造花の開く頃に

有箱

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10月24日

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[10月24日、月曜日]
「おはよう、月裏さん」
「おはよう譲葉君、朝、何食べる?」
「今行く」

 いつしか形になった、平凡な日々が巻き戻る。憂慮していた未来は、訪れる事無く終わった。
 しかし、腑に落ちない。一番良い形で事態は収拾を向かえた、と言っても良いはずなのに。

 卑しまれる事も嘲られる事も、距離を置かれる事も無く、何も無かったかのような生活が戻ってきたのだ。喜ぶべきなのだろうが、素直に喜べない。
 昨日、あんな場景を想像してしまったからだろうか。

 ただ、この先、これ以上の発展があるか、と考えれば、無いと考えるほうがしっくりと来る。
 月裏は、窮地ではなくとも心に穴が空いているような、はっきりとしない空虚感を覚えた。

 相変わらず、業務は苦しい。忙しさも然る事ながら、とにかく空気が重苦しい。
 延々と、もう何年も繰り返される日々のループに、押し潰されてしまいそうだ。

 横目で時計を確認した月裏は、いつかと完全に一致した場面に、急に恐怖を抱いた。
 同じ場所で時計を見れば、ごく自然と、同じ角度からの景色になるのは分かっているのに、もしかしたら時間が巻き戻っているんじゃないか、なんて考えてしまった。

 帰りの電車、いつもの景色、減るばかりの人々。月裏は呆然と窓を見詰めながら、急に思い出す。
 譲葉の小説を注文しようとして、まだしていなかった。

 月裏は、空けてしまった時間をこれ以上伸ばさないよう、今日も集中力は無かったが、続きからレビューを見始めた。
 だが、到着までに間に合わず、月裏は最後の手段を思いついた。

「おかえり、月裏さん」

 顔を上げた譲葉の指が、色鉛筆を掴んでいる。当初より、短くなっているように見えた。

「ただいま、今日は描いてたんだね」

 手元のスケッチブックに刻まれているであろう、美しく織り成された色彩の花を想像する。

「ああ」
「出来た?」
「まだだ」

 譲葉は就寝準備に入ったのか、スケッチブックを畳んだ。色鉛筆も規則正しい配列で、ケースにしまう。

「そう」

 立ち上がり、寝室に向け去ってゆく背中を、月裏も無言で追いかけた。
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