造花の開く頃に

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10月13日

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[10月13日、木曜日]
「おはよう譲葉君」
「…おはよう、月裏さん」

 譲葉は相変わらず、眠そうだ。しかし、月裏は瞳を潤ませる姿を見ても、悲しくならなかった。
 恐らく、昨夜の一件がそうさせるのだろう。

「今日も頑張るね」

 ぽつりと、意味の無い台詞が零れだす。
 譲葉は僅かな困惑を見せたものの、浅く首を縦に振った。
 譲葉が少しでも早く、居場所として心を許せる場所として、家に、ここに居られるように頑張ろう。
 月裏は譲葉本人には秘密で、そっと心の中決意を固めた。

 それでも勿論職務中は、常に窮地に居るような状態にある。怒声は飛び、罵声は散る。
 だが、今日は頭の片隅に譲葉が居て、少しだけ苦しさを紛らわせてくれた。

 ポストを開き、役場からの封筒を手に取り2階にあがった時、自宅から漏れ出す灯りが緊張感を刺激する。
 譲葉に少しでも心配をかけないように、出来るだけ明るく良いお兄さんを演じよう。
 そう心で何度も念じ、ゆっくりと扉を引いた。

「ただいま、譲葉君」
「おかえり月裏さん、お疲れ様」

 譲葉は階段を上る音を聞いていたのか、道具一式は既に片付け済みだった。色鉛筆がケースに、綺麗に収まっている。

「ありがとう、今日も描いてたの?」
「あぁ」
「また、見せてね」
「…分かった」

 譲葉は少しだけ立ち尽くしてから、背を向け奥へと向かっていく。
 月裏も譲葉の背中を追いかけ、奥の部屋、寝室の前まで行くと、直ぐ横の部屋へと入った。

 着替える為に服を脱ぐと、何時も見ている筈の傷跡が嫌に目に付いた。思い当たる場所を、見回してみる。
 手首や首、胸などに、大きな傷痕がある。一直線に刻まれた傷だ。中には薄くなった傷も存在するが、大きく存在感のある傷の方が多い。
 特に腕には、深い傷跡が無数に刻まれていて、その一つ一つが悲惨さを物語る。

 体にある深い傷跡、そのどれもが、自殺未遂を起こした際、作った物である。
 今まで何度か試みてきたが、どれも致命傷には及ばず、命を脅かした事は殆ど無かった。無駄な強運に、何度嘆いた事だろうか。

 月裏は、現実感に飲み込まれそうになる自分に気付き、服で覆い被せる事で視線から傷跡を隠した。
 急に湧く自殺衝動を緩和する為、大きく深呼吸する。
 そのまま急いで着替え、直ぐに譲葉の居る部屋へと入った。

 譲葉は、今日も背を向けていた。寝顔は見えない。昨日の今日で見せてくれるとは思っていなかったが、見えないと妙に心配になってしまう。
 月裏は昨日同様、近付いて確かめに行こうと考えたが、様子を窺いすぎてもいけないと己を制止した。
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