造花の開く頃に

有箱

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9月20日

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[9月20日、火曜日]
 結局その後、殆ど何も話さずに、月裏が先に眠ってしまった。
 朝方も、早朝より譲葉が起きているはずも無く、月裏から背中を向けた体勢でベッドに埋もれていた。

 いつも通りシャワーを浴び、いっぱいになった冷凍庫から適当におかずを選び、白飯と共にレンジへと放り込む。
 空いている時間が、憂鬱だ。
 無意識に、仕事場での一日を想像してしまう。考えるだけで辛くなって、死にたくなってくる。
 そうして家に帰ってからの事も、考えてしまう。

 たったの2日間でも、やはり誰かと共に居るのは重い。まだ慣れないだけだと言い聞かせてみても、現状に押し潰されそうになる。
 唯、ペットを預かるのとは訳が違うのだ。譲葉は人だ。しかも多感な、10代の少年である。自分が重荷として背負われていると知れば、傷ついてしまうだろう。それは避けたい。
 それに、叶うなら良い友人的存在になりたい。

 最終的には、何を考えた所で無理するしか道は無いのだと気付いた所で、レンジが高い音を上げた。

 月裏が仕事しているその頃、譲葉は、自分の中許された空間として認識したベッドの上で、座り込み携帯を見ていた。
 目の前の画面に映し出されるのは、まだ若い祖母と今は亡き祖父が後ろに、そして両親が前に居て、その間に幼い自分が映った家族写真だった。

 ――――随分昔に撮った、懐かしく幸せな写真。
 もう終わってしまった日々を思い出していく中で、譲葉は自然と表情を歪めていた。

 頭が働かない。いつもの事だが、それでも仕方が無いと思えない。
 上司の怒鳴り声は、鳴り止まない。自分だけに向けられている訳ではないと、頭で分かりながらも心は酷く傷ついている。
 もう死にたい。死んで、楽になりたい。
 目の前で、集中力のないまま仕事を器用にこなしながら、月裏はいつものように、解放の瞬間を思い描いた。

 月裏が帰宅して部屋に入ると、譲葉はもうベッドに横になっていた。また、背を向けた状態だ。
 着ていた服が、綺麗に折り畳まれて枕元においてある。洗濯物を入れる場所を、教えておくのを忘れていたと今更気付いた。

 明日になったら、場所を教えよう。
 そう思った矢先、今日の様に一日顔を合わせないかもしれないと気付き、月裏はメモに残す事にした。

 それから数日、顔も合わせず擦れ違う日々が続いた。
 気付いた事があれば、その都度メモにして枕元に置いておいた。
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