あと百年は君と生きたい

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“北の方はもう雪降ったんだってね 窓の外寒そうだなとは思ってたんだけど 志朗風邪引くなよー”

 楽屋にて手紙を開き、驚いた。文字の弱さもだが、季節の前進にだ。気温の低下も、月日の経過も知っていた。けれど、景色の移ろいだけは、生活の背景にしてしまっていた。

 会えなくなって早三ヶ月が経つ。ほとぼりは覚めたものの、一部では真実を追求する動きもあり、迂闊には動けない状態だ。

 返事の為に、今日くらいは周りを見てみようか。折角なら写真でも撮って――鞄からスマートフォンを取り出す。瞬間、バイブレーションと点滅が始まった。
 画面には、病院の名と電話番号が表示されている。震え出した手が受信を妨げた。だが、もう片手でどうにか支え、通話を開始する。

「あ、良かった出てくれて」

 聞こえてきたのは杏本人の声だった。力ないが確かに杏だ。

「ど、どうしたの? 何かあった?」
「うん。完成した」
「えっ」
「私の中の最高傑作」
「ほ、本当に……?」
「うん、前沢さんに渡しておくから読んでみて」

 想定外ではなかったものの、予想外のタイミングに唖然とする。だが、じわじわと浸透し出した喜びは、自然と浮いた声を作り出した。

「楽しみだなぁ! にしても何事かと思ったよ。病院の番号なんだもん!」

 安堵が声量を連れてくる。杏の方は囁きほどしかなかったが、篭る感情に差は感じなかった。

「久々にスマホ立ち上げたら充電なくて」
「そっかそっか。で、タイトル何にしたの? どんな話?」
「今聞く? 志朗はしゃぎすぎ。見たら分かるから、ゆっくり読んで。で、志朗が納得したら映画作ってよ」

 小さな笑声が語尾を結ぶ。つられて同じ声をあげた。くすみかけていた未来に、鮮やかさが戻りだす。現実を忘れることまではできなかったが。

「ごめん嬉しくて。分かった、読んだらまた連絡するから待ってて」
「うん。それじゃあ」

 余命である二年まで残り九十日。宣告された終わりが近くまで来ている。
 顔が見たい。早く物語が読みたい。映画を作りたい。それを見せたい。いや一緒に見たい――逸る心を圧し殺す。

「あ、杏待って」
「何?」

 映画見るまでは死ぬなよ。絶対だよ。いや、見てからも生きろよ。
 思いを告げる代わり、他愛のない話題を引き寄せた。

「この間の手紙のことなんだけど――」
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