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10月30日
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[10月30日、日曜日]
何の問題も出来事もないまま、数日が経過した。
心が不安定に揺れ意味もなく色々考えたり、悪夢を見るのは日常の一枠なので、勿論その間もあった。
今日は日曜日である。まず、起床して直ぐに服を脱いで、洗濯機を稼動させる。
その間にシャワーを浴びて、空いた時間で音楽鑑賞をしたり、必要な物をリストアップしたりする。
リビングの定位置で料理本を見ながら、買い物リストを制作していると、譲葉が顔を出した。
「おはよう」
「おはよう、月裏さん」
向かい合う位置の、いつしかお決まりの場所となった椅子に、譲葉はちょこんと腰掛ける。
「……今洗濯回してるから、買い物もうちょっと待っててくれる?」
「分かった」
言葉を正直に聞き入れた譲葉は、席に付いたまま月裏の見詰める料理本に視線を送ってきた。
その視線が段々痛くなってきて、回避方法を探しだす。
「……お風呂、入って来ても良いよ」
ページを捲る手を無言で追う譲葉は、数秒置いてから返答した。
「……洗濯物、後どの位だ?」
「…うん?うーん、もう直ぐかな?」
「洗濯、俺がする」
「えっ?いいよいいよ、大丈夫だよ」
流れの中でさらりと言い切られ、月裏は全力で否定した。量はあるが、慣れた仕事なので苦ではない。
何より、足を不自由にしている譲葉に負担をかけたくないと思った。
譲葉は絶句し、その場で静止する。月裏も、反応にどう面すれば良いのか、今一分からず硬直する。
「…月裏さん」
静かな発声が、二人の凍結を解いた。
「何、かな…?」
代わりに現れた緊張感が、背筋を縮こまらせる。
「仕事が欲しい。殆ど何もせず置いてもらうのは、やっぱり駄目だ。だから何かさせて欲しい。外に出て仕事は出来ないが、家事ぐらいなら出来る」
「…でも」
「お願いだ、自分が納得したい」
はっきりとした口調に、圧倒される。
求めてはいない。しかし譲葉が心苦しいというのなら、要望に応えるのも必要なのかもしれない。
「…じゃあ…、洗濯物頼める?」
譲葉は深く頷いた。その面持ちは、どこか満足気に見えた。
機械が終了を知らせると、譲葉は部屋を出て行った。月裏も付いて行きそうになったが、任せた仕事に手出しをするのも悪いと思い、そわそわとしながらその場で待機した。
いつもの顔で部屋に戻ってきた譲葉と、買い物に出て買い物をした。
今日は時間に余裕があった為、広いコーナーをほぼ全部網羅したが、購入品は日頃と大差なかった。
トントンと、包丁がテンポ良くまな板を叩く。譲葉は指示待ちしながら、手際よく動く手付きを見ている。
「……切ってみる?」
今朝の一件から、譲葉が気持ちを持て余しているのではないかと考え、月裏はそっと手を止めていた。
「良いのか?」
「うん、嫌だったら嫌って言ってね」
「切る、どう切るんだ」
「そうだね、こう…」
譲葉は包丁を受け取るとゆっくりと、けれど一手一手確かに、繋がる事もなく野菜を切り離していった。
祖母を手伝っていた際、包丁を持った経験が少しはあるのか、若い青年にしては手際が良い。
「上手いね」
ただ、切った後改めて見てみると、その形が祖母の切り方によく似ていて、思わず月裏は笑ってしまった。
譲葉は、なぜ笑われているのか理解できていないらしく、不思議そうにしていた。
あまり表情の変わらない譲葉に対し、何気ない疑問が浮かぶ。
「………楽しい?」
譲葉は、刃先に集中力を傾けながらも、深く頷く。
「楽しい」
付け加えられた言葉を裏付けるかのように、優しく瞳がまどろんでいた。
調理していると、玄関のチャイムが鳴った。久しぶりの音声に、つい吃驚してしまう。
だが少し考えれば、来客が誰であるか直ぐに想定できた。
「出てくるね」
扉を開くと、制服に身を包んだ宅配業者の人間が立っていた。小包を二つ手に、受け取り証明を要求してくる。
月裏は借りたボールペンで、指定の場所に¨朝日奈¨と署名した。
受け取り、直ぐにリビングへと戻る。小さい方の小包は後で開けようと思い、玄関の造花の傍においておいた。
「譲葉君、小説来たよ」
泡だて器を動かしていた譲葉は、顔をあげ包みに視線を向ける。錯覚かもしれないが、少し瞳が輝いたように見えた。
「とりあえず、ここにおいておくね」
調理中である事を考え、譲葉の席の机上に包まれたまま優しく置く。
「ありがとう」
月裏は小さな満足感に、少しだけ微笑み調理の続きを開始した。
食後、日課を終えると、譲葉は少し月裏を伺いながらも、直ぐに包装を解き小説を読み始めた。
横を透る際ちらりと中を見てみたが、活字があまり好きではない月裏にとっては難しそうに見えた。
だが、譲葉が集中し、一心に見つめている様子を見るだけで、心が安らぐのが分かった。
月裏はもう一つの小包を開けるため、玄関に来ていた。
久しぶりに頼んでみた品物の、現物を確認する為そっと開いてゆく。
その中には、仄かに紫色がかかった青い造花が入っていた。ケースに収められ、美しく咲いている。
月裏は、急に蘇る寂しい気持ちに蓋をして、空けた場所へとそっと、ケースごと飾った。
不図、心の中に不安が過ぎる。その所為で、押さえつけた寂しさが、度を越えて飛び出してきた。
――――両親のように、譲葉がいなくなってしまったら。
月裏は気分が悪くなり、勘付かれないよう無音でトイレに駆け込んだ。
何の問題も出来事もないまま、数日が経過した。
心が不安定に揺れ意味もなく色々考えたり、悪夢を見るのは日常の一枠なので、勿論その間もあった。
今日は日曜日である。まず、起床して直ぐに服を脱いで、洗濯機を稼動させる。
その間にシャワーを浴びて、空いた時間で音楽鑑賞をしたり、必要な物をリストアップしたりする。
リビングの定位置で料理本を見ながら、買い物リストを制作していると、譲葉が顔を出した。
「おはよう」
「おはよう、月裏さん」
向かい合う位置の、いつしかお決まりの場所となった椅子に、譲葉はちょこんと腰掛ける。
「……今洗濯回してるから、買い物もうちょっと待っててくれる?」
「分かった」
言葉を正直に聞き入れた譲葉は、席に付いたまま月裏の見詰める料理本に視線を送ってきた。
その視線が段々痛くなってきて、回避方法を探しだす。
「……お風呂、入って来ても良いよ」
ページを捲る手を無言で追う譲葉は、数秒置いてから返答した。
「……洗濯物、後どの位だ?」
「…うん?うーん、もう直ぐかな?」
「洗濯、俺がする」
「えっ?いいよいいよ、大丈夫だよ」
流れの中でさらりと言い切られ、月裏は全力で否定した。量はあるが、慣れた仕事なので苦ではない。
何より、足を不自由にしている譲葉に負担をかけたくないと思った。
譲葉は絶句し、その場で静止する。月裏も、反応にどう面すれば良いのか、今一分からず硬直する。
「…月裏さん」
静かな発声が、二人の凍結を解いた。
「何、かな…?」
代わりに現れた緊張感が、背筋を縮こまらせる。
「仕事が欲しい。殆ど何もせず置いてもらうのは、やっぱり駄目だ。だから何かさせて欲しい。外に出て仕事は出来ないが、家事ぐらいなら出来る」
「…でも」
「お願いだ、自分が納得したい」
はっきりとした口調に、圧倒される。
求めてはいない。しかし譲葉が心苦しいというのなら、要望に応えるのも必要なのかもしれない。
「…じゃあ…、洗濯物頼める?」
譲葉は深く頷いた。その面持ちは、どこか満足気に見えた。
機械が終了を知らせると、譲葉は部屋を出て行った。月裏も付いて行きそうになったが、任せた仕事に手出しをするのも悪いと思い、そわそわとしながらその場で待機した。
いつもの顔で部屋に戻ってきた譲葉と、買い物に出て買い物をした。
今日は時間に余裕があった為、広いコーナーをほぼ全部網羅したが、購入品は日頃と大差なかった。
トントンと、包丁がテンポ良くまな板を叩く。譲葉は指示待ちしながら、手際よく動く手付きを見ている。
「……切ってみる?」
今朝の一件から、譲葉が気持ちを持て余しているのではないかと考え、月裏はそっと手を止めていた。
「良いのか?」
「うん、嫌だったら嫌って言ってね」
「切る、どう切るんだ」
「そうだね、こう…」
譲葉は包丁を受け取るとゆっくりと、けれど一手一手確かに、繋がる事もなく野菜を切り離していった。
祖母を手伝っていた際、包丁を持った経験が少しはあるのか、若い青年にしては手際が良い。
「上手いね」
ただ、切った後改めて見てみると、その形が祖母の切り方によく似ていて、思わず月裏は笑ってしまった。
譲葉は、なぜ笑われているのか理解できていないらしく、不思議そうにしていた。
あまり表情の変わらない譲葉に対し、何気ない疑問が浮かぶ。
「………楽しい?」
譲葉は、刃先に集中力を傾けながらも、深く頷く。
「楽しい」
付け加えられた言葉を裏付けるかのように、優しく瞳がまどろんでいた。
調理していると、玄関のチャイムが鳴った。久しぶりの音声に、つい吃驚してしまう。
だが少し考えれば、来客が誰であるか直ぐに想定できた。
「出てくるね」
扉を開くと、制服に身を包んだ宅配業者の人間が立っていた。小包を二つ手に、受け取り証明を要求してくる。
月裏は借りたボールペンで、指定の場所に¨朝日奈¨と署名した。
受け取り、直ぐにリビングへと戻る。小さい方の小包は後で開けようと思い、玄関の造花の傍においておいた。
「譲葉君、小説来たよ」
泡だて器を動かしていた譲葉は、顔をあげ包みに視線を向ける。錯覚かもしれないが、少し瞳が輝いたように見えた。
「とりあえず、ここにおいておくね」
調理中である事を考え、譲葉の席の机上に包まれたまま優しく置く。
「ありがとう」
月裏は小さな満足感に、少しだけ微笑み調理の続きを開始した。
食後、日課を終えると、譲葉は少し月裏を伺いながらも、直ぐに包装を解き小説を読み始めた。
横を透る際ちらりと中を見てみたが、活字があまり好きではない月裏にとっては難しそうに見えた。
だが、譲葉が集中し、一心に見つめている様子を見るだけで、心が安らぐのが分かった。
月裏はもう一つの小包を開けるため、玄関に来ていた。
久しぶりに頼んでみた品物の、現物を確認する為そっと開いてゆく。
その中には、仄かに紫色がかかった青い造花が入っていた。ケースに収められ、美しく咲いている。
月裏は、急に蘇る寂しい気持ちに蓋をして、空けた場所へとそっと、ケースごと飾った。
不図、心の中に不安が過ぎる。その所為で、押さえつけた寂しさが、度を越えて飛び出してきた。
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