造花の開く頃に

有箱

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10月6日

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[10月6日、木曜日]
 そっと譲葉の部屋を覗いてみたが、カーテンが隔てており顔を見ることは叶わなかった。
 カーテンを開く勇気も無く、丁度擦れ違いで部屋にやってきた医師に、仕事帰りに迎えに来るとの言伝を静かに残し会社へ向かった。

 譲葉の事が気になって仕方ない。いっぱいいっぱいになっている筈なのに、少しの隙が生まれると直ぐ脳裏から現れる。
 無理をさせてしまっていた事実が、深く悔やまれる。

 まだ共に過ごし始めて幾日も経過しておらず、様子の変化に気付けないのは仕方ない、と己に言い聞かせてもみたが気持ちは納まらず、心の中は罪悪感で黒く満ちていった。

 仕事が終了し退勤したのは、10時30分を過ぎた頃だった。
 時間が経過すればするほど、一分一秒長くなるほど、自分の中で気まずさが生まれてくる。
 それでも、告げた約束を放る事も出来ず、月裏は重い足取りを病院へと向けた。

 院内は静かだ。とうに消灯時間が過ぎていて、見舞い客も入院患者の影もない。ちらほらと医師が、廊下を行き来するのが見えるくらいだ。
 会って最初に言う言葉など、あれこれと考えていたのも束の間、すぐに譲葉の部屋に辿り着いてしまった。
 同じ部屋に居る患者を配慮し、静かに入室する。

「……譲葉君…」

 そっとカーテンを開くと、譲葉はベッドに腰掛けていた。いつも家で見る、光景と同じだ。
 暗くて綺麗な瞳が、真直ぐに月裏を捉える。
 月裏は逸らせずに、だが言葉も作れずに、ただ息を飲み込んだ。

「…昨日先生に聞いた、仕事が終わったら来てくれるって、疲れているのに来てもらって悪いな」
「……ううん、僕も昨日はごめん…」

 譲葉の変わりない態度のお陰か、つっかえていた言葉が自然と吐けて、月裏は一人心の中で安堵していた。

「……帰ろうか」
「…ああ」

 譲葉がベッドの手すりを掴んだところで、杖を自宅に置き去りにしたままであった事を思い出した。
 支えになるべく、両の手を差し出す。

「大丈夫だ、立てる」

 しかし、拒否されて竦んでしまった。
 譲葉は頼る物が無くても大丈夫らしく、不安定ながらも立ち上がる。

「歩ける?」
「大丈夫だ、遅いかもしれないけど…」

 一歩一歩確かめるように、地面に足を置いてゆく。
 月裏は見ていて居た堪れなくなり、思惑を持ち、隣に距離を詰めた。

「……肩貸そうか?」

 譲葉は、足を止め顔をあげた。また真っ直ぐ見詰めてきた、と思いきや、少しだけ俯き小さな声で零した。

「……じゃあ、手を…」
「あ、うん」

 月裏が、譲葉側にある左手を差し出すと、その上に手の平が被さり、ぎゅっと握った。
 始めてまともに触れる温度に、月裏は改めて思う。

「……家に、帰ろう」

 自分がもっともっと頑張って、譲葉の居場所を作らなければならない、と。
 頼りがいのある、いや、せめて嫌われないような人間になろう、と。
 譲葉が、苦しくならないように。
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