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11月6日【1】
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[11月6日、日曜日]
月裏は携帯電話を見つめながら、リビングにて椅子に腰掛けていた。冷や汗が流れ出し、動悸が激しい。
表示された画面には、会社の電話番号が映し出されている。
そう、帰宅を知らせるか迷っていたのだ。
いや、目覚めた時点で直ぐにでも報告すべきだとは分かっていた。
けれど、行動に移せなかったのだ。
もういっそ仕事を辞めてしまおうかな、とも一瞬思ったが、踏み切る行動力も無く決心には辿り着かない。
いつもそうだ。逃げる手段は幾らでも考え付くのに、行動に移したその先が曖昧にしか見えず、それに不安を抱いて進めない。
結果、ずるずると同じ日々を繰り返してしまうのだ。
悩みこんでいると、服の部屋から洗濯機が稼動し始める音が聞こえた。
どうやら、譲葉が目覚めたらしい。そしてから、シャワーを浴びる音も聞こえはじめた。
月裏は、時間を空けるほど掛け辛くなると理解しながらも、発信ボタンに指を置けず、ホーム画面に戻してから電源ごと切った。
真っ暗になった画面をぼんやりと見つめていると、扉が音も無く開く。
「おはよう、月裏さん」
「お、おはよう譲葉君、シャワー寒くなかった?」
先程、一週間ぶりに音を聞いて今さら気付いた。また今回も遅くなってしまったと後悔が包む。
いや、少しは気になっていたが、また別の内容に気を取られてしまい言えなかったのだ。
「外には暖房もあるし大丈夫だ」
だが譲葉は、変わらず冷静に遠慮する。
実際、脱衣所には暖房を用意してあるが、それでも入浴時は辛い筈だ。
「……浴槽、入れても良いからね」
「……分かった。そうだ、洗濯もう直ぐだから待っててくれ」
「あ、うん、ごめんね、ありがとう」
目の前に居るのは何の変化もない譲葉で、普段通り会話をしている筈なのに緊張する。
「ゆ、譲葉くん、食べたい物とかある?」
月裏は緊張感を悟られたくなくて、無理矢理話を切り出していた。発言してから、無理矢理すぎただろうかと更に気まずさを覚えた。が、
「…………食べたい物、か」
譲葉は、一切の顔色を変えずに考え始めた。
会話は続かないままで、洗濯終了の音が空間を裂いた。
月裏は、洗濯の仕事に向かった譲葉の背が扉の向こうに消えた瞬間、大きく息を吐いていた。
見る限りでは、譲葉は昨日の一件を意識していないように思える。
しかし、隠すのが上手い譲葉の事だ。表現しないだけで、心の中では何か巡らせているかもしれない。
不安だ、とても不安だ。
彼が何を思おうが、生活上に支障は出ないだろう。それは分かっているのだ。
他人が何を思おうと、自分に関係ないと分かっていても、考えている内容が、評価が、気になってしまうのだ。
なんて、性質の悪い性格だろう。
月裏は、左手を首に軽く密着させ、そっと力を込めてみた。
暫くして、薄く扉が開く。
「月裏さん、終わった」
「お疲れ様、行こうか」
出現を見て、財布の入ったエコバックを肩にかけた。譲葉は行動を見越して、先に廊下へと出る。月裏も直ぐにその背を追いかけた。
だが、横並びになってしまわないように速度を調整しながら、玄関扉を潜るまで一歩後方を維持した。
朝なのに薄暗い。そして、とても寒い。
譲葉はこの間買ったコートを纏い、また記憶に焼き付けるようにして景色を眺めている。
突如現れた、塀を歩く猫が気になるのか、視線が集中して猫を追いかけている。
しかし、気まぐれな猫は直ぐにどこかへ消えてしまった。
「猫、好きなの?」
「あぁ、動物は好きだ」
「そっか」
月裏はまた一つ組み込まれた情報を、どうにか生かせないか一人考え始めた。
今日は時間があるからと、スーパーを一周する事にした。少しでも、直接相対する時間を減らしたいとの思惑は、もちろん秘密だ。
雑貨コーナーで新しい画材を薦めてみたが、今あるもので十分だと言って手に取りさえしなかった。
次に立ち寄った衣類品コーナーで、手袋とマフラーを見つけてそれも薦めてみたが、無くてもやっていけると否定されてしまった。
その為、購入品はいつもと変わりなく、食品が大半を占めた。
ぎこちない。どうすれば良いか分からない。
必死で笑いかけてみても、それはそれで、上手く表情が作れているかの心配に駆られる。
そんな状態での料理は、ひたすらやり辛く苦しい。
「月裏さん」
「えっ、何? どうしたの?」
譲葉の突然の呼びかけに、鼓動が激しく脈打ち出す。昨日の一件を掘り起こされでもしたら、辛くなって泣いてしまいそうだ。
「……辛いのか?」
譲葉の、いつもの沈んだ声に小さく驚き、そして僅かな絶望を味わった。
やっぱり上手く取り繕えていなかったのだと、心に刺さる棘に胸を痛める。
しかし、無理矢理な笑顔は崩さなかった。
「……ううん、大丈夫だよ……?」
「……そうか、ならいい」
譲葉は浅く上げた顔を、手元へと戻してしまった。そして、慣れた手付きでフライパンを揺すった。
食事中も、卒の無い会話を選択し時々投入した。
自分は元気だと、いつも通りだと、昨日の件を流してもらえるように懸命に取り組む。
どうか嫌われませんようにと、良いお兄さんを取り戻そうと躍起になる。
無駄になる可能性があると、分かっていても止められなかった。
だが、個々の活動が始まってしまえば会話の必要も無く、時間だけが刻々と進んだ。
月裏は携帯電話を見つめながら、リビングにて椅子に腰掛けていた。冷や汗が流れ出し、動悸が激しい。
表示された画面には、会社の電話番号が映し出されている。
そう、帰宅を知らせるか迷っていたのだ。
いや、目覚めた時点で直ぐにでも報告すべきだとは分かっていた。
けれど、行動に移せなかったのだ。
もういっそ仕事を辞めてしまおうかな、とも一瞬思ったが、踏み切る行動力も無く決心には辿り着かない。
いつもそうだ。逃げる手段は幾らでも考え付くのに、行動に移したその先が曖昧にしか見えず、それに不安を抱いて進めない。
結果、ずるずると同じ日々を繰り返してしまうのだ。
悩みこんでいると、服の部屋から洗濯機が稼動し始める音が聞こえた。
どうやら、譲葉が目覚めたらしい。そしてから、シャワーを浴びる音も聞こえはじめた。
月裏は、時間を空けるほど掛け辛くなると理解しながらも、発信ボタンに指を置けず、ホーム画面に戻してから電源ごと切った。
真っ暗になった画面をぼんやりと見つめていると、扉が音も無く開く。
「おはよう、月裏さん」
「お、おはよう譲葉君、シャワー寒くなかった?」
先程、一週間ぶりに音を聞いて今さら気付いた。また今回も遅くなってしまったと後悔が包む。
いや、少しは気になっていたが、また別の内容に気を取られてしまい言えなかったのだ。
「外には暖房もあるし大丈夫だ」
だが譲葉は、変わらず冷静に遠慮する。
実際、脱衣所には暖房を用意してあるが、それでも入浴時は辛い筈だ。
「……浴槽、入れても良いからね」
「……分かった。そうだ、洗濯もう直ぐだから待っててくれ」
「あ、うん、ごめんね、ありがとう」
目の前に居るのは何の変化もない譲葉で、普段通り会話をしている筈なのに緊張する。
「ゆ、譲葉くん、食べたい物とかある?」
月裏は緊張感を悟られたくなくて、無理矢理話を切り出していた。発言してから、無理矢理すぎただろうかと更に気まずさを覚えた。が、
「…………食べたい物、か」
譲葉は、一切の顔色を変えずに考え始めた。
会話は続かないままで、洗濯終了の音が空間を裂いた。
月裏は、洗濯の仕事に向かった譲葉の背が扉の向こうに消えた瞬間、大きく息を吐いていた。
見る限りでは、譲葉は昨日の一件を意識していないように思える。
しかし、隠すのが上手い譲葉の事だ。表現しないだけで、心の中では何か巡らせているかもしれない。
不安だ、とても不安だ。
彼が何を思おうが、生活上に支障は出ないだろう。それは分かっているのだ。
他人が何を思おうと、自分に関係ないと分かっていても、考えている内容が、評価が、気になってしまうのだ。
なんて、性質の悪い性格だろう。
月裏は、左手を首に軽く密着させ、そっと力を込めてみた。
暫くして、薄く扉が開く。
「月裏さん、終わった」
「お疲れ様、行こうか」
出現を見て、財布の入ったエコバックを肩にかけた。譲葉は行動を見越して、先に廊下へと出る。月裏も直ぐにその背を追いかけた。
だが、横並びになってしまわないように速度を調整しながら、玄関扉を潜るまで一歩後方を維持した。
朝なのに薄暗い。そして、とても寒い。
譲葉はこの間買ったコートを纏い、また記憶に焼き付けるようにして景色を眺めている。
突如現れた、塀を歩く猫が気になるのか、視線が集中して猫を追いかけている。
しかし、気まぐれな猫は直ぐにどこかへ消えてしまった。
「猫、好きなの?」
「あぁ、動物は好きだ」
「そっか」
月裏はまた一つ組み込まれた情報を、どうにか生かせないか一人考え始めた。
今日は時間があるからと、スーパーを一周する事にした。少しでも、直接相対する時間を減らしたいとの思惑は、もちろん秘密だ。
雑貨コーナーで新しい画材を薦めてみたが、今あるもので十分だと言って手に取りさえしなかった。
次に立ち寄った衣類品コーナーで、手袋とマフラーを見つけてそれも薦めてみたが、無くてもやっていけると否定されてしまった。
その為、購入品はいつもと変わりなく、食品が大半を占めた。
ぎこちない。どうすれば良いか分からない。
必死で笑いかけてみても、それはそれで、上手く表情が作れているかの心配に駆られる。
そんな状態での料理は、ひたすらやり辛く苦しい。
「月裏さん」
「えっ、何? どうしたの?」
譲葉の突然の呼びかけに、鼓動が激しく脈打ち出す。昨日の一件を掘り起こされでもしたら、辛くなって泣いてしまいそうだ。
「……辛いのか?」
譲葉の、いつもの沈んだ声に小さく驚き、そして僅かな絶望を味わった。
やっぱり上手く取り繕えていなかったのだと、心に刺さる棘に胸を痛める。
しかし、無理矢理な笑顔は崩さなかった。
「……ううん、大丈夫だよ……?」
「……そうか、ならいい」
譲葉は浅く上げた顔を、手元へと戻してしまった。そして、慣れた手付きでフライパンを揺すった。
食事中も、卒の無い会話を選択し時々投入した。
自分は元気だと、いつも通りだと、昨日の件を流してもらえるように懸命に取り組む。
どうか嫌われませんようにと、良いお兄さんを取り戻そうと躍起になる。
無駄になる可能性があると、分かっていても止められなかった。
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