ただ好きだと言いたかった

有箱

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 具体的な場所を告げずとも、お母さんは分かっているようでした。一体、星夜くんは明日どこへ行くというのでしょうか。

 これは、着いて行くしかありません。
 ただの勘ではありますが、その場所に行けば重要な何かが分かる気がします。

 なぜ、こんな体になったのか。二人の間で何が起こったのか──。

 正直な気持ち、恐怖と興味が混雑しています。知りたかったはずなのに、知っては行けないような気もしているのです。

 その夜、星夜くんはずっとアルバムを眺めていました。途中途中、ごめんと呟きながら。

 気付けば、朝が来ました。時計が読めないので、どんな風に時間が経ったかは分かりません。

 寝落ちていた星夜くんは、目覚め次第準備を初めます。遠慮なく脱衣しはじめた時は戸惑いましたが、私のことが見えないので仕方ありません。
 ぐっと唇を噛み締め、そっと部屋を出ました。

 時間が経過する度、自分が透明人間であることを痛感します。元に戻れるのならば、何と引き換えてもいい。
 そう考えるほどに、寂しい存在です。

 そもそもの話、透明人間が元に戻る術なんて存在するのでしょうか。幽霊のように、未練を無くせば成仏──なんて話は聞いたことがありません。

 無理やり見出すなら、なった時と同じことを再現するしかないのかもしれません。入れ替わりの話なんかで、よくあるやつです。

 そんなこんなで思案に没頭していると、星夜くんが部屋から出てきました。カッターシャツに黒いズボンと言う身近な服装ながら、今日は一段と格好よく見えます。

 そんな星夜くんが向かったのは、あの待ち合わせ場所でした。ここなら、最終候補である“再現”が出来るかもしれません。

 手がかり探しに、道路や花をチラチラ見ていると、小さく手を叩く音が聞こえました。反射的に振り向くと、テレビなどでは見たことのある──でも、現実では初めて見る姿がありました。

 唖然と立ち尽くし数秒、衝撃が走ります。

 星夜くんは、花束やお菓子の前で合掌していたのです。それが意味するものは一つでしょう。でも──。

 困惑しかありません。だって私は透明人間で、幽霊ではないのですから。
 それか私は、第三の何かなのでしょうか。幽霊でも透明人間でもないとなると妖怪でしょうか。混乱していると、星夜くんが動き出します。

 真実を知りたくて、後を追います。他に目的地があるのか、彼はどんどん進んでいきます。

 そうして、辿り着いたのは花屋でした。待ち合わせ場所に置いてあったものと、同じ花束を購入しています。
 この流れじゃ確定です。恐らく私は、ただの透明人間ではありません。

「……ねぇ星夜くん、私は死んじゃってるの?」

 背中に投げかけても、星夜くんは答えません。

「ねぇ、もしかして私のこと無視してる?」

 嘆きを遮るかの如く、星夜くんが振り向きました。花束を抱え、私の方へと歩いてきます。

 ──ですが、やっぱり私を通り抜けて行きました。そのまま歩き始めます。

 教えてくれないなら、自分で知るしかありません。不安な心をグッと押し込め、私も歩きだします。



 そうして行き着いたのは、想像通りの場所でした。そう、墓場です。

 文字はやっぱり分かりません。ですが、字なんか読まずとも状況は理解出来ました。

「……紗奈、久しぶり。遅くなってごめん」

 足を止めた星夜くんは、墓石に声を掛けます。私は後ろにいるのに、見てもくれません。涙が溢れそうです。

「星夜くん、私はそこにいないですよ。ねぇ、こっちを見……」
「紗奈、いる?」

 静かな声でした。他に誰もいないからか、よく響きます。

「いますよ、星夜くん……」
「もしいるなら、謝らせて。あの時、待ち合わせに遅れちゃってごめん。もう少し早く行ってれば、事故に巻き込まれることはなかったのに……死なずに済んだかもしれないのに……ごめん」

 どうやら、私は死んでいるようです。

「突然のことで、おばさんはまだ受け入れられてないみたい。仏壇すら開けられないほど、心を傷付けてしまったよ。ねぇ俺、二人にどうやって償えば良いかなぁ……」

 ですが、不思議です。幽霊としか思えないのに、姿も声も届いていないのです。前に回ってみても、やっぱり気付かれません。

「紗奈に会いたい……」

 星夜くん、私もです。私も会って話がしたいです。好きだと何百回も言いたいです。
 それだけ言ったら、バイバイでも良いです。

「紗奈、俺さ。ずっと言えなかったことがあるんだ。子供の時からずっと隠してたこと。あの時、言おうと思ってたこと」

 星夜くんとの、最後の記憶が蘇ります。お互いに伝えたいことがある、と別れた時のことです。こんな所で聞くなんて誰が思っていたでしょうか。

「俺、本当は幽霊なんて見えないんだ。でも、紗奈が怖がるから安心させたくて言ってた。嘘をついたまま別れるのは嫌だなって思ったから言おうと思ったのに」

 そして、想定外過ぎます。なんだそんなことだったのかと言いながらも、涙が溢れます。
 優しさと、伝える術を失った悲しみで、雫が零れていきます。

 でも、これで納得です。私は死んでしまって、幽霊になって、それでもこの世にいる。

「あの時、紗奈は何を言おうとしてたの?」

 それはきっと、まだ未練があるから。
 だとすると、私の未練は一つです。

「星夜くん、好きです。大好きです。今までもこれからも、ずっと大好きです」

 付き合いたいわけじゃない。同じ気持ちを求めてもいない。ただ、今は伝えたい。
 神さま、最後のお願いです。どうか彼に、この気持ちを伝えて下さい。
 
「貴方が好き」

 聞こえてきた声は、まるで回答のようでした。そんな訳が無いと分かっていても、続く声に引き込まれます。

「そう言ってくれたのかな……」

 やはり、想定で話していたようです。生前の私の態度は、そんなに分かりやすかったでしょうか。
 ですが、それが想像だとしても、伝わった気がして嬉しさが込み上げます。

 切ない瞳が私を見──細くなりました。やや困り気味の笑顔をかけてくれます。

「なんてね」

 当たっていますよ、星夜くん。

「はい、ずっと大好きです」
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