造花の開く頃に

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11月13日

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[11月13日、日曜日]
 絆とは、どうやって培う物なのだろうか。
 早朝より目覚めた月裏は、ベッドに潜り込んだまま考え込んでいた。
 時間、愛情、心を読む技術。必要なものなら簡単に思いつく。
 ただ、言葉として、認識として思いつくだけで、現状に対応できる解決策にはならない。

 思いに耽っていると、譲葉の布団が動いた。横目にチラついた動きに反応し、そちらを見遣る。
 すると、直ぐに目が合った。譲葉が一番にこちらを見たのだ。

「おはよう、月裏さん」
「おはよう、譲葉くん」
「お風呂入れて、洗濯物回して来る」
「うん、ありがとう、お願いします」

 テキパキとした譲葉の行動を見送り、月裏も上体を起こした。
 カーテンを開いたが、まだ日は昇っておらず暗いままだ。
 譲葉が洗濯と入浴を終えるまでの間、何の予定も無かったが取り合えずリビングに向かう事にした。

 二人とも風呂を済ませ、譲葉も役割を終えると、日課通り買い物に出るため敷居を跨ぐ。杖のコツンという音が、床をリズムよく叩いた。
 朝日が顔を出し始める早朝は、薄暗く寒い。

「譲葉くん、寒くない?」
「大丈夫だ」
「やっぱマフラーとか欲しいよね、これからもっと寒くなるだろうし」

 ちらほらと周りを行き来する人間の中には、既にマフラーや手袋等を見につけている者も見かける。

「……そうだな」
「……今年はどの位雪積もるかな……」

 この地方は雪が降りやすい地方なのか、毎年のように降っては積もる。
 ただ、雪は月裏にとって、ただ空気を冷たくするだけの煩い物に過ぎないのだが。
 譲葉は答えに迷っているのか、月裏の顔を見遣りながらも何も言わなかった。

「……雪降ったら、雪だるまでも作ってみる?」

 少し先の未来をイメージしながら冗談半分に笑むと、譲葉はまた少し黙り込んでから、

「……良いかもしれないな」

 意外にも肯定した。

 マフラーと手袋の購入を目的に、衣類コーナーの近くから入店する。
 日用品コーナーは省き、早速服のある一角へと向かった。

「譲葉くん、選んで」

 促され、少し困った反応をしながらも、視線をマフラーのかかった棚へと移動する。
 だが、想像通りなかなか決定には辿り着かず、手にとって見つめては悩んでいる。
 時々振り返っては何かを訴える目を見せたが、月裏には何を訴えているか理解出来なかった。

 酷な事をしているだろうか。
 しかし、必要物を勝手に購入して好みにそぐわなかったらと考えると、自分で選んでもらった方が賢明ではないかと思ってしまうのだ。
 だから自ら選択してもらう訳だが、困られると意地悪している気にもなってくる。
 それかもしかして、見られていると選び辛いと言うやつだろうか。

「……そうだ……!」

 譲葉は閃きに反応し、振り返る。手にはまだ、決められたマフラーは無い。

「譲葉くん、急だけどお小遣いをあげるよ」
「えっ」
「そうだなぁ、週ごとで良いかな? それで自分の好きな物を買って欲しいな」

 譲葉は、急な提案に硬直気味だ。振り向き気味の体勢のまま月裏を見ている。

「服でも小説でも、あ、小説は言ってくれれば注文するから」
「…………でも、申し訳ない」

 漸く吐かれた言葉は、やはり遠慮に満ちていた。
 強引過ぎただろうかと改めて内容を振り返ったが、自分的には良い案だとしか思えない。
 人の目がある場所で選ぶのが嫌なら、また別の日に一人で来て選べば良いし、人のお金だからと心配しているなら、自分の物だと区切られれば幾らか使いやすくはなるだろう。

「えっと、洗濯干してくれてるし、料理も手伝ってくれてるし……」
「でもそれは、住まわせてもらっているからであって……」
「僕らは家族みたいなものだよ、だからそこは無し」

 実感は置いておいて、形の表現としては間違っていないはずだ。強硬手段として用いるのは些か心が痛いが、そうでもしないと遠慮は終わらないだろうし。
 譲葉は圧されたのか、黙り込んで浅く首肯した。

「……でもそれなら、お風呂掃除とか窓拭きとかその辺もやりたい、その他の仕事もあるならさせて欲しい」

 仕事の追加も含めて。
 月裏は申請に驚きつつも、譲葉の気持ちを汲み取る。月裏にとっても少し申し訳なさはあったが、仕事の報酬としての小遣いでも、納得してくれるならそちらの方がいい。

「……うん、ありがとう、じゃあお願いしようかな、でも無理は無しね」
「…………じゃあ、これはまた次回に買いに来る」

 譲葉は、視線をマフラーへと流す。
 結果、今回の購入品も食料が全てを占めた。

 慰められてから、弱みを見せてからの始めての日曜日に少し戸惑う。
 あれから数日、何度か顔を見合わせ話はしたが、共に料理するというリラックスした環境下ではどうしてか気を張ってしまう。
 何か気の聞いた話をしなくてはと、無駄に頭を悩ませてしまう。

「おばあちゃんとは電話してる?」

 月裏自身も驚くくらい突然、そんな質問が口をついた。譲葉との共通点について巡らせた結果、祖母が脳内に過ぎったのだ。

「ばあちゃんがかけてきてくれて、時々してる」
「そっか、何話してるの?」

 お節介かな、と一瞬思ったが、譲葉が直ぐに反応を見せたため後悔は無しにした。

「何してるかとか、施設の事とか、あと月裏さんの事も」
「あっ、僕の事も、ね」

 恐らく元気でやっているかとか、その辺りの話だろう。

「施設、どうだって?」

 想像出来てしまい、わざと触れるのは止めた。

「不便な部分もあるけど、それなりに快適って言ってた。でもやっぱちょっと寂しいとも言ってた」
「……そっか、僕もまた電話してみようかな……」

 会話が幕を閉じると、急に気不味さを感じてしまう。月裏は次なる話題を探し、脳内を掻き回した。

「料理、上手くなったね」

 たった一ヶ月、しかも週末に一度きりだから、集約するとたった4日ほどに過ぎないが、それでも腕を上げたのが目に見えて分かる。
 やはり、彼は器用だ。元々の経験も上達に一躍買っているのかも知れないが、それでも人より早い気がする。

「そんな事は無い、月裏さんみたいに作れるようになりたい」
「えっ、僕もそんな大そうな物は作ってないよ」
「料理好きなのか?」

 何気ない質問に、月裏は言葉を詰まらせてしまった。
 好きかと問われて、単刀直入に答えるなら¨普通¨だ。
 勿論、進んで取り組んではいるのだが、アドバイスを受け止め作っているだけに過ぎない部分もある。
 しかし、そんな答えを譲葉が喜ぶ訳がない。

「…………えっと……好きだよ……?」
「そうか」

 譲葉がそれ以上言葉を重ねなかった為、欺けたかはっきりと分からなかった。もやもやが心を巣食う。
 自分が本当に、好きな事はなんだろう。
 月裏はある筈の物が無い事に気付いてしまい、物寂しさを覚えた。

 結局その日も、普段の日課通りに過ごし、あまり実を結ばないまま夜が更けた。
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