
「分かった」
その度に、同じ答えを聞いている気もするが。
思考の動きは、定着してしまったように働く意欲を封じ込める。心を守る事が第一優先事項になっており、周辺に気を回すのは二の次だ。
だからミスをして、怒鳴られる回数も増える訳だが。
月裏は、晴れ渡った寒空には目もくれず、範囲の狭いデスクの上ばかり注視し続けた。
今日は珍しく、10時頃に終業した。
今日は早めに寝かせてあげられると、重い体を駆使して駆け足する。
「ただいま、譲葉くん!」
意気揚々と扉を開いてみたのも空しく、廊下は灯りすら灯っていなかった。
帰る時刻が久しぶりに早かったから、足音が自分の物だと気付かなかったのだろうか。
月裏は推理しながら、電源を手探りで入れた。
そのまま靴を脱ぎ、寝室へ挨拶に向かう。
「……譲葉くーん?」
昨日のように反対の部屋にいた場合、盛大に声を出すと自分で恥ずかしくなるので声量は控える。
予想通り、少し開いた部屋に灯りは無かった。
すぐに踵を返し、反対側の衣類部屋の扉を開く。
だが、そこにも譲葉の姿は無かった。
最終的に残るのはリビングと風呂場、そしてお手洗いだが、活動音が聞こえない事から後者の二択は無いと思われる。
その為リビングへと向かった。
「譲葉くん?」
だが、そこにも譲葉は居ない。
もしや外出しているのだろうか、と考えたが、幾らなんでも時間的に遅すぎる。
しかし、家に居るとしても無音過ぎる。元々静かに行動する方ではあるが、静かすぎる。
それに、帰宅したのに応対が無いのが一番可笑しい。
月裏は最善策として、すぐに携帯で譲葉の番号を出した。間髪入れずにコールする。
すると、携帯の単調な着信音が、どこからか微かに聞こえて来た。
月裏は自宅内にある携帯の場所を特定するべく、恐る恐るリビングを出た。
音は寝室の方から聞こえた。その時、先に眠った可能性も浮かんだが、それならば先ほど部屋を見た時、姿が目に映るはずだろう。
月裏は内心ドキドキしながら、寝室の電気を点した。すると、すぐに譲葉が目に付いた。
「ゆ、譲葉くん……!」
譲葉は、ベッドとソファの間の、狭い空間に倒れていた。
駆け寄って抱えると、湿った服が手の平に触れる。髪もじっとりと濡れていて、直ぐに同じ状況を連想させた。
暖房は稼動しておらず、譲葉は冷えている。
「譲葉くん大丈夫……!?」
月裏は泣きそうなまま抱えつつ、携帯をもう一度手に取った。
だが最後の数字をタップする前に、譲葉の声が行動を止めた。
「……月裏、さん……」
「譲葉くん! どうしたの大丈夫!? 辛い? 病院……!」
支離滅裂になる呼びかけを、譲葉は普段通り平坦な声遣いで包んだ。
「……大丈夫だ、ちょっと昔の事を思い出しただけだ……、よくある事だから心配しないでくれ……」
優しさからの拒絶に、一瞬硬直してしまう。だが、生まれた声を飲み込む事は出来なかった。
「…………心配、するよ……」
月裏は不安の絶頂からの安堵感に、譲葉を抱いたまま顔を埋め泣いてしまった。
「……ごめん……」
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