5 / 7
5-1
しおりを挟む
それからも、ゾンネとの日々は続いた。白い頃の生活には及ばないが、不服だとも思わなくなっていた。きっと、こんなに大切にされたことがなかったからだろう。
しかし、男たちに暴行を受けてからと言うもの、ゾンネの顔には深い影がまとわりつくようになった。
ちゃんと笑顔もあるし、優しい手にも変化はない。それでも、僕にははっきりと感じ取れた。僕の毛色が薄くなる度、影が濃くなるのも。
「このくらいで良いだろ」
洗毛後、いつもと違う声が聞こえた。丁寧に撫でられ、反射で喉を鳴らしてしまう。普段より長めの接触に、喜びと違和感を覚えた。
湿っぽさも太陽の無視も変わらない。家の小ささも、瓦礫の配置も変わらない。けれど、何かが違う。
そう言えば、来たばかりの頃はこの家が怖かった。けれど今は心地がいい。そう思えば、黒猫でも悪いことばかりではないと思えた。いや、白猫だった頃より幸せかもしれない。
不意に、目の前が暗くなる。感触の悪い布に、全身を覆われ出られなくなった。染み付いた臭いから、パンを入れていた麻袋だと分かった。
逃げ出そうともがいたが、抱き上げられ阻止された。テンポの速い振動が伝わってくる。腕の温度だけがいつも通りで、僕はすがるよう前足にぎゅっと力を込めた。
唐突に眩しさが瞼を照らす。布越しでも分かる太陽の存在に、今が昼であること。一本道を渡ったことが分かった。
なぜ、こんな時間に街へ出たのだろう。理由もなく境界線を越えることなどなかったのに。
不意に、温もりから放り出される。ゾンネの匂いを引き留めようとしたが、足がもつれて離された。
「どうしたの!? なんで!?」
「怖いか、ごめんな。大丈夫、すぐに誰か気付いてくれるよ」
訴えたが、聞こえてくる返事はただ寂しい。ただならぬ気配に、更に大きな声をあげた。けれど、やはり戻るのは寂しい声だけだ。行動と声が噛み合わず、思いが上手く汲み取れない。
「じゃあな、元気でやれよ」
最後には、足音だけで別れを告げられた。
しかし、男たちに暴行を受けてからと言うもの、ゾンネの顔には深い影がまとわりつくようになった。
ちゃんと笑顔もあるし、優しい手にも変化はない。それでも、僕にははっきりと感じ取れた。僕の毛色が薄くなる度、影が濃くなるのも。
「このくらいで良いだろ」
洗毛後、いつもと違う声が聞こえた。丁寧に撫でられ、反射で喉を鳴らしてしまう。普段より長めの接触に、喜びと違和感を覚えた。
湿っぽさも太陽の無視も変わらない。家の小ささも、瓦礫の配置も変わらない。けれど、何かが違う。
そう言えば、来たばかりの頃はこの家が怖かった。けれど今は心地がいい。そう思えば、黒猫でも悪いことばかりではないと思えた。いや、白猫だった頃より幸せかもしれない。
不意に、目の前が暗くなる。感触の悪い布に、全身を覆われ出られなくなった。染み付いた臭いから、パンを入れていた麻袋だと分かった。
逃げ出そうともがいたが、抱き上げられ阻止された。テンポの速い振動が伝わってくる。腕の温度だけがいつも通りで、僕はすがるよう前足にぎゅっと力を込めた。
唐突に眩しさが瞼を照らす。布越しでも分かる太陽の存在に、今が昼であること。一本道を渡ったことが分かった。
なぜ、こんな時間に街へ出たのだろう。理由もなく境界線を越えることなどなかったのに。
不意に、温もりから放り出される。ゾンネの匂いを引き留めようとしたが、足がもつれて離された。
「どうしたの!? なんで!?」
「怖いか、ごめんな。大丈夫、すぐに誰か気付いてくれるよ」
訴えたが、聞こえてくる返事はただ寂しい。ただならぬ気配に、更に大きな声をあげた。けれど、やはり戻るのは寂しい声だけだ。行動と声が噛み合わず、思いが上手く汲み取れない。
「じゃあな、元気でやれよ」
最後には、足音だけで別れを告げられた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

扉のない部屋
MEIRO
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・
出口のない部屋に閉じ込められた少女の、下品なお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる