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10月7日
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[10月7日、金曜日]
一日以上抱いていた靄々感は何だったのだろう、と思わせる位に日々に変化は無い。
月裏の服を纏った譲葉は、大して変わった様子も無くリビングに現れた。
「…おはよう譲葉君、寝てても良かったんだよ…?」
譲葉の倒れた原因が不眠であった事が、まだ月裏の中で引っかかっていた。
昨晩も、見えたのは背中だけだ。目を閉じているのも、寝息も確り聞いていない。
「…起きたくて起きてるから、気にしないでくれ」
月裏はタイミング良く鳴ったレンジに向かい、吸い込まれるように立ち上がり、譲葉から顔を逸らす。
心が痛い。何もしてあげられない事が辛い。そもそも何をすればよいのかが分からなくて、酷くもどかしくて苦しい。もっと身勝手になってくれたら楽なのに、とやはり思ってしまう。
「……ありがとう、ご飯何食べる…?」
月裏は、締め付けられる胸の内を悟られないように、ふわりと柔らかな笑みを作り出した。
電車がいつもと同じ音を立てて、同じ景色を流しながら進んでゆく。
不図、急な事故が起こり、自分諸共巻き込んでくれればいいのに、と妄想が過ぎった。
消えない問題への対処が億劫で、今すぐの思考停止を求めている。
月裏は、変わらず続いてゆく景色を流し見ながら、深い溜め息を零した。
ポストを開き、階段を上って辿り着いた玄関前、仄かな明かりに気付いた。
張り詰めていた緊張の中、少しだけ気持ちが和らぐ。
「ただいま」
「おかえり、お疲れ様」
譲葉は数日前と変わらず、廊下に座り込み絵を描いていた。今日もまた、違う色の鉛筆を持っている。
色々な絵を同時進行して描いているのだろうか、と何気なく考えた。
「……眠くない…?」
譲葉が自分の為に起きていてくれる事を知りながらも、勢いでそんな台詞を吐いていた。
「……もう、寝る」
また倒れてしまっては困る、と受け取られてしまっただろうか。
湧き上がる、捩れた思考を月裏は拒否できず、唯々、不安定に揺れながら小さくなる背中を見ていた。
着替えを済ませて部屋に行っても、見えるのは今日も背中だけだ。
月裏は、膨れてゆく悲しさを覆い被せるように、頭までシーツを被った。
――――目の前にあるのは、見慣れた部屋。しかしそれは、ずっとずっと昔に見ていた部屋だ。
今とは違い、玄関を潜ると近くに階段があって、右横に曲がるとキッチンもあるリビングが、左横に曲がるとシャワールームやトイレ等、その他の部屋が幾つかある。
いつも帰宅すると真っ先に右に曲がり、母親に挨拶をしに行っていた。
月裏は理解もままならないまま、癖の通り右に曲がる。
その先の光景が、脳内で読めてしまっていて足は強張る。しかし、どうしてか自分は進んでゆく。
見たくない!と嘆いた直後、世界は大きく反転した。
目の前にあるのは、仄かなオレンジの灯りが点す天井だ。最近も、ずっと見ている天井。
進んだ先の光景を、脳内で巡らせて息を上げる。シーツの中から手を出し手の平を広げて見てみたが、変化も変哲も何もなかった。
月裏は、先程の光景が夢だったと、漸く理解した。
額を纏っていた、冷や汗が流れ落ちる。すぐには引いてくれない恐怖感や、不安感に満たされて体が震えだす。
…………死にたい。
声にこそ出さなかったものの、月裏はもう数え切れないほど呟いた願いを、もう一度立ち上らせた。
一日以上抱いていた靄々感は何だったのだろう、と思わせる位に日々に変化は無い。
月裏の服を纏った譲葉は、大して変わった様子も無くリビングに現れた。
「…おはよう譲葉君、寝てても良かったんだよ…?」
譲葉の倒れた原因が不眠であった事が、まだ月裏の中で引っかかっていた。
昨晩も、見えたのは背中だけだ。目を閉じているのも、寝息も確り聞いていない。
「…起きたくて起きてるから、気にしないでくれ」
月裏はタイミング良く鳴ったレンジに向かい、吸い込まれるように立ち上がり、譲葉から顔を逸らす。
心が痛い。何もしてあげられない事が辛い。そもそも何をすればよいのかが分からなくて、酷くもどかしくて苦しい。もっと身勝手になってくれたら楽なのに、とやはり思ってしまう。
「……ありがとう、ご飯何食べる…?」
月裏は、締め付けられる胸の内を悟られないように、ふわりと柔らかな笑みを作り出した。
電車がいつもと同じ音を立てて、同じ景色を流しながら進んでゆく。
不図、急な事故が起こり、自分諸共巻き込んでくれればいいのに、と妄想が過ぎった。
消えない問題への対処が億劫で、今すぐの思考停止を求めている。
月裏は、変わらず続いてゆく景色を流し見ながら、深い溜め息を零した。
ポストを開き、階段を上って辿り着いた玄関前、仄かな明かりに気付いた。
張り詰めていた緊張の中、少しだけ気持ちが和らぐ。
「ただいま」
「おかえり、お疲れ様」
譲葉は数日前と変わらず、廊下に座り込み絵を描いていた。今日もまた、違う色の鉛筆を持っている。
色々な絵を同時進行して描いているのだろうか、と何気なく考えた。
「……眠くない…?」
譲葉が自分の為に起きていてくれる事を知りながらも、勢いでそんな台詞を吐いていた。
「……もう、寝る」
また倒れてしまっては困る、と受け取られてしまっただろうか。
湧き上がる、捩れた思考を月裏は拒否できず、唯々、不安定に揺れながら小さくなる背中を見ていた。
着替えを済ませて部屋に行っても、見えるのは今日も背中だけだ。
月裏は、膨れてゆく悲しさを覆い被せるように、頭までシーツを被った。
――――目の前にあるのは、見慣れた部屋。しかしそれは、ずっとずっと昔に見ていた部屋だ。
今とは違い、玄関を潜ると近くに階段があって、右横に曲がるとキッチンもあるリビングが、左横に曲がるとシャワールームやトイレ等、その他の部屋が幾つかある。
いつも帰宅すると真っ先に右に曲がり、母親に挨拶をしに行っていた。
月裏は理解もままならないまま、癖の通り右に曲がる。
その先の光景が、脳内で読めてしまっていて足は強張る。しかし、どうしてか自分は進んでゆく。
見たくない!と嘆いた直後、世界は大きく反転した。
目の前にあるのは、仄かなオレンジの灯りが点す天井だ。最近も、ずっと見ている天井。
進んだ先の光景を、脳内で巡らせて息を上げる。シーツの中から手を出し手の平を広げて見てみたが、変化も変哲も何もなかった。
月裏は、先程の光景が夢だったと、漸く理解した。
額を纏っていた、冷や汗が流れ落ちる。すぐには引いてくれない恐怖感や、不安感に満たされて体が震えだす。
…………死にたい。
声にこそ出さなかったものの、月裏はもう数え切れないほど呟いた願いを、もう一度立ち上らせた。
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