造花の開く頃に

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9月28日

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[9月28日、水曜日]
 悪夢に魘されて、目覚めたのは4時前だった。
 再度目を瞑っても、体中を飽和するのは眠気ではなく不快感で、月裏は睡眠を諦め仕方なく起床した。
 行き場の無い苦痛が、体を纏う。

 気付けば、キッチンにてまた吐いていた。
 その内、腹痛や頭痛も自覚できる位強くなってきて、また死への欲に取り付かれる。
 しかし、包丁を手にし、手首に先端を押し付け、引きかけた所で譲葉の顔が浮かび、直ぐに定位置に戻した。

 その1時間後、譲葉が起きて来た。
 扉の開く音に続き、何も変わらない、単調な音階での挨拶が耳に届く。

「おはよう、譲葉君」

 あまり目を合わさず、指定席に腰掛けた譲葉を見ながら、不図気になった。
 つい先日、譲葉に不自然に包丁を持っている場面を見られた気がするが、それについて彼は何か考えたりしているのだろうか。
 怖い奴だとか、気持ち悪いとか。
 それか優しい譲葉のことだ、哀れみでも抱いただろうか。

 月裏は、悪い方向へと働き出した思考を、止めようと足掻く。
 譲葉の方へとわざと顔を向け、作り笑いに集中する事で無理矢理制止した。

 玄関から、表情を切り替える。会社での疲れは一時だけ封印して、良いお兄さんを演じるため柔らかな空気を装う。

「譲葉君、ただいま」
「おかえりなさい」

 その手には携帯があったが、相変わらず動きは見えなかった為、また写真だろうと予想を付けた。
 そう言えば、譲葉が携帯以外を触っている姿を、まだ見た事がない気がする。
 勿論、箸や壁など、日常の中で必然的に触れる部分を無しにしての話だ。娯楽、というのだろうか、余暇を満たす為の行動自体を見ない気がする。

 しかも携帯を見ていても、持っているだけで遊んでいる気配が無い。
 もしかして、暇を持て余しているのではないだろうか。

「ねぇ、いつも何してるの?」

 妙な心配に駆られた月裏は勢いで訊ねたが、譲葉は黙るだけで何も言わない。
 多分、図星だ。だから何も言えないのだ。
 もっと早くに気付いてあげるべきだった、と苦い気持ちに駆られたが、それでも顔つきは変えないよう努めた。

「…そうだなぁ、奥の部屋は駄目だけど、この部屋とかなら好きに触っても良いよ」

 言いながら見回してみて、部屋の殺風景さに気付く。これでは、暇を潰せる物は何も見つからなさそうだ。

「…って言っても遊ぶ物ないか、何か欲しいものある?」

 譲葉はまた数秒黙りこんでから、浅く首を横に振った。

「…何もない」
「…そう」

 月裏は、回答が得られず困惑したが、自分なりに、譲葉の喜びそうな物を考えてみる事にした。
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