造花の開く頃に

有箱

文字の大きさ
上 下
37 / 122

10月25日

しおりを挟む
[10月25日、火曜日]
 譲葉の選んだメニューが、レンジの中で回っている。
月裏は、譲葉が暇そうに席から中を見ている、このタイミングを利用し問いかける。 

「……ねぇ譲葉君、どれが良い?」

 昨日電車の中で思いついた最終手段とは、譲葉に選択を委ねるとのものだった。遠慮を見越し行動に移すか迷ったが、やはり本人に聞くのが一番確実だろう。
 譲葉は、差し出された携帯の画面を覗き込む。

「下もあるから見てみて」
「…分かった」

 想像は外れ、譲葉は拒否する事無く携帯を両手で受け取ると、画面をスライドし始めた。
 因みに、サイトで検索をかける手順までは操作済みだ。
 譲葉は、夢中になり携帯を見詰めている。その瞳は、真剣そのものだった。

 解凍を知らせる音が鳴った。視線を上げた譲葉の代わりに、月裏が立ち上がる。
 レンジから取り出し、ラップに包んだ料理を皿の上に広げた。

「……ありそう?」

 譲葉の横に来て、一緒になり画面を覗き込む。譲葉はとある小説の、詳しい解説のページを見ていた。

「……これ?」

 譲葉は申し訳なく思っているのか、画面を見詰めたままで浅く頷く。
 月裏は一歩前進出来た気になって、無意識に微笑を浮かべていた。小さな不安が解けて行く。

「そっか良かった、じゃあ頼んでおくね」
「……すまない」

 譲葉の手から、携帯が渡る。

「ううん、また読んだら新しいの買うから言ってね」

 月裏は席に戻り、途中になっていた食事を再開した。
 打開は、意外にも難しくないかもしれない。なんて、急に前向きな気持ちが通り過ぎる。
 訪れた現実に、希望は直ぐ砕けたが。

 深夜、また夢を見た。昔の夢だ。母親と父親が居て幼い自分が居た頃の、景色が目の前に広がっている。
 その頃は、現住所とはかけ離れた県に住んでいて、周りを取り囲む風景も、真反対とまでは行かないが全く違う場所だった。近くに海があり、電車も一時間に1本有るか無いかの田舎だった。

 楽しかった思い出が、走馬灯のように巡ってゆく。何の悲劇を重ねる事も無く、ただ鮮明に流れてゆく。
 もう一生戻れない、幸せな時間が過ぎ去ってゆく。

 月裏は泣いていた。見ていた極彩色はすっかり消え失せ、手前にあるのは仄暗い現実世界だ。薄暗さで、全体を捉える事さえままならない世界。
 ずっと続くと思っていた未来は、突然色を変え暗闇へと落ちてしまった。

 月裏は心を刺す痛みを和らげようと、そっと胸に手を当てる。同調するように、鼓動も音を立てていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おれ、ユーキ

あつあげ
現代文学
『さよならマユミちゃん』のその後を描くスピンオフ作品。叔母のマユミちゃんが残してくれた家でシェアハウスを始めた佑樹、だがやってきたのは未知の感染症だった。先の見えない世界で彼が見つけたものとは――?80年代生まれのひりひり現在進行形物語!

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

風が告げる未来

北川 聖
現代文学
風子は、父の日記を手にしたまま、長い時間それを眺めていた。彼女の心の中には、かつてないほどの混乱と問いが渦巻いていた。「全てが過ぎ去る」という父の言葉は、まるで風が自分自身の運命を予見していたかのように響いていた。 翌日、風子は学校を休み、父の足跡を辿る決意をした。日記の最後のページには、父が最後に訪れたとされる場所の名前が書かれていた。それは、彼女の住む街から遠く離れた、山奥の小さな村だった。風子は、その村へ行けば何か答えが見つかるかもしれないと信じていた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...