２／２の音色

５

　最近は岸も忙しいのか、あまり顔を見せなくなった。ただ、彼の願いは変わらないようで、一瞬顔を見せては回復を願って帰っていった。
　音の世界で精を出す彼に、劣等感を感じることもあったが最近はそれも減った気がする。なぜならば。

｢喜一さんは食べ物何が好き？｣
｢そうだなぁ、甘いものは好きだよ｣
｢私も！｣

　出会って以来、うめが部屋に来てくれるようになったからだ。
　聞いた話、彼女は病院のナースと知り合いらしく、頼まれて演奏に来ていたらしい。真夜中にぬいぐるみを取りに来たのは、単純に『あの子がいないと眠れないから』だそうだ。

　私がピアノを避けていると察してか、うめは話題を持ち出さなかった。無論私からも。ただ、気にならない訳ではない。
　将来を約束され、光輝いている最中での事故ーーしかも腕を切断するほどの大事故を彼女は経験した。

　そんな境遇にあって、うめは何を考えているのか。未練はあるのか。ピアノに対しどう向き合っているのか。聞きたいことは山ほどある。だが、似た境遇だからこそ尋ねられなかった。

｢じゃあ私そろそろ行くね。喜一さんは一緒に行かない？｣
｢うん、やめておく｣
｢ん、じゃあまた明日ね！｣

　大きく手を振る動作に、小さく笑みを溢す。控えめに振り返すとうめは嬉しそうに出ていった。
　
　うめは私のことを何も知らないようだった。彼女自身がメディアを避けているのか、はたまた親がそうさせているのか。どちらにせよ、素性を知られていないと言うのは幾分か心が楽だった。

　うめの奏でるメロディが聞こえる。まだ少し心が痛くなるが、今はそこに新たな感情が足された。まだ小さく、消えてしまいそうな感情だけどーー。
　私も、うめのようにピアノと向き合えたら。