造花の開く頃に

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10月16日

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[10月16日、日曜日]
 洗濯機が稼動する音を聞きながら、暖かいシャワーを流しっぱなしにして浴びる。
 今日の一日の予定を脳内で組みながら、どう距離を詰めていこうかを模索する。
 譲葉と、目を合わせた時がスタートだ。
 一週間の中の、唯一共に居られる一日を無駄にしたくないと、月裏は懸命に思考を回した。

「……おはよう」
「おはよう、今日は天気だよ」

 溜め洗いした洗濯物を、服の部屋から繋がるベランダにて干していると、譲葉がやって来た。眠そうに目を擦っている。
 譲葉は、サイズが合わずにずり落ちてくる襟を、何気なく持ち上げ直す。しかしそれでも落ちてくるので、最終的には諦めていた。

「…今日、服買わないとね」

 譲葉に貸した、月裏にとっては小さめの服の皺を叩いて伸ばし、ハンガーにかけていると、横に譲葉が移動し立った。

「どうかした?」
「手伝う。ここのハンガーは、何でも使って良いのか?」

 物干し竿に吊り下げられた、色取り取りのハンガーを見回す。
 月裏は意外な申請に戸惑いながらも、譲葉の優しさを純粋に喜び受け容れた。

「あ、うん、良いよ。ありがとう」

 譲葉は早速ハンガーに手を伸ばし、自分の着ていた服から先に干し始めた。
 料理同様、洗濯も手伝っていたのか、手際は良かった。

 洗濯を済ませるとそのまま、流れとして二人は買い物に出かけた。
 今日は通常通りの時間に出た為、人が全く居ない。いつも通り、営業時間内なのか怪しくなりそうなほどの貸し切り状態だ。
 食品は、劣化を考え一番後回しにして、まずは日用品コーナーから回る事にした。

「要る物あったら、籠に入れてね」

 譲葉は浅く頷く。そしてから、直ぐに辺りを見回し始めた。
 日用品コーナーを、共に回るのは始めてだ。譲葉にとっては、新鮮な場所なのかもしれない。
 ゆっくりと歩きながら、順々に商品を見てゆく。

 途中、月裏が個人的に必要なものは籠に入れていったが、最終的に譲葉が自ら籠に物を入れる事はなかった。

「居るもの良かった?」
「必要なものは全て貸して貰っているから良い」

 歯ブラシや箸などの必需品は、使われずに眠っていた物を与えていた。故に柄は月裏の趣味だ。

「…好きなデザインの物とか無かった?欲しければ買っても良いんだよ?」
「いらない」

 譲葉は、拘りが無いのか遠慮からか、はっきり物申した。迷いの無さに、何も言えなかった。

「…じゃあ、服の方行こうか?」

 直ぐ近くに位置していて、現在地からも見える服のコーナーを指差す。
 譲葉は浅く頷いて、月裏が歩き出してから、後ろをつく形で共に歩いた。

 前回同様、服選びは困難を極めた。
 今日の本題は、これからの季節に合わせた暖かい服の購入なのだが、素材が良いと比例して高値になるためか、譲葉が中々納得してくれなかった。
 スーパーの品なので、高価と言えど月裏にとってはそれほど大した金額ではないが。

「値段気にしなくていいよ」
「でも申し訳がない、ある物で十分だ」

 それどころか、購入する事自体を遠慮している気がする。

「でも服は居るでしょ、だからどれか選んで」
「……分かった」

 真剣な眼差しで、服と睨みあいを始めた譲葉を見ながら、月裏は数日前保留しておいた質問を掘り返した。

「……そう言えば、欲しいもの思いついた?」

 譲葉は服を見詰めたまま、少しの間黙り込むと、ゆっくりと首を横に振った。
 やはり譲葉にとっては、迷惑な質問だったかもしれない。若干窺える戸惑いが、そう思わせた。

「そっか、あったら言ってね」

 最終的には月裏の薦めた服の中から、また3着購入する事に決まった。
 暖かい素材の、動きやすい服だ。それと、早い気もするがコートも購入した。

 最後に食料コーナーも一通り巡り、普段通り食材を選らんだが、終始譲葉の意思主張は無かった。

 頑張って関係を築いてみようとは思ったが、今一築き方が分からない。
 祖母が言うには、愛する気持ちがあれば大丈夫との事だが、やはりそれだけでは生活していけないのが現実だろう。

 横で、皿に調理済みの料理を盛り付ける譲葉の手先は、とても器用に動く。
 月裏は感心しながらも、現実問題に頭を悩ませ続けた。
 譲葉がこれで満足しているとは、どうしても思えない。もっと楽にしてほしいのに、言葉も方法も一つたりとも浮かんでこない。

「出来た」
「あっ、ありがとう、綺麗だね」
「…そうか」
「じゃあこの辺包んじゃうね、先食べてていいよ」
「……分かった」

 譲葉が席につく音を流し聞きし、月裏は冷凍する準備として、食材を包む為、必要の長さにラップを切った。

 その後も共に空間を過ごしたが、行動は個々であまり話をすることは無かった。
 月裏はもう一つの趣味である音楽鑑賞をしながら譲葉を何度か伺い見たが、黙々と読書する譲葉が視線を上げる事はなかった。
 緩やかなクラシックが流れる空間は、時間をとても長く感じさせた。
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