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11月10日
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[11月10日、木曜日]
目が覚める頃には、すっかり雨音は消えていた。とは言え、明るい光もないが。
けれど、今日は何だか調子がいい。
――ずっと誰かに、助けて欲しかったのかもしれない。
気付かなかった訳では無いが、認めたくなかったのだ。
認めてしまえば更に脆くなってしまう気がして、認められなかったのだ。
それならば死んでしまった方がマシなのだと、本当の気持ちを押さえつけていたのかもしれない。
譲葉が居てくれて良かった。もう何度目かになるが、そう思う。
ここに来てくれて良かったと、心から思う。
きっとこの先も葛藤や問題は消えない。自殺願望だって付き纏うだろう。それは分かっている。
けれどはじめて、報いたいと思った。
その為には、生きなければと思った。
これもいつもみたいに、長くは続かない思いかもしれないけど。
月裏は不意に思い立ち上体を起こすと、リビングへと向かった。
リビングの片隅に、大事な物を仕舞う小さな三段ボックスがある。
通帳や殆ど使わないキャッシュカード、印鑑等が綺麗に整頓されてしまわれている。
月裏は曖昧な記憶を頼りに、上から3段目の引き出しをめいっぱい引いた。
奥の仕切られた囲いの中に、目的の品は収納されていた。
鍵だ。今もっている物と同じ型の、所謂スペアキーというやつだ。
月裏は取り出して、空っぽのポケットにそっと仕舞った。
「……おはよう、月裏さん」
扉越しに現れた譲葉は、相変わらず眠そうだ。言わないが、瞳が語っている。
「おはよう、譲葉くん」
直ぐに、昨日の一件が脳裏を過ぎったが、敢えて口にはしなかった。
その代わりに、突然の思い付きを実行する。
「急だけど、あげたい物があるんだ」
譲葉は瞳を丸くして、不思議そうに入室した。
「これ」
ポケットに一時的に仕舞っておいた、合鍵を差し出す。
譲葉は数秒間に亘り、きょとんと鍵を見つめた後、畏まりながら手に取った。
「好きな時に外に出て良いよ、ずっと家にばかり縛り付けちゃってごめんね」
譲葉に報いたいとの願いから、繋がりで思い出した。
――恩返しの前に、生活への充実感を満たすのが先だと気付いたのだ。
まずは私生活の上から、不自由や窮屈感を完全に覗き去る事。
それが、当面の目標になる。
一つずつクリアし満たせたら、その時に恩返しに踏み切ろう。
前に抱いた課題の一つに¨譲葉の外出の機会を増やす¨との項目があった。その為の手段を今講じたのだ。
何を考えているのか、譲葉は手の中の小さな鍵を一点に見つめ続ける。
月裏は分かり辛い反応に、内心緊張を高まらせながらも冷静を装った。
「あ、それと、携帯の電話番号教えてくれない?」
静寂がもどかしくなった月裏は、半ば無意識に口にする。
忙しさに追い遣られ忘れていたが、また急に思い出したのだ。
「…………分かった」
譲葉はポケットに入れていた携帯を取り出し、月裏へと差し出す。
てっきり赤外線交換をするとばかり思っていた月裏は、些か戸惑ったが手だけはすぐに出した。
「…………えっと、見ていいの?」
「あぁ。交換の仕方、分からないから頼む」
恥ずかしげも無い暴露に、月裏は少し悲観を重ねた。
だが、膨らます前に切り替える。
月裏は譲葉の携帯を手に、交換の為の手順を進めた。
電車に揺られながら、動かない画面を見つめる。
そこには譲葉の電話番号、そしてメールアドレスの二つの情報が記載されていた。
この携帯にとっても、久しぶりの情報更新だ。
友人の多い人間ならアドレス交換の一つや二つ、きっと日常のひとコマ位にしかならないのだろう。
しかし、人との繋がりが少ない月裏にとって、これは特別な一歩だ。
連絡が取れれば、居場所が分かる。思い立った時、直ぐに伝言もできる。
心配させる事も、多分ちょっとは減る。
目に見えた大きな進歩に、月裏は微かに笑った。
普段通り、疲れは隠して挨拶すると、譲葉は今日もスケッチブックを見ていた。
「おかえり月裏さん、お疲れ様」
昨日に続く行動から、一つの可能性に気付く。
「……もしかして、本終わった?」
「……一通り読んで、今は昼にもう一回読んでる」
日に日に栞の挟まれる位置が後ろへ移動していて、もう直ぐだろうとは思っていた。
「新しいの要る?」
「いいや、今は良い」
月裏は遠慮として受け取り、少し寂しくなったが、
「…………また読みたいの見つけたら、お願いするかもしれない」
完全な拒否では無いと分かり、寂しさは色を変えた。
「……うん、待ってるよ」
小さくも、当初では有り得なかった明らかな変化に、月裏は嬉しさを意識した。
目が覚める頃には、すっかり雨音は消えていた。とは言え、明るい光もないが。
けれど、今日は何だか調子がいい。
――ずっと誰かに、助けて欲しかったのかもしれない。
気付かなかった訳では無いが、認めたくなかったのだ。
認めてしまえば更に脆くなってしまう気がして、認められなかったのだ。
それならば死んでしまった方がマシなのだと、本当の気持ちを押さえつけていたのかもしれない。
譲葉が居てくれて良かった。もう何度目かになるが、そう思う。
ここに来てくれて良かったと、心から思う。
きっとこの先も葛藤や問題は消えない。自殺願望だって付き纏うだろう。それは分かっている。
けれどはじめて、報いたいと思った。
その為には、生きなければと思った。
これもいつもみたいに、長くは続かない思いかもしれないけど。
月裏は不意に思い立ち上体を起こすと、リビングへと向かった。
リビングの片隅に、大事な物を仕舞う小さな三段ボックスがある。
通帳や殆ど使わないキャッシュカード、印鑑等が綺麗に整頓されてしまわれている。
月裏は曖昧な記憶を頼りに、上から3段目の引き出しをめいっぱい引いた。
奥の仕切られた囲いの中に、目的の品は収納されていた。
鍵だ。今もっている物と同じ型の、所謂スペアキーというやつだ。
月裏は取り出して、空っぽのポケットにそっと仕舞った。
「……おはよう、月裏さん」
扉越しに現れた譲葉は、相変わらず眠そうだ。言わないが、瞳が語っている。
「おはよう、譲葉くん」
直ぐに、昨日の一件が脳裏を過ぎったが、敢えて口にはしなかった。
その代わりに、突然の思い付きを実行する。
「急だけど、あげたい物があるんだ」
譲葉は瞳を丸くして、不思議そうに入室した。
「これ」
ポケットに一時的に仕舞っておいた、合鍵を差し出す。
譲葉は数秒間に亘り、きょとんと鍵を見つめた後、畏まりながら手に取った。
「好きな時に外に出て良いよ、ずっと家にばかり縛り付けちゃってごめんね」
譲葉に報いたいとの願いから、繋がりで思い出した。
――恩返しの前に、生活への充実感を満たすのが先だと気付いたのだ。
まずは私生活の上から、不自由や窮屈感を完全に覗き去る事。
それが、当面の目標になる。
一つずつクリアし満たせたら、その時に恩返しに踏み切ろう。
前に抱いた課題の一つに¨譲葉の外出の機会を増やす¨との項目があった。その為の手段を今講じたのだ。
何を考えているのか、譲葉は手の中の小さな鍵を一点に見つめ続ける。
月裏は分かり辛い反応に、内心緊張を高まらせながらも冷静を装った。
「あ、それと、携帯の電話番号教えてくれない?」
静寂がもどかしくなった月裏は、半ば無意識に口にする。
忙しさに追い遣られ忘れていたが、また急に思い出したのだ。
「…………分かった」
譲葉はポケットに入れていた携帯を取り出し、月裏へと差し出す。
てっきり赤外線交換をするとばかり思っていた月裏は、些か戸惑ったが手だけはすぐに出した。
「…………えっと、見ていいの?」
「あぁ。交換の仕方、分からないから頼む」
恥ずかしげも無い暴露に、月裏は少し悲観を重ねた。
だが、膨らます前に切り替える。
月裏は譲葉の携帯を手に、交換の為の手順を進めた。
電車に揺られながら、動かない画面を見つめる。
そこには譲葉の電話番号、そしてメールアドレスの二つの情報が記載されていた。
この携帯にとっても、久しぶりの情報更新だ。
友人の多い人間ならアドレス交換の一つや二つ、きっと日常のひとコマ位にしかならないのだろう。
しかし、人との繋がりが少ない月裏にとって、これは特別な一歩だ。
連絡が取れれば、居場所が分かる。思い立った時、直ぐに伝言もできる。
心配させる事も、多分ちょっとは減る。
目に見えた大きな進歩に、月裏は微かに笑った。
普段通り、疲れは隠して挨拶すると、譲葉は今日もスケッチブックを見ていた。
「おかえり月裏さん、お疲れ様」
昨日に続く行動から、一つの可能性に気付く。
「……もしかして、本終わった?」
「……一通り読んで、今は昼にもう一回読んでる」
日に日に栞の挟まれる位置が後ろへ移動していて、もう直ぐだろうとは思っていた。
「新しいの要る?」
「いいや、今は良い」
月裏は遠慮として受け取り、少し寂しくなったが、
「…………また読みたいの見つけたら、お願いするかもしれない」
完全な拒否では無いと分かり、寂しさは色を変えた。
「……うん、待ってるよ」
小さくも、当初では有り得なかった明らかな変化に、月裏は嬉しさを意識した。
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