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11月15日
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[11月15日、火曜日]
だが、やはり持続しない。
不安症なのか、些細なきっかけで不安感は爆発し、歪な形を膨らませてゆく。
久しぶりに聞く雨の音が、更に緊迫感を突きつけてくる。
会社に行くのが怖い。出勤してきた上司に物申されるのが怖い。
昨日抱いた明るい心持ちを思い出そうとは努めてみるが、現状には勝てず気持ちは沈むばかりだ。
また、死んで楽になりたいとの欲に駆られる。
「月裏さん、おはよう」
だが聞こえてきて、思考は一時的に遮断された。
「おはよう」
譲葉は眠そうに欠伸した。早朝の起床の為いつも眠そうではあるが、あからさまな仕草は久しぶりに見た。
「眠い? 寝てきても良いよ」
「……あっ、いや」
譲葉は意外にも言葉を詰まらせ、欠伸のため添えていた手をそのまま口に軽く当てている。そして、僅かに上目遣いと来た。
まるで照れているような仕草に、月裏は小さく笑ってしまった。
「……そう? いつも起きてきてくれて有り難う」
譲葉に対する見方が、少しずつ変化して行く。
元々、好意的な見方をしようと努めたり、譲葉のぶれない優しさがあったりで好印象は抱いていたが、やはり自分の本性を知った上で許容してくれる相手と言うのは好感度が強くなる。
「……いや…………」
「……今日もがんばるね」
意味有り気に言い放ってしまってから、不味かったかと口を塞ぐ。
「……えっと、あの」
譲葉は頷いた。時差の所為で一瞬何に対しての答えか迷いかけたが、恐らく『がんばる』に対しての肯定の返事だろうと思う。
言葉では無いが、気持ちを認めようとの思いが深く伝わってくる。
不穏さは、まだもやもやと歪に心を駆け回っている。
しかしそれでも、月裏は心の中で『がんばろう』と唱えた。
現実は、想像していた通り残酷だ。
復帰した上司は、忙しさに駆け回りながらも何時もと変わらず、酷い言葉を散らしている。
外は土砂降りで、窓を雫が流れては青空も景色も濁らせている。
息が詰まる。何度自分に大丈夫だと言い聞かせても胸は苦しくなるばかりだ。
目の前で飛び降りたら、静かになってくれるだろうか。
なんて、行動に移す気などあまり起こっていないのにも拘らず、イメージ描写だけが流れ出す。
だが途中で譲葉の顔が浮かび、月裏は自ら想像に制止をかけた。
今日もまた、帰宅が遅くなってしまった。ループを始めた日常が、早速膨大な疲れを突きつけてくる。
溜め息を吐きながらも水溜りを踏み込み、急ぎ自宅へと向かった。
眠そうにしていた譲葉を、早く寝かせてあげたいとの気持ちが働いて。
扉を開けると、灯りが付いていた。しかし、そこに譲葉の姿は無い。
「……ゆ、譲葉くん…………?」
恐る恐る奥の部屋を除き込むと、ベッドに座って絵を描く譲葉の姿があった。
気配に気付き、譲葉が顔を上げる。
「……良かった」
「おかえり、お疲れ様」
「廊下の電気点いてたよ、何かしてた?」
何の気も無しに問いかけると、譲葉は若干の戸惑いーーらしき物を見せてから、
「……えっと、月裏さんが帰ってくると思って」
と、ぽつり漏らした。
「えっ、あ、あぁ」
月裏は優しさから来た行為だと知り、発言を今さら恥じる。
譲葉は帰宅に合わせて、廊下の電気を点しておいてくれたのだ。もしかしたら行動するべく、足音を待っていてくれたのかもしれない。
「……ごめん、有り難う……」
月裏が笑うと、譲葉は視線を床に落とした。
「これから点けておく」
不図、昔を思い出す。夕方頃自宅に帰った時、灯りが点いているのといないのとでは、寂しさの度合いが随分違ったのを思い出す。
譲葉は¨家族¨を意識して、行動してくれたのだろうか。
根底にあるものは定かでは無いが、譲葉の行動が愛情による物だとは十分分かる。
「うん、有り難う嬉しいよ」
月裏は、回顧に寄る寂しさを抱きながらも、また笑った。
だが、やはり持続しない。
不安症なのか、些細なきっかけで不安感は爆発し、歪な形を膨らませてゆく。
久しぶりに聞く雨の音が、更に緊迫感を突きつけてくる。
会社に行くのが怖い。出勤してきた上司に物申されるのが怖い。
昨日抱いた明るい心持ちを思い出そうとは努めてみるが、現状には勝てず気持ちは沈むばかりだ。
また、死んで楽になりたいとの欲に駆られる。
「月裏さん、おはよう」
だが聞こえてきて、思考は一時的に遮断された。
「おはよう」
譲葉は眠そうに欠伸した。早朝の起床の為いつも眠そうではあるが、あからさまな仕草は久しぶりに見た。
「眠い? 寝てきても良いよ」
「……あっ、いや」
譲葉は意外にも言葉を詰まらせ、欠伸のため添えていた手をそのまま口に軽く当てている。そして、僅かに上目遣いと来た。
まるで照れているような仕草に、月裏は小さく笑ってしまった。
「……そう? いつも起きてきてくれて有り難う」
譲葉に対する見方が、少しずつ変化して行く。
元々、好意的な見方をしようと努めたり、譲葉のぶれない優しさがあったりで好印象は抱いていたが、やはり自分の本性を知った上で許容してくれる相手と言うのは好感度が強くなる。
「……いや…………」
「……今日もがんばるね」
意味有り気に言い放ってしまってから、不味かったかと口を塞ぐ。
「……えっと、あの」
譲葉は頷いた。時差の所為で一瞬何に対しての答えか迷いかけたが、恐らく『がんばる』に対しての肯定の返事だろうと思う。
言葉では無いが、気持ちを認めようとの思いが深く伝わってくる。
不穏さは、まだもやもやと歪に心を駆け回っている。
しかしそれでも、月裏は心の中で『がんばろう』と唱えた。
現実は、想像していた通り残酷だ。
復帰した上司は、忙しさに駆け回りながらも何時もと変わらず、酷い言葉を散らしている。
外は土砂降りで、窓を雫が流れては青空も景色も濁らせている。
息が詰まる。何度自分に大丈夫だと言い聞かせても胸は苦しくなるばかりだ。
目の前で飛び降りたら、静かになってくれるだろうか。
なんて、行動に移す気などあまり起こっていないのにも拘らず、イメージ描写だけが流れ出す。
だが途中で譲葉の顔が浮かび、月裏は自ら想像に制止をかけた。
今日もまた、帰宅が遅くなってしまった。ループを始めた日常が、早速膨大な疲れを突きつけてくる。
溜め息を吐きながらも水溜りを踏み込み、急ぎ自宅へと向かった。
眠そうにしていた譲葉を、早く寝かせてあげたいとの気持ちが働いて。
扉を開けると、灯りが付いていた。しかし、そこに譲葉の姿は無い。
「……ゆ、譲葉くん…………?」
恐る恐る奥の部屋を除き込むと、ベッドに座って絵を描く譲葉の姿があった。
気配に気付き、譲葉が顔を上げる。
「……良かった」
「おかえり、お疲れ様」
「廊下の電気点いてたよ、何かしてた?」
何の気も無しに問いかけると、譲葉は若干の戸惑いーーらしき物を見せてから、
「……えっと、月裏さんが帰ってくると思って」
と、ぽつり漏らした。
「えっ、あ、あぁ」
月裏は優しさから来た行為だと知り、発言を今さら恥じる。
譲葉は帰宅に合わせて、廊下の電気を点しておいてくれたのだ。もしかしたら行動するべく、足音を待っていてくれたのかもしれない。
「……ごめん、有り難う……」
月裏が笑うと、譲葉は視線を床に落とした。
「これから点けておく」
不図、昔を思い出す。夕方頃自宅に帰った時、灯りが点いているのといないのとでは、寂しさの度合いが随分違ったのを思い出す。
譲葉は¨家族¨を意識して、行動してくれたのだろうか。
根底にあるものは定かでは無いが、譲葉の行動が愛情による物だとは十分分かる。
「うん、有り難う嬉しいよ」
月裏は、回顧に寄る寂しさを抱きながらも、また笑った。
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