造花の開く頃に

有箱

文字の大きさ
上 下
38 / 122

10月30日

しおりを挟む
[10月30日、日曜日]
 何の問題も出来事もないまま、数日が経過した。
 心が不安定に揺れ意味もなく色々考えたり、悪夢を見るのは日常の一枠なので、勿論その間もあった。

 今日は日曜日である。まず、起床して直ぐに服を脱いで、洗濯機を稼動させる。
 その間にシャワーを浴びて、空いた時間で音楽鑑賞をしたり、必要な物をリストアップしたりする。

 リビングの定位置で料理本を見ながら、買い物リストを制作していると、譲葉が顔を出した。

「おはよう」
「おはよう、月裏さん」

 向かい合う位置の、いつしかお決まりの場所となった椅子に、譲葉はちょこんと腰掛ける。

「……今洗濯回してるから、買い物もうちょっと待っててくれる?」
「分かった」

 言葉を正直に聞き入れた譲葉は、席に付いたまま月裏の見詰める料理本に視線を送ってきた。
 その視線が段々痛くなってきて、回避方法を探しだす。

「……お風呂、入って来ても良いよ」

 ページを捲る手を無言で追う譲葉は、数秒置いてから返答した。

「……洗濯物、後どの位だ?」
「…うん?うーん、もう直ぐかな?」
「洗濯、俺がする」
「えっ?いいよいいよ、大丈夫だよ」

 流れの中でさらりと言い切られ、月裏は全力で否定した。量はあるが、慣れた仕事なので苦ではない。
 何より、足を不自由にしている譲葉に負担をかけたくないと思った。
 譲葉は絶句し、その場で静止する。月裏も、反応にどう面すれば良いのか、今一分からず硬直する。

「…月裏さん」

 静かな発声が、二人の凍結を解いた。

「何、かな…?」

 代わりに現れた緊張感が、背筋を縮こまらせる。

「仕事が欲しい。殆ど何もせず置いてもらうのは、やっぱり駄目だ。だから何かさせて欲しい。外に出て仕事は出来ないが、家事ぐらいなら出来る」
「…でも」
「お願いだ、自分が納得したい」

 はっきりとした口調に、圧倒される。
 求めてはいない。しかし譲葉が心苦しいというのなら、要望に応えるのも必要なのかもしれない。

「…じゃあ…、洗濯物頼める?」

 譲葉は深く頷いた。その面持ちは、どこか満足気に見えた。

 機械が終了を知らせると、譲葉は部屋を出て行った。月裏も付いて行きそうになったが、任せた仕事に手出しをするのも悪いと思い、そわそわとしながらその場で待機した。

 いつもの顔で部屋に戻ってきた譲葉と、買い物に出て買い物をした。
 今日は時間に余裕があった為、広いコーナーをほぼ全部網羅したが、購入品は日頃と大差なかった。

 トントンと、包丁がテンポ良くまな板を叩く。譲葉は指示待ちしながら、手際よく動く手付きを見ている。

「……切ってみる?」

 今朝の一件から、譲葉が気持ちを持て余しているのではないかと考え、月裏はそっと手を止めていた。

「良いのか?」
「うん、嫌だったら嫌って言ってね」
「切る、どう切るんだ」
「そうだね、こう…」

 譲葉は包丁を受け取るとゆっくりと、けれど一手一手確かに、繋がる事もなく野菜を切り離していった。
 祖母を手伝っていた際、包丁を持った経験が少しはあるのか、若い青年にしては手際が良い。

「上手いね」

 ただ、切った後改めて見てみると、その形が祖母の切り方によく似ていて、思わず月裏は笑ってしまった。
 譲葉は、なぜ笑われているのか理解できていないらしく、不思議そうにしていた。
 あまり表情の変わらない譲葉に対し、何気ない疑問が浮かぶ。

「………楽しい?」

 譲葉は、刃先に集中力を傾けながらも、深く頷く。 

「楽しい」

 付け加えられた言葉を裏付けるかのように、優しく瞳がまどろんでいた。

 調理していると、玄関のチャイムが鳴った。久しぶりの音声に、つい吃驚してしまう。
 だが少し考えれば、来客が誰であるか直ぐに想定できた。

「出てくるね」

 扉を開くと、制服に身を包んだ宅配業者の人間が立っていた。小包を二つ手に、受け取り証明を要求してくる。
 月裏は借りたボールペンで、指定の場所に¨朝日奈¨と署名した。

 受け取り、直ぐにリビングへと戻る。小さい方の小包は後で開けようと思い、玄関の造花の傍においておいた。

「譲葉君、小説来たよ」

 泡だて器を動かしていた譲葉は、顔をあげ包みに視線を向ける。錯覚かもしれないが、少し瞳が輝いたように見えた。

「とりあえず、ここにおいておくね」

 調理中である事を考え、譲葉の席の机上に包まれたまま優しく置く。

「ありがとう」

 月裏は小さな満足感に、少しだけ微笑み調理の続きを開始した。

 食後、日課を終えると、譲葉は少し月裏を伺いながらも、直ぐに包装を解き小説を読み始めた。
 横を透る際ちらりと中を見てみたが、活字があまり好きではない月裏にとっては難しそうに見えた。
 だが、譲葉が集中し、一心に見つめている様子を見るだけで、心が安らぐのが分かった。

 月裏はもう一つの小包を開けるため、玄関に来ていた。
 久しぶりに頼んでみた品物の、現物を確認する為そっと開いてゆく。
 その中には、仄かに紫色がかかった青い造花が入っていた。ケースに収められ、美しく咲いている。
 月裏は、急に蘇る寂しい気持ちに蓋をして、空けた場所へとそっと、ケースごと飾った。

 不図、心の中に不安が過ぎる。その所為で、押さえつけた寂しさが、度を越えて飛び出してきた。
 ――――両親のように、譲葉がいなくなってしまったら。

 月裏は気分が悪くなり、勘付かれないよう無音でトイレに駆け込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

真っ白な雪山と肩出しワンピースの君

有箱
現代文学
訳あって雪山で遭難した僕。 声をかけられ目を向けると、そこにいたのは赤い肩出しワンピースを着た少女だった。 帰り道を教えてくれると少女は言う。 彼女の正体も分からないまま後を追うが。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...