2/2の音色

有箱

文字の大きさ
上 下
7 / 9

7-1

しおりを挟む
「それじゃ僕はそろそろ。先生の復帰、お待ちしてますからね!」

 曇りのない期待を岸は残して行く。私はただ頑張りますとだけ言い、笑って手を振った。

 うめと話をし、再び前を向こうと思ったのは本心だ。だからと言って、簡単になかったことにはできない。私があの場所に戻れないのは決定事項で、岸の期待に添えないのも必然なのだ。ゆえに、彼の帰宅後はいつも強い心痛に駆られた。

「さっきの人、喜一さんのお友だち?」

 すれ違いで入ってきたうめが、他愛ない会話の如く尋ねてくる。どうやら、岸から声はかけられなかったらしい。元マネージャーだと伝えると、これまた自然と会話を終わらせた。だが、裏腹に私は上手く切り替えられなかった。

「……どうかしたの?」
「えっ」
「しゅんとしているように見えたから」

 言い当てられ、正直に答えるべきか悩む。しかし、ここで変に強がったところで意味はない気がした。むしろ、逆に気を使わせる気もする。

「……あの人、岸さんって言うんだけど、私が再び舞台に戻るのを本当に楽しみにしてくれてるんだ。けれど、私はもう戻れないから彼を裏切ることになってしまうのが辛くて……」

 可能なだけ流暢に、深い苦痛を見せないよう伝える。だが、うめは私が思うより悲しげに眉を曲げた。

「それは辛いね。私は最初から絶望的だったし、そういうのなかったから想像でしか言えないけど、本当に辛いね……」

 想像でしかないとは言いつつも、うめは相当心を痛めてくれているようだった。それほどまでに繊細な彼女が、どのようにして今を手に入れたのか知りたいーー。

「聞かれたくないことかもしれないけど、聞いてみてもいい?」
「いいよ」
「うめちゃんはどうやって向き合ったの? 周りの人ともピアノとも……」
「うーん、そうだなぁ……」

 過去に足を突っ込んだのに、うめは思ったより冷静だった。いや、冷静を装っているのか。
 何にせよ、彼女の答えに何かヒントが隠れている予感がある。あの悪夢と向き合うためのヒントが。
 うめは答えを決めたのか、一度頷いて立ち上がった。それから右手を差し出した。

「嫌かもしれないけど、一回だけでいいの。遊戯室に来て、一緒に椅子に座ってくれない?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

あと一日で何をしよう

有箱
現代文学
〝余命一日〟それが、私にされた宣告だった。 けれど、正直嬉しかった。だって、私は死にたがりだったから。 ――残された時間、何をしようか。いや、何が出来ようか。

あと百年は君と生きたい

有箱
恋愛
『僕は今後、とある時期まで主演での出演を退かせて頂きます』 超人気俳優の佐原白――佐伯志郎は宣言する。 世間にも事務所にも事情を伏せた参加は、全て幼馴染みである榎本杏を思ってだった。

処理中です...